[携帯モード] [URL送信]

*destiny*
water world(シンルナ)
【water world】


 オフの日はいつも、やる事がなかった。といっても報告書をまとめたり、戦闘データを見直したり、やる事が全くない訳ではないが、そんなものはやる気にはならない。
 シン・アスカはそれほどマメな人間ではない。よって、時間を持て余すと自室のベッドに横になる事が多い。その際に以前なら必ずと言っていいほど開いていたピンク色の携帯電話は、今はデスクの上に置かれ環境の一部と化している。以前ほど開かなくなった自分自身の変化に彼自身は気付いていない。
 ベッド上で寝返りを打つ。どうにも眠りは訪れそうにない。起き上がると軍のシャツとスラックスを脱ぎ捨て私服を着込む。
 そして部屋を後にした。

 海が恋しいと思った。海を見たいと思った。だけど、プラントのどこを走っても、どこを探しても、シンの望む海は見つからない。それがあるのは、地球だけだ。青き星。その名に相応しく、地球の海は素晴らしく、そしてシンは海が好きだった。
 人工の河川。塩水でない水の流れる真っ直ぐ過ぎる川。そのせせらぎを聴きながらシンは佇む。
 水を見ていると、一人の少女を思い出す。優しくて、無垢で、儚い、一人の少女。何よりも争いの似合わない、それでいて争いの中に置かれ、散っていった少女。
 シンの胸がずきりと軋む。目を固く閉じると、少女の優しい笑顔を思い浮かべた。少女の優しい声を思い返した。
「シン」
 自分を呼ぶ声。
 それに振り返る。そこに居たのは、想像していた少女とは、別の少女だった。
「……ルナ。どうしたの」
 そう声をかけると、少女は呆れたような目つきをした。その格好は、私服だった。
「どうしたの、じゃないわよ。あんた、何だってこんな所にいるのよ?」
「何で、って……別にいいだろ。なんだって」
 ルナマリアの口がへの字に歪んだ。
「よくないわよ!探す方の身にもなってよね!」
「……別に。探してなんて頼んでない」
 そう言ってそっぽを向くと、はあ、と大きな溜め息が聞こえた。それから、“もういいわよ”なんて何かを諦めた声も。
 ルナマリアはすたすたと歩いてシンとの距離を詰めると、シンの隣りに立った。人工河川の、縁。足の下、見下ろせば二メートルほど下に流れる水。
 二人して佇む。じっと水を見つめる。
「何やってるの?こんな所で」
「プラントには海がないから」
「……で、ここな訳?海水浴でもしたいの?」
「水を見てたら、ステラを思い出すんだ」
 一人の少女の名がシンの口から飛び出すと、それまでシンの横顔を見ていたルナマリアは水の方へついと視線を外した。
「ステラって、エクステンデッドの子よね?」
「ステラ……海が好きみたいだった。ディオキアで会った時、本当に楽しそうに躍っててさ。……結局、その後海に落ちちゃったんだけど……」
「ふうん……」
 好意的でも否定的でもないような、そんな曖昧な返事。別に何かを言って欲しくて言った訳ではないけれど、そこで話はぷつりと止まってしまい、沈黙が流れる。
 さらさらさら。水の音だけが、長閑すぎる人工の世界を支配する。
 と、突然ルナマリアが動いた。川の縁。そこに居た彼女の体が、有り得ない放物線を描いて川の中へと吸い込まれる。
 ルナマリアが川に落ちた。――いや、自分で飛び込んだ。
 シンの口があんぐりと開いた。赤い瞳が丸く見開かれた。
 派手な水飛沫が上がる。
「な!?ルナ!!?」
 考えるより先に体が動いた。シンもそこへ飛び込む。もう一度、大きな水飛沫。
「馬鹿!何やってんだよ?!」
 綺麗に整えられた底面は、深さ三メートルほど。一旦沈んだ体を抱えてシンのかけた言葉は混乱を含めた怒声。当たり前だ。全く訳が分からない。
 少しむせ込んでから、赤毛から水を滴らせた少女の表情は、しかし何故か嬉しそうな笑顔だった。
「えへへ。あたしが落ちても、シン助けてくれるのかな、って思って」
「な………」
 思わず絶句してしまった。
 こんな馬鹿な事があるだろうか。
 オフの日に。私服まで着て外に出て、それをずぶ濡れにして何故だか水の中にいて。一体自分は、自分達は何をやっているのだろう。
 なのに、抱き抱えた少女は本当に嬉しそうに笑う。シンの腕の中で、声を上げて、笑う。
 意図せず、シンの口角が上がる。
 ルナマリアが何故自分を探してこんな所まで来たのかは分からない。ルナマリアが何の為にこんな馬鹿な事をしたのかも分からない。
 思えば、シンは無意識にルナマリアと一緒に居る事が多くなった。そしてそれが当たり前だと心のどこかで思っている自分がいるのも事実だった。
 先の大戦が終わってから、ルナマリアとの時間が増えていく。一方で、妹やステラに想いを馳せる時間は減っていく。
 それって悲しい事なのだろうか?分からない。分からないが、今ルナマリアを抱き抱えながら水に浸かっている自分は、“笑っている”。
 この状況がどれだけ馬鹿馬鹿しくても、確かに笑っている。ルナマリアと一緒に居て、笑っている。
「何なんだよ。訳分かんないよ。マジで」
「あんたが落ちても、あたしちゃんと助けるから。だから落ちてもいいよ?」
「落ちるかよ」
 呆れたようにそう言うと、濡れた端正な顔が近づいてきた。両手の使えないシンは為す術もない。だけど、悪い気もしない。だから、シンは受けとめた。
 きっと、それが自分が求める気持ちの行き先だから。
 別れを告げる必要はない。大事にしながら、進む。
 間近にある蒼い瞳に自分の赤い瞳が映る。何だかそれがずっと探していた行き先の光のように思えた。




 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 ステラの絡んだシンルナは以前から書いてみたくて……でも一体どんな状況……ルナマリアは常識人でなくシンを引っ張り回してほしい。



[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!