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*destiny*
spoiled child(シン×ルナマリア)
 それがはっきりしたからと言って一体どうなると言うのだろう。自分は何を望んでいるのだろう。それだけ彼のことを信用していないということか。いや違う。彼のことは十分に信用している。だけどルナマリアは言葉が欲しかった。ただ一言自分と彼の関係を裏付ける言葉が欲しかった。そうすることによって自分の中に確固たるものが生まれ、何があっても彼のことを信じ安心することが出来る気がするのだ。
 ――それって我が儘なのかな……。
 だってそうじゃないと時々無性に不安になる。何故かと言うと、ほら。彼は誰にでも優しい。


【spoiled child】


「もうっ!何なのよっ!」
 電気も付いていない部屋。闇までとはいかないが薄ぼんやりとした暗さの中で、枕だと視認出来るものが無造作に掴まれ壁に理不尽にも思い切り叩きつけられた。大きな音はしない。ルナマリアのやり場のない怒りを一身に受け、吸収し、ぼすん、というくぐもった音に変換せしめた。枕を壁に投げた本人の大きな溜め息が部屋に反響した。可哀想な枕をそのままに、ベッドに腰掛けたまま膝をぎゅっと握りワインレッドの頭を俯かせる。
 目を閉じれば蘇るのは忘れられない光景。分かっている。彼がぶっきらぼうな態度の裏に大きな優しさを秘めていることを。それでいて傷付いた仲間を放っておけないことも。
 ――ていうか、あたしがあの立場だったら絶対そうしてる。
 だから何も他意はない。やましいことなど何もない。彼はただ転びそうになったオペレーターを助けただけだ。自分だってもし同じ立場なら絶対そうしてる。それでも――。
 ――どこの世界のドジっ娘なのよ……。
 結局そんな方向にしか怒りを向けられない自分がひどく情けない。
 ――あたしって一体何。
 その程度の些細なことでこんなに不安になる自分の心が情けない。それでも、そう自問せずにはいられない。
 大きな溜め息がもう一度、ルナマリアの唇から漏れ、部屋に反響した。直後、来訪者を知らせる電子音が薄暗い部屋に響き、ルナマリアの心臓が跳ねた。後に続く声は、今一番会いたくて、それでいて一番会いたくない人物。
『ルナ、いる?』
「いないわよっ!」
 反射的にそう答えてしまっていた。
『それ、すげー矛盾してるんだけど……。入るよ?』
「あ……」
 ロックするのを忘れていた自分が悪いのは分かっているが、それよりも清々しいほどあっさりと女子の部屋に入ってくる少年の様子に怒りを感じないでもない。
「あんたね……。着替え中だったら一体どうするつもりよ」
「着替えてなかったんだから別にいいだろ」
 そういう問題かと怪訝な目を向けるルナマリアを余所目にシンはずかずかと目の前を横切ると何の遠慮もなくパソコンを立ち上げた。
「ちょっと明日のことで聞きたいことがあってさ」
 そう言ってキーボードを叩くシンの背中をルナマリアは憮然として見つめた。
 いつだって自分の気持ちや行動に正直な彼の、そんなところはルナマリアにとって羨ましくもあり素直に好きだ。しかし、だからといって周りの人間の振り回される気持ちも少しくらいは考えてくれたっていいと思う。そしてそこが、このシン・アスカという少年の人間付き合いの苦手である所以なのであって、普段なら逆にフォローしたり唯一理解してやる立場のルナマリアでも、今回ばかりはどうも無理であるらしい。
「……あのさ、シン」
「ここのところなんだけど、おれのとこってどっちに就くんだっけ――」
「聞いてよっ!」
 気持ちが、不安が、膨らんで行き場をなくし、唇から漏れてゆく。溢れ出す。止められない。
「な、なに?何怒ってんだよ?」
 少し驚いた、それでいて少しムッとした様子のシンが首だけで後ろを振り向く。
「あんたはいっつもそう!自分の気持ちだけであたし達を振り回して!あたしの気持ちなんて考えたことあるの?!」
 止まらない。止められない。自分でも何を言っているのか分からない。
 シンは何も言わない。じっと、ただ静かにルナマリアを見ている。その目が何故かルナマリアには辛かった。まるでルナマリアではない人間を見るような目で見ていた。“ウラギラレタ。”そんな言葉が聞こえてきたような気がした。
「あたしって……」
 分かっている。これはただの自分のエゴだ。自分の為に、ただ自分の心の安寧の為に、目の前の一人の少年を今、自分は傷付けているのだ。
「あんたは一体、あたしのことをどう思ってるのよ……」
 だけど言わせて欲しい。この疑問を言わせてほしい。そして言ってほしい。
 “ルナマリアだけが好きだ”と。
「あたしは、こんなに……」
 ギィ、とチェアのロールの回る音と共に、シンが体ごとルナマリアの方を向く。そのまま立つとルナマリアの前へ。頭上からの圧迫感にルナマリアはシンを見上げた。少年の、怒ったような眸が真っ直ぐに見下ろしていた。
「そんなこと……っ。いちいち言わないと分かんないのかよ……!」
「だって!不安だもの!」
 すべてはあの日から動き出した。互いで互いを慰め合っていた脆く儚い絆が、シンの痛みをまるで自分の痛みそのものに感じるほどの想いになったことに気づいた時、ルナマリアの中でシンの存在は大きすぎるものとなっていた。
 守ってくれた。幾度となく。ルナマリアの脅威となるモビルスーツから。抱きしめてくれた。その両手で。溢れて止まない激情をその唇で受け止めたこともあった。だからといってそれが確信だとは限らない。もしかしたらこの想いはただの独りよがりなのだと、そう考えると、どうしようもなく――。
「怖いんだもの!」
「ルナ」
 ハッとしていつの間にか俯かせていた頭を上げる。静かな、ただ静かな少年の眸があった。
「ルナ、隣座っていい?」
 一瞬言われた意味が分からなかった。が、すぐに首肯する。言った通りにシンがルナマリアの隣に腰掛ける。
「ルナ、触ってもいい?」
 またも首肯する。シンの腕がゆっくりと持ち上がり、頬の辺りにそっと触れられる。少しくすぐったくて、身じろぎした。
「ルナ」
「……なに」
「抱きしめていい?」
「……っ!」
 今度は了承をする前に抱きしめられた。細そうに見えてしなやかな筋肉のついた腕が、ルナマリアの肩と背中をぎゅっと掴む。意外と広い肩がルナマリアの顎に当たる。頬と頬が擦れる。温もりを感じた。シンの匂いを感じた。ばくばくと暴れ出す心臓をどうすることも出来ずに、ルナマリアは切れ切れに答えた。
「……なんか、嫌だ。……こんなの、あんたじゃ、ない……」
「いちいち言えって言ったのルナだろ」
「……あんたね……」
 また拗ねさせてしまったのか。極端というか臍曲がりというか。呆れるほどの純真さというか。いや、子どもなのはルナマリアとて同じだ。何故なら今、最高に嬉しい。
「いいよ。ごめん。いつものシンでいいよ」
「……言ってやるよ」
「え……?」
「ルナが好きだって」
 それは欲しかった言葉。ずっと求めていた反応。自問自答を繰り返した果ての、望んだ答え。
「おれが好きなのは、ルナだって」
「〜〜〜っ!!」
 気づけば我慢することが当たり前になっていた。幼い頃から自分の意向はほとんどが妹の二の次で、そうすることが義務なのだと、妹を守ることが当たり前たなのだと、そう思っていた。
 シンはどうなのだろう。シンにも妹がいたのだと聞いた。この自分に遠慮のあまりない少年も、妹の我が儘なんて聞いたりしていたのだろうか。そんな彼がなんだか想像出来なくて、思わず口元が緩んでしまう。
「何笑ってんだよ」
「いや、似合わないなーと思って」
「なんだよそれ。ルナが言えって言ったんだろ。どうすりゃいいんだよ」
 勘違いして怒るもルナマリアを抱きしめる手を緩めない。ごめん、と謝るとさらに強く抱きしめられた。実感するのは、自分は今甘えてしまっているということ。恥ずかしくないと言えば嘘になる。無意識に甘えを拒絶してしまうもう一人の自分が、今の自分を激しく非難している。しかしそれを押さえ込む。
 ――たまには良いよね……?
 抑えて、抑えて、抑えきれなくなった感情は時としてとんでもない行動を起こさせる。それが自分の杞憂であり、独りよがりであり、我が儘だった。自分を包むこの少年の心の大切な部分には、ちゃんと自分がいた。
 ああ、恥ずかしい。それを悟られないように、それを誤魔化すように、ルナマリアはシンの胸に深く顔を埋めた。





ここまで読んでくださってありがとうございます。
一応恋仲みたいにはなっているけど、ちゃんと好きって言われた訳じゃないし、どう思ってるのか分からないけど一応大事にはしてくれるし、あれ、あたし達付き合ってんの?みたいなもやもやルナマリアです。
シンは言葉巧みに愛の言葉を囁くような子だとは到底思えないし、けろっと“ルナのこと?好きだけど?”とか言ってルナマリアを赤面させてたらいい。男と女の力の差をここぞとばかりに見せつけて感情の素直なままに行動してルナマリアを困惑させてたらなおいい。



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