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*destiny*
absorption spread(シン×ルナマリア)
【absorption spread】


 こういう時にルナマリアは何と言っていいのか分からない。
 助けてくれてありがとう?
 足を引っ張ってごめんね?
 いずれにせよ、何か言わないといけないとは思うのだが、言葉を選べない。場にそぐう言葉を見つけられない。
「あ……」
 それなのに、唇から漏れるのは言葉にならない呻きばかり。ついに目も合わせられなくなって、ルナマリアはこちらをじっと見つめる赤い瞳から目をそらし、俯いてしまう。
 少年はじれたのか、何も言えずにただ硬直するしかないルナマリアの脇をするりと通り過ぎ、ロッカールームへと入っていった。パイロットスーツのブーツ部分の踵が鳴らす、カツンカツンという音が、ルナマリアには酷く冷たい音に聴こえた。

 結局何も言うことが出来なかった。自分は一体何をやっているのだろう。命を助けられたのに。命を救われたというのに。
 足元もおぼつかなく、沈み込むようにブリーフィングルームのソファに腰を下ろした。重たいものを吐き出すかのようなため息が漏れ、ルナマリアは両手で顔を覆った。
 その時に、襟元のホックを締め忘れていたことに気づき、震える手でそれを締めた。
 死にかけた。でも死ななかった。死を感じた。その瞬間にルナマリアの機体の目の前まで接近していた敵機は、爆散して宇宙の藻屑と化してしまった。
 頭が真っ白だった。なのにそこは戦場だった。通信機器のスピーカーから聴こえる怒鳴り声。その声はルナマリアの思った通りシンの声だった。何て言ってるのか聞き取れなかった。理解する前に新たな危険をアラームが知らせる。今日も、今日の戦闘も、無我夢中だった。
 妹を亡くしてからというものの、インパルスのシートに座ると自分が自分でないような錯覚を覚える。
 敵機の行動が、攻撃が前よりもずっと怖くて、でも前よりもずっとずっと憎くて、トリガーを引いている時は自分でも何を考えているのか分からない。それでいて、自分に危険が迫った時にヒヤリとしたり、帰投することを認識した時にふと、我に返るのだ。
 ――シンも、そうなのかな……。
 今はデスティニーに乗る少年は何を考えて戦っているのだろう。どんな気持ちでトリガーを引き絞っているのだろう。
 ルナマリアを、守ると言ってくれた少年。その言葉の通りに、ルナマリアはここのところ何度も彼に助けられている。
 どうしてそんなに助けてくれるのか。どうしてそれほどこちらに意識を向けてくれるのか。
 ――そんなことしてたら、シンだって危ないのに……。
 それで彼を失っては元も子もない。ルナマリアは、もうこれ以上仲間を誰も失いたくはない。
 それは、もしかすると叶わない願いなのかもしれない。戦争というのは、人と人とが殺し合い、ルナマリアだって敵が憎くて何人も葬ってきたし、敵もそのつもりで戦場にいるのだから。誰も死なない戦場なんてきっと有り得ない。
 死は、誰にでも平等だ。
 自分も、いつか、きっと。
 だけど、彼には生きていてほしい。いや、出来れば彼と共に生きていたい。
 赤い軍服の裾をぎゅうっと握りしめる。ブリーフィングルームは静かで、何の音も聴こえない。何だか酷く自分が孤独なように思えてきて、胸の辺りが苦しくなる。
 次はいつ出撃命令が下る?
 次はいつ敵と戦う?
 自分は生きる。生きて敵を殺す。そうする為のパイロットだ。
 胸が苦しい。生きるって辛い。でも、生きていたい。
 固く目を瞑った時、俯いたルナマリアの耳にコツンという音が届いた。
 顔を上げれば、パイロットスーツから、同系色の赤い軍服に着替えたシンが、ブリーフィングルームの入り口に立っていた。
「あ……、シン……」
 無意識にそう言っていた。やはり、何か言わなくては。
 だけど、何を言っていいのか分からない。
 ありがとう?
 ごめんね?
 死なないで?
 気をつけて?
 分からない。分からないのに、言葉はルナマリアの口からするりと出てきた。
「あの……、あたし、死ぬのかな……?」
 何故、そう言ったのか分からない。分からないけど、気づけばそう言ってしまっていた。
 少年の赤い瞳がわずかに揺れたような気がしたが、それがすぅと細くなる。
「ルナは死なない。おれが守るから」
 何とも淡白なその一言。その言葉。シンは呪文のようにその言葉を呟く。まるで、その言葉に縛られているかのように。それを口にすることで、自分自身を保っているかのように。
 ブリーフィングルームに沈黙が流れる。それはもう、一度や二度とではないやりとり。それを唱えて彼は、一人になりたいかのようにルナマリアから去っていくのだ。恐らく、何かを感じていても、何かに迷っていても、口には出さず、自身の中に留めて、“守る”を口にすることでやらなければいけないことを確認するのだろう。
 彼は今、どうしようもなく、一人だ。ルナマリアにはそう思えた。
「あんたも……っ」
 そう、少年の後ろ姿に声をかけていた。
「シンも、死なないでよ……」
 孤独で、悲しくて、言いたいことを隠して、全部その肩に背負いこんで。
 その後ろ姿に駆け寄っていた。
「シンも生きていてよ……っ」
 後ろからその手をとる。何とも冷たい手だった。それをルナマリアは両手で握りしめる。
「一人にならないで……一人にしないでよ……」
 切実な願いだった。こんな状況なのに、こんな時勢なのに、強く生を願う。
 生きていたい。
 その理由は彼がいるから。
 生きてほしい。
 その理由は彼といたいから。
 視界の中の彼のブーツが音を鳴らして向きを変えるのと、ルナマリアの手の中の彼の手が、ぎゅっと握り返してきたのはほぼ同時で、ブリーフィングルームの床を映していたルナマリアの瞳は、瞬時にして赤に染まる。
「シ……」
「ルナ、守るから。おれが絶対ルナを守るから。ルナを狙うやつ全部、おれが討つから!だから……」
 その目が、その表情が、見ていてとても痛々しくて、ルナマリアはその胸にしがみつく。
 自分達は何て儚く脆いのだろう。人の命とは、そんなものなのだろうか。それは、簡単に消えゆくのに。細い指先でトリガーを絞るだけで、釦を押すだけで簡単に消すことが出来るのに。果たしてそれは、消してもいいものだったのだろうか。そんな自分達がそれを願うのは、やってはいけないことなのだろうか。
 それでも今、ルナマリアは温かいものに触れている。心地良い柔らかさの中にいる。それが、生きているということ。
 もっと、
 もっと。
「あたしは死なない。シンも死なない。そうよね?」
「ああ。おれもルナも、いる。……だから、どこにも行かないで」
 たとえ、空間を漂う塵のような存在でも、お互いくっついていないと形を成さない不安定なものでもいい。生きていることこそが、願っているものなのだから。
 一言も発しないでいるとブリーフィングルームは、すぐ誰もいないかのように沈黙が落ちる。それでもここに自分達はいる。確かな感触と温もりを自分達だけで感じて、次の出撃の不安をかき消すかのように、ルナマリアは彼の胸に顔を埋めた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

終盤の、ルナマリアがシンを気遣いながら横顔を見つめているところとか、不安なニュースばかりでそばにいたいのにシンは一人で考え込んでたりとか、男二人の部屋に入れてもらえなかったりとか、何だかギクシャクしてたのが気になるんですよね。

なのに、縋らずにはいられない。終盤の彼らの心は、かなりボロボロだったはず。ゆっくり時間をかけて癒やされてほしいです。幸せに生きてほしい。



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