*destiny*
It's same coin.(シン×ルナマリア)
【It's same coin.】
きっかけは些細な出来事だった。
「あ、すみません……え?あ……なぁんだ、お姉ちゃんか……」
「なんだとはなによ。せっかく取ってあげたのに。いるんでしょ?このシャンプー」
「いるけど……、お姉ちゃんじゃなくて誰か男の人が取ってくれたのかと思っちゃった」
「あたしで悪かったわね!ほんとあんたってばミーハーなんだから」
「だから!ミーハーは関係ないってば!っていうか、さっきの明らかに男の人がすることでしょ!女の子はそういうのやんないの!」
「え……?そうなの?」
「そうなの!……って、シャンプーは戻しちゃ駄目だってば!」
その日からどうにも妹の言葉が気になって仕方がない。
確かに自分でも自分のことを“おしとやか”だとは思っていない。出来ているとも思えないし、しようとも思わない。逆にそんな自分を想像するとむしろ若干の気持ち悪さすら感じてしまう。
それでも可愛いものは好きだし、(妹ほどではないが)お洒落だって嫌いではない。ただそれが、見た目や可愛さよりもやや少し実用性や利便性の方に傾いているだけのことだ。
だからと言って妹に言われたことに納得しているわけではない。そもそも女らしいとは、男らしいとは何なのだろうか。女だから女らしくいなければいけないなどと誰が決めたのだろうか。オフの時間にこうやってコーヒーのブラックを飲んでいるのはいけないことだろうか。可愛い子ぶって果実のジュースやティーなどを飲んでいるのが女らしいのだろうか。
――馬鹿馬鹿しい。
こんなこと士官学校に入学する前にパイロットコースに進むと決めた頃から一度も考えたことなんてなかった。入ってからはやはり男の世界。女もいるにはいたがごく少数だし、実技時に支給される服だって男が基準。どの訓練にしても組むのは男。そんな世界に納得して入ったのだし、不満もさしてなかった。自然と染まるというよりかは影響されるものの方が大きいはず。
ならばどうしてこんなに気になるのだろう。赤い軍服のスラックスをはかずにピンクのスカートを選んだのは“そういうこと”に気を使っていたからではないのか。
――馬鹿馬鹿しい。
缶を口から離してふう、とコーヒーの香りのする溜め息を一つ。物思いから覚めた頭でレクルームを見渡せば、そこにいるのは士官学校時代からの同僚が二人。見慣れた光景。落ち着く環境。けれども今日も男の中にいる自分。男の中に女が一人。
「あはは……」
思わず引きつり笑いが漏れてしまう。
「な、何いきなり笑ってんだよ?とうとうおかしくなった?」
「誰がよ!」
怪訝そうな目でこちらを見る生意気な少年に突っ込んでからふと思い至る。もしかするとまさにこういうところが女らしくないというのではないか。
「あのさ……、シン、レイ」
「何だよ?」
きょとんとした瞳と、ちらりと一瞥だけくれた瞳。それらに向かってややおずおずとした感じのルナマリアの瞳。
「あ、あたしって男みたいだと思う……?」
「………」
言ってすぐに後悔をした。空気が凍り付く。酷く自分が痛々しい。
「な、何よ、その目は!?ちょ……、レイ!どこに行くのよ?!」
「シン。付き合ってやれ」
「はぁ?!何でおれが!冗談じゃない……って、わぁっ!?」
すんでのところで一人だけでも捕獲することに成功した。至極嫌そうな赤い瞳に“真剣に聞いてるの”と念を押せば溜め息混じりに諦め座ってくれた。
「っていうか、何を今更、なんだけど」
無意識で足を踏んづけてしまっていた。
「……っ痛てぇ!!そういうところが男なんじゃないの!?」
「う……っ」
自分でも思っていた為に何も言い返せない。しかし、だからといってそれで黙っていられるほど自分のことを殊勝だとは思っていない。そんなに自分が悪いのだろうか。本当に自分だけが悪いのだろうか。他に少しでも原因を求めてしまうのは人間の性。
――あんた達だってあたしの事女扱いしてくれなかったじゃない……!
その瞬間唐突に思う、“何を馬鹿な”。そんな世界を承知して納得して自ら飛び込んだのは他の誰でもない、自分なのに。シンの言う通り、“何を、今更”だ。
「……分かってるわよぉ……」
だけど釈然としない。腑に落ちない。拗ねるルナマリアを怪訝に思ってか、そんな表情でシンが覗き込んできた。
「何かあったのかよ。……変だぞ、お前」
そう言われると、話さずにはいられなかった。
「……で、ルナはシャンプーを取ってほしいわけ?」
「なっ、違うわよ!だから、そういう扱いっていうか……」
「はぁ?」
自分から望んで男ばかりの世界に入ったのに何を言っているのだろうと思う。思うのだが、それに自分は気付いてしまった。気付かされてしまった。
「じゃあ何だよ。つまり、」
言いながら高速で伸びてきた手に気付いた時には、その右腕を思いっきり引っ張られていた。
「うわっ!?」
その力があまりにも強くて、ルナマリアは勢い余ってシンを通り越してそのまま床へと倒れそうになって――
「……こういうことがしてもらいたいのかよ?」
倒れることはなかった。一瞬何が起こったのか分からないルナマリアは、床に倒れる寸前のところで滑り込んできたシンの腕の中で目を瞬かせながら硬直することしか出来なかった。
「な、な……」
肩を包む腕。背中を支える手。そこに女では持ち得ないものをまざまざと見せつけられたような気がしてつい悔しくなってしまう。そのままストンと床に座らされて、どうだとばかりに見下ろすシンの赤色の瞳。
ずるい、と思う。普段はルナマリアの前で堂々と着替えたり、何の遠慮も配慮もない話題で会話をしたり、まるでそこに女がいることを忘れているかのように振る舞うくせに、ふとした時に女では適わないものを見せつける。負けたくなかった。女でも男と対等に、どうせなら男以上に。そんな風になりたかった。そんな自分を目指していた。
なりたい自分と意識されたい自分。それはもしかしたら対局の位置にあるのかもしれない。女でありたいのか。男以上になりたいのか。分からない。分からないけど今はただ、悔しい。どうにかしてこの生意気過ぎる少年に一泡吹かせてやりたい。
床に座ったまま赤色の瞳を睨む。何だよ、とすぐにそれは反抗的な目に変わるがそんなことには構わずにルナマリアはシンのだらしない襟元を掴むと、思いっきり彼を抱きしめた。
「な、何して……っ!?」
胸がシンの胸板に押し付けられる。脚と脚の間に太腿を滑り込ませる。少し強引過ぎたかもしれない。それでも精一杯の去勢を張って、言ってやった。
「忘れてた?あたしも女なのよっ!」
真っ赤な顔をしておろおろと慌てふためくシンの姿は、ひどく気分が良かった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
最低限の配慮はあっても、男の世界で過ごしてきたルナマリア。大量の化粧品類を買い込むメイリンを呆れた目で見たり、アスランとカガリに詰問した時や部下に命令する時に男言葉になったり、軍事の世界で女である自分を捨てて赤服という地位を得たんだろうな、と思います。
そんなルナマリアが自分の女の部分を自覚させられたり、逆にルナマリア・ホークも女だったんだな、って周りが意識する時にどんなリアクションなのかすごい気になります。
きっとそれはその時だけのちょっとした事件で、ずるずると引きずることはないんだろうなと思います。あったとしても鈍感なシンが意識するには多少の強引さがいるのでしょうね。
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