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*destiny*
mosaic woodwork(ルナマリア&メイリン)
【mosaic woodwork】


 甲板に航行の為ではない強い風が突発的に吹いた。直後に自分達の立っている少し離れた位置にいる兵士達の舌打ちの音が耳に届いて、メイリン・ホークは内心で舌を出した。
 ――お生憎様。そんなことぐらいで隙を見せるお姉ちゃんじゃないのよね。
 兵士たちの恐らく憮然としているであろう視線は未だに姉のピンク色のスカートに注がれている。しかしその風に吹かれれば簡単に捲れあがる布は、スカートを着用している本人の手によってしっかりと押さえられていた。どうやら兵士たちはまだ諦めるつもりはないらしい。その様子に辟易しながらメイリンは呆れたため息を吐いた。男というものはそういう事だけにしか興味がないのだろうか。
「ね、お姉ちゃん、場所変えない?」
「どうして?寒い?」
 吹きすさぶ風で前髪を揺らしながらもそれを気にする様子もなくルナマリアがきょとんとした目をメイリンに向けた。メイリンは顔にかかるツインテールの片方を手で退けながら言いにくそうに口を尖らせる。
「そういうわけじゃないけど……さっきから後ろの人たち――」
「知ってるわよ」
 最後まで言うのを待たずにルナマリアが答えを即答した。しかし姉の表情は“それが何”とでも言うようにさっぱりとしたものだった。
「知ってるけど、あんな奴らの為にあたし達がここを退くだなんて、何か悔しくない?」
 途端にメイリンは自分の心配が杞憂だったことを悟った。そうか、そういえばお姉ちゃんはそういう人だった。ここ最近オフを一緒に過ごせることが少なくて、こうしてゆっくりと会話をすることが数日ぶりになっていたけれど。とにかくあんな厭らしいことを考えている人たちに邪魔をされずに姉と過ごしたいと思ったのだが、ルナマリアの頭の中にはそんな考えは元から存在していなかったらしい。
 そうだね、と返しながら肩をすくめる。甲板の縁に手を乗せると金属の冷たさが手のひらに伝わってきた。ルナマリアはくるりと反対を向き、縁に背中を預ける形で寄りかかる。その際に後ろの兵士を睨みつけたのだろう、気配が去っていくのが背中越しでも分かった。
「ったく。鬱陶しいったら……」
 そう言って腕を組む姉は、ちっともそうは思っていなさそうな表情を浮かべていた。ようするに、慣れているのだなとメイリンは思った。それも当然のことだとは思う。この赤い髪で赤い服に身を包む人間は、ルナマリア・ホークなのだ。大体、風でスカートが捲れたぐらいで恥じらうものならこんなに短いスカートを履いたりしないだろう。エースパイロットの赤い軍服のボトムは本来スラックスタイプだ。それを、ジャケットを改造してまでピンク色のスカートを履くと決めた理由は、“この方が可愛いから”だと言う。エリートの証を切るという事に抵抗の意を示したメイリンも、初めて改造軍服を着たルナマリアを見た瞬間、素直に可愛いと思った。姉の目を盗んでスカートを履いたこともある。思ったよりウエストがキツくてすぐに脱いでしまったことは内緒の話だが。
 ここへきて話を始めてから吹く何度目かの強風に、ルナマリアは平然とした顔でスカートを押さえた。メイリンのタイトスカートは風になびきこそすれ捲れあがって下着が見えるなどということはない。見えて欲しい訳ではないが、それが自分と姉との性格からなる行動の差だと思えて、メイリンは自嘲じみた笑みを浮かべた。
「――どうして」
 顔にかかる赤い毛束を手で退ける。
「どうしてお姉ちゃんはそんなに強くいられるの?」
「え……?」
 退けても退けても顔にかかる髪を鬱陶しそうな目で見た。
「あたしは……」
 髪に気を取られ、その時メイリンは見逃してしまっていた。姉が目を伏せ逡巡していたのを。言葉を詰まらせたルナマリアを不審に思い横を見ると、いつもと変わらない明るい笑顔がそこにあった。
「あんたのおかげ、かな?」
「わたし、の?」
「そ。あんたってば危なっかしいし、泣き虫だし、ミーハーだし、昔っからいっつもあたしの後ろに隠れてたでしょ?気づいたらこうなってたのよ」
 思わずメイリンの脳裏に懐かしい記憶が蘇る。そういえば何をするにも姉についていって、姉の服の袖をいっつも握っていたっけ。“お姉ちゃん待って”などというのは、小さい頃のメイリンの決まり文句だ。確かに甘え癖なところは否定出来ないが――。
「ミーハーっていうのは関係なくない?」
「は?何言ってんのよ!アカデミーの時にあんたが三番目に好きになった……えーと、誰だっけ?」
「きゃーっ!もういいから!わかったから!それ以上言わないで!!」
 とにかく何かごたごたがある度にメイリンは姉を頼り、姉はメイリンを助けてくれたのだ。そんな姉のことがメイリンには、かっこよくて、頼もしくて、そして自分にコンプレックスを感じる最大の相手でもあった。何でも出来て美人でスタイルもよくて、――おまけにモテて。それは思春期におけるデリケートな心の所為かもしれないが、感じる劣等感の赴くままに酷いことも言ったことがある。
「あんたってばほんと恋愛事というかお洒落にしか興味がないっていうか」
「お姉ちゃんが興味無さ過ぎなんだよ」
 それも防衛規制。お洒落に興味がない姉に代わってせめて自分はお洒落に気を使おうと、可愛くあろうとした。知らない香水の話など聞いた時の姉の反応にこっそり優越感など抱いたことは、今となっては思い起こすのも恥ずかしい。
 それでも心の底では甘えていた。頼りきっていた。やっぱり適わない、なんて諦めの気持ちが大半以上を占めていた。そんなことすら馬鹿馬鹿しいと、今だからこそ思える。
 姉は自分で。自分は姉で。モビルスーツに乗り、自分の居る艦から発進していくルナマリアを見送ることがどれだけ不安であるか。大丈夫だと、姉はすぐ死ぬようなタマではないと信じていても、飛び交う閃光の中にいる赤い機体が姉だと思うとメイリンは心の底から祈らずにはいられないのだ。
 死なないで。生きて帰ってきて。お節介でも何でもいいから甘えて困らせたりしないからずっと私のすぐ前で私のお姉ちゃんをしていて――と。
「お姉ちゃん」
「何よ」
 心地良い向かい風がメイリンの顔を撫でる。兵士たちがいなくなった為かメイリンと同じように再び甲板の縁に肘を預ける姿勢になったルナマリアが自分とよく似た丸い目をこちらに向ける。
「やっぱり寒いかも。くっついていい?」
 そう聞くのと同時にメイリンはルナマリアの腕にすり寄った。少しだけ冷えた体に姉の体温が布越しに伝わってくる。深く息を吸うと懐かしい姉の匂いが鼻腔に流れ脳を刺激し心は酷く落ち着いていく。
 いつまで自分はこうしていられるのだろう。いつまで姉はこうさせてくれるのだろう。それが出来なくなるきっかけは姉か、果たして自分か。それはとても淋しくてとても辛いことなのだけれど、せめて一緒にいられる時だけは、姉のあたたかさを感じていたい。そう切に思う。
「なぁに?いきなり。気持ち悪いわね」
 そう言って肩をすくめながらも妹の甘える儘にしてくれるルナマリアの優しさを全身で受け取りながらメイリンはいつものように笑った。





ここまで読んでくださってありがとうございます。お姉ちゃん子なメイリンの話でまだ運命序盤の頃の二人、なイメージです。コンプレックス抱いてたりかなり自分設定ですがOAではホーク姉妹の姉妹っぷりがあんまり描かれなかったのでこんな感じだといいなーという妄想が……(自己満と妄想が成分の90%です)
ルナマリアに甘えるメイリン、メイリンを甘やかすルナマリアに萌えを感じます。←



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あきゅろす。
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