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*destiny*
before three hours(シン&ルナマリア)
【before three hours】


 思わず空を仰ぐ。ルナマリアの幼い頃から何一つ変わらない青い空が今日もそこにある。アーモリーワンは今日も晴れの日だった。いつもは何とも思わない空の青が今日はやたらと眩しくて、ルナマリアは目を眇める。湧き上がる感情としては、それがいつにも増して清々しいということ。訳もなく、嬉しくなってくる。
 ――子どもみたいよね。
 自身を揶揄してみるものの、自然と頬が緩むのを止める事が出来ない。歩みを少しだけ速める。前髪を揺らす風が少しだけ強くなった。ひらひらとスカートが揺れるのを、肌と太ももに擦れる感触で感じる。ルナマリアの上機嫌の原因はこれだった。
 降ろして数日と経っていない新しい軍服。袖を通した時の布の匂いとか、まだ着慣れていないぱりっとした固い感じとか、全てが嬉しい。特にお気に入りなのは、ピンク色のスカートに合わせて仕立て直した丈の短さだった。“長いのがエリートっぽくていいのに”などと妹は言っていたが、偉く見えるかなど、ルナマリアにとって問題ではない。重要なのは、似合っているかどうかだった。
 ――この方が絶対動きやすいし。
 などというのも後で付け足した言い訳に過ぎない。新しく上官になった怖そうな女の人も、初めてルナマリアの軍服を見た時は目を丸くしていた。確かその時に“あなたみたいなコ、初めて”とかなんとか言われたっけ。
 ――軍服を切っちゃいけない、なんてどこのマニュアルにも書いてないもの。
 これから士官学校の時とは比べものにならないくらい、キツい生活が始まるのだ。……多分。毎日の楽しみを作ったって、バチは当たらないだろう。
 そうしてルナマリアは嬉々として歩を進める。まだ集合の時間までかなりある。施設から出てはいけないのが少々残念だが、こうして歩いているだけでも楽しい。
 そして、ルナマリアは見上げた。ザフトの新造艦、ミネルバ。グレーの色を基調としたシルエット。その全容は相変わらず大きく、見上げているだけでも首が痛くなってくる。明日から自分はこれに乗るのだ。赴任したてで最新鋭の戦艦に乗れるなんて、自分はなんて運がいいのだろう。それも、同期の少年や、妹までオペレーターで一緒に乗り込むというのだ。怖いものなんて何もない。ザフトレッドであるため小隊なんかも任され戦闘に関しては自分達が中心になって戦うのだと考えると少しプレッシャーだが、今は休戦協定も組まれているし、命の危険に関わるような任務も直ぐではないはずだ。それより、気の置ける仲間達と新しい環境で任務につけるということだけで、ルナマリアの胸はずっとわくわくしているのだ。
「さてと」
 踵を返して格納庫の方へと向かう。このまま集合の時間までずっと艦を見ていたい気分だが、それも何だかもったいない。誰かと話したい気分でもあるし、格納庫の愛機のもとへ向かうことにした。モビルスーツの整備に追われている同僚や、同じタイプの機体に乗ることになった仲間もいるかもしれない。そうして向かうも、さすがに新しい環境。格納庫の数もかなり多く、同じ外見の中から一つを見つけるのも今のルナマリアには至難の業。きょろきょろと周りを見回している間に、忙しく走り回っている緑や青のツナギに混じって鮮やかな赤色が走っていくのが見えた。
「シン!」
 ルナマリアと同じ赤色の軍服を着た少年が振り返る。“何”と言ったのが聞こえた。
「あんたにしては早いじゃない。まだ時間じゃないでしょ?」
「あぁ、整備の奴らに呼ばれてさ。ルナこそ、何やってんだよ。こんなところで」
 そう言ってルナマリアを少しだけ見下ろす少年は、起き抜けで行ってきたのだろうか。黒い髪の毛はいつも以上に寝癖がついて跳ねているし、せっかくの新しい軍服もよれて皺になり、襟元はだらしなく開いている。これでルナマリアに溜め息を吐くなというのが無理な話だ。
「な、なんだよ」
 シンが口を尖らせる。また始まった、とでも言いたげな目だ。
「……これがあのアスラン・ザラと同じザフトレッドだっていうんだから世も末よね。せっかくの軍服もそんなにヨレヨレにしちゃって。バチが当たるわよ!」
「あのなぁ、軍服切ったやつが言うなよ、それ!」
 シンも負けずに食ってかかってきた。
「あんたみたいなのがガンダムに乗れるなんて……。ほんと、何をお考えなのかしら、デュランダル議長は」
「別にいいだろ!議長がくれたんだから!ルナには関係ない」
「な……、むかつく〜……!!」
 本当に口の減らない子だと思う。いつだって生意気で、年上にも教官にも食ってかかって。そして自分に正直で、何より真っ直ぐで。その為に彼はいつだって誰かと衝突をする。誰よりも損をしてしまう性格だとも思う。
 ――子どもなのよね。
 その彼とこうして毎回口喧嘩を繰り広げている自分もまた、子どもだということか。そう考えると湧き上がる羞恥心が、ルナマリアを少しだけ冷静にさせた。
 その時、緑のツナギの整備士を何人か乗せた軽車両が近くを通り、ルナマリアとシンは二、三歩退がった。そのまま車両は吸い込まれるようにミネルバの脇へと消えていく。
 もう一度、ルナマリアはミネルバを見上げる。どきどきとした緊張感と高揚感がこみ上げてきた。
「ほんとにあたし達、これに乗るのよね……」
「ん?あぁ……」
 ルナマリアとは対照的に、シンの返事は素っ気なかった。言われて大儀そうに新造艦を見上げた少年の眸は、一見艦を見ているようで、でも実のところ何を捉えているのか分からない。艦でない何かを見ているようにも見えた。
 そういえば、シンがザフトに入った理由をルナマリアは知らない。以前に聞いた、オーブにいた時に亡くなった家族のことと何か関係があるのだろうか。そこまで考えてルナマリアは頭を振った。よそう。そんなことは考えても詮ないことだ。気にならないと言えば嘘になるが、いつかシンから話してくれる日がくるかもしれない。そう信じて胸の奥底にしまい込むことにした。
「あのさ、シン。これに乗る前に言っておきたいことがあるんだけど」
「何?」
 それは本心だ。決して茶化した台詞ではない。片手を腰に当て、シンを真っ直ぐに指差して、ルナマリアは言った。
「一応休戦協定だけど、ほら、こんな仕事だし」
「だからなんだよ?」
「その……死ぬんじゃないわよ」
 一瞬だけきょとんとなったシンは、すぐに赤い眸を心外とでも言いたげに細めた。
「死ぬ?おれが?そんなヘマするかよ。むしろそれはルナの方だろ。まぁ、そうなったら守ってやるよ。ルナのこと」
 シンの口から出た意外過ぎる言葉に想像の域を超えてしまい、ルナマリアは思わず吹いてしまった。守る?誰を?
「“守る?”あたしを?ないない!あたしがシンを守るならともかく」
 だって今までもアカデミーでそうしてきたではないか。あらぬ誤解で疑いをかけられたシンをかばったり、理不尽な喧嘩をふっかけられた時も仲裁したり。シンはその都度お節介だと言うけれど、ルナマリアの出来る範囲のことで彼を守ってきたつもりだ。まぁ、実際の話、戦闘に関してはどうなるか分からないがとりあえず、ルナマリアがシンに守られる日なんて来ないだろう。そう思った。それを表情で察したのか、シンは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「それじゃ、おれ行くから」
「帰るの?」
「ヨウランに買い出し付き合えって言われてんだよ」
「今から?!」
「時間には戻る。じゃあ!」
 走り去っていく少年の背中をやれやれと見送る。明日には進水式を控えているというのに呑気なものだ。それが彼らしいといえば彼らしいのだが。それに、シンがシンでいてくれるからこそ、ルナマリアも安心してルナマリアでいられるのだ。
 この緊張感がプラスのものなのか、それとも果たしてマイナスに感じているものなのか。もしかしたら自分は任務に就いて本格的に動き出すことに恐怖を感じているのかもしれない。深層心理の奥でそんな考えがちらりと過ぎったが、すぐにそれを頭の中から追い出した。
 ――望むところ!
 あの英雄、アスラン・ザラのようになってやるのだ。自分も。そう心で決意し、ミネルバを見上げた。
 戦の女神の名を冠した最新鋭の戦艦は、刻々と迫る出航の時を控えながら、悠々と小さなルナマリアを見下ろしていた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。タイトルの通り、ファントムペインが行動を起こす三時間前、みたいな感じです。というか、自分設定入りすぎですね。進水式が明日だとか、その他諸々^^←
でもその辺って気になりだしたらきりがないんですよね。初めて軍服を仲間内で披露した時、けなしはしても“カッコいい!”とか絶対言わなかっただろうな、とか^^シンとルナマリアと出会いとか、訓練中とかめっちゃ妄そ……想像してしまいます。



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あきゅろす。
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