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*destiny*
fit into the space(シン×ルナマリア)
【fit into the space】


 違和感を感じたのは、その翌日のことだった。おかしい、と肌が告げている。でも、何がおかしいのかが分からない。いや、もしかしたら何もおかしいことなんてないのかもしれない。単なる気のせいかも、とまだ自分を無理矢理納得させ、片付けることが出来る段階。次に何かをした時にはその違和感さえも、もう忘れてしまうような些細なものだった。
 それが確信に変わったのは、それから二日後のこと。違和感は明らかなものとなってその正体、原因を急速に探す。
 おかしい。何かが足りない。いつもはあるものがここのところない。何だ?気持ち悪い。良いこと?嫌なこと?多分嫌なことだ。いつもはすんなりと行かない気持ちがすんなりと通っていく。そのため、衝突する。まるで、真っ直ぐに走りすぎて、避けるべき障害物に片っ端から当たりに行っているような感覚。ああ、イライラする。何故?だとすれば、足りないものはいつもはあった方が良かったもの?
 シンは唐突に顔を上げた。隣で黙々と同じように昼食を摂るレイは、そんなシンの突拍子のない行動にも何の興味も示さず、黙々とフォークと口を動かし続けていた。 ほら、足りない。いつもあるものがない。
 食べようとする姿勢でフォークを宙にさ迷わせたまま、シンは隣のレイに訊ねた。
「なぁ、何でここのところ、ルナマリア・ホークを見かけないんだ?」
 レイはやはりシンの方も見ずに、「さぁ?」とだけ、言った。

 何でこんなところに女がいるんだという疑問よりも、まずルナマリア・ホークという人物がシンにとってはどうでもいい存在だった。ただどうやら彼女は活発な性格の上にひどく“モテる”らしく、いつもどこでもグループや集団の中の真ん中にいる。
 実際シン自身も、そんな集団の誰かから遊びの誘いを何回か受けたことがある。しかし一度も参加したことはない。したいと思ったこともない。そうして誘われる度に断っていると、そのうちに誘われなくなった。
 シンはそういった連中を少し冷めた目で見る。
 平和な奴らだな、と。
 確かに今はプラントと地球の間は休戦状態で、士官学校で軍人になる為の厳しい訓練を受けているとはいえ、同年代の少年少女からはどこか平和ボケした雰囲気が感じられることがある。そういった彼らが外出許可が出る度に群れてわいわいと騒ぎながら出掛けていくのを蔑むと同時にどこか眩しいようなものを見る目で見ていた。彼らのような年相応の無邪気さなど、今のシンにはない。
 そんな集団の中にいるルナマリア。それが気付けば自分の周りにいるようになった。
 初めはさりげない声かけ。シミュレーションによるモビルスーツの操縦で、何か褒められたように思う。その時はただシミュレーションとはいえ初めてのモビルスーツ操縦に無我夢中で何と言われたのかは覚えていない。
 そのうちルナマリア・ホークと接する機会が多くなっているのに気付いた。
 訓練後のやはり称賛や揶揄などの声かけや、軍格闘術での訓練相手など。何故ルナマリアと組む羽目になったのかは覚えていない。ルナマリアから誘われたのか、教官に指名されたのか、はたまた余り者同士だったのか。ただし、パイロット科での人気者であるルナマリアが余るということが些か考えづらいが。訓練開始時に、“よろしく!”と言ってあの眩しい笑顔で自分を見るルナマリアに憂鬱な思いを抱いたのは覚えている。“あぁ、やりにくいな”と。“何で女と格闘術の訓練しないといけないんだよ”と。しかしその心配は杞憂に終わる。これ以上ないほど、いっそ気持ち良いくらいに投げられたのだ。
 ルナマリア・ホークは優秀だった。
 何でこんなところに女がいるんだ、と教官を含めたパイロット科の男が始めに抱く疑問をルナマリアは易々と打ち砕いて納得させてみせた。
 言うまでもなくシンは努力する。
 元々負けず嫌いですぐにムキになる性格だ。別にパイロット科で一番になりたい訳ではないが、一度負けた相手にはどうしてもリベンジを申し込みたくなる。結局何回か申し込んで最終的に勝った後には勝利の喜び半分、女を投げ飛ばした気まずさ半分、といったところだった。
 そうして切磋琢磨することによって、元々優秀なルナマリア、荒削りだが潜在能力の高いシン、共に教官の目にも留まるようになってゆく。
 そこであらゆる能力に対して天才的なセンスを見せつけるレイ・ザ・バレルと初めて肩をぶつけられる段階にまできた。
 教官はそれからシンをルナマリア・ホーク、レイ・ザ・バレルと組ませることが多くなった。数々の衝突を繰り返し、実技訓練時以外の時間でもシンは気付かないうちにルナマリアやレイといる機会が増えていたのだ。

 見かけない理由は、長期欠席ということだった。
 施設外訓練での事故だという。
 今回ルナマリアと班が別だったのはシンにとって幸運だったのか、それとも不運だったのか。大事には至らなかったものの、負傷した彼女は寮で療養中だということだった。
「何だ?気になるのか、シン?」
「ばっ……!何言ってんだよ、レイ!そんな訳あるかよっ!!」
 男子ロッカールーム。汗で濡れそぼったシャツを脱ごうと頭がシャツの中に入ったポーズのままでシンは力一杯に喚いた。汗で張り付いた脱ぎにくいシャツからやっとのことで頭を引き抜くと、レイを思いっきり睨み付ける。
 レイはシンの方を見ようともせずに淡々と着替えに徹していた。それを見たシンが苦虫を噛み潰した表情になる。
「そんなんじゃないよ。ただ、いつもうるさい奴がいないと変な感じがするだけだ」

 ルナマリア・ホークはお節介だ。
 よく実技訓練で組むようになってからはことあるごとにシンに絡んできた。シンが怪我をしては手当てすると言って消毒液の染み込んだ脱脂綿を傷口に押し付けてきたり、課題レポートの提出期限が近づくと進み具合はどうかと逐一確認したがったり。
 世話好き、と表現した方が妥当かもしれない彼女は、シンに絡みはするが図々しくはない。遊びに誘うときはシンの考えを尊重するし、シンが聞かれて嫌な過去の話などは無理には聞いて来ない。そこが彼女が人間的に好かれる所以なのだろうか。嫌な顔はしても、不思議とルナマリアに対する嫌悪感は湧いてこない。
 そんな彼女の絡みが最近はぱったりと途絶えている。そのことが何故か気になる自分の心情にシンは舌打ちしたくなる。
 ──何やってんだ、おれは?
 女子の寮の、横に長い建物を下から見上げて、シンはいよいよ自分自身が理解不能になった。
 男子の寮は女子の寮からは遠い別の場所にある。男子の寮へ向かう道と、女子の寮へ向かう道とがある別れ道はとうに過ぎてしまった。そして自分は今日、いつも行く道とは異なる道を通ってここにいる。
 幸いだったのは誰にも気付かれずにここまで来れたということだ。それもそのはず。もうすぐ寮の門が閉められてしまう時間帯なのだ。通行人が減るのも道理ではある。
「──って、そんな問題じゃないだろ!」
 思わず自分自身に突っ込んでしまう。
 問題なのは、今自分がこの場所にいることなのだ。
 ──おれは何しに来た?
 決まってる、そんなの。
 “ルナマリア・ホークに会いに来た。”
「違うっ!!」
 ぶんぶんと力一杯かぶりを振って自身の考えを全否定する。夜の女子寮の前で挙動不審にしている姿は誰がどう見てもただの変態だ。今管理者にでも見つかったら何の言い訳も出来ない。
 シンは踵を返すと急いでその場から駆け出した。
「あれぇ?シン・アスカ?何やってんのこんなところで?」
「げ……」
 知らず呻きが漏れた。
 一番会いたかった人物──いや、一番会いたくない人物が前から歩いてきた。

「驚いた!まさかこんなところでシンに会えるなんて思ってもみなかったわよ。で、ここで何してたの?」
「え、あ……、う……」
 聞かれてシンは妙な呟きしか返せない。
 見つかるとまずいということで正面脇の茂みに二人して腰を下ろした。狭い空間なだけにいつも以上にルナマリアの体が近い。必要以上に顔が熱くなっていくのをシンは抑えられなかった。
「ははーん、分かった!あたしが長いこと休んでるもんだから、淋しくなって会いにきてくれたんでしょ?」
「な……!だから違うって!!」
「“だから”?」
「あ、いや、何でもない。てか!ルナマリアは何してんだよ!今療養中なんだろ?」
「ちょっとアカデミーにデータを取りに、ね。課題出されてるのよ、あたし」
 シンの苦しいごまかしにもそれ以上ルナマリアは追求してこなかった。胸を撫で下ろすと同時にルナマリアの言った言葉に耳を疑う。
「療養中なのにか?」
「療養中だからよ」
 夜の暗闇の中、外灯の白い灯りに照らされたルナマリアの腕は、痛々しくギプスで固めて吊られている。見た感じ骨折といったところか。
「その……、もう大丈夫なのかよ?」
「全っ然大丈夫!ずっと部屋なんて退屈すぎるくらいよ。あ、でも課題があるから退屈でもないんだけどね」
 白い灯りに照らされたルナマリアの顔が、あははと笑った。それを見たシンの心がほっとする。あぁ、久しぶりだな。この声、この笑顔。知らず見とれてしまっていることにもちろんシンが気付く様子はない。
「それにしても、あんたまた教官とケンカしたの?パイロット科の子から聞いたよ?あたしがいないとすぐ誰彼構わずケンカするんだから!」
「……!!そんなことっ!ルナマリアには──」
「関係ありますぅ!!だてに“緩衝材”なんて呼ばれてないんだからね!」
「は?え……?クッション……?」
 シンの台詞の後半をひったくってルナマリアの口から出た意外な言葉にシンの目が丸くなる。
「そうよ?知ってるでしょ?裏であたしがそう呼ばれてるの。あんたの衝突を抑える為の緩衝材〈クッション〉。笑っちゃうよね」
 そう言ってルナマリアはカラカラと笑う。シンは一人思考の狭間に入り込んでいた。
 ルナマリアがひそかにクッションと呼ばれているのは知っている。知ってはいるのだが、まさか緩衝材だとかそういう意味だとは知らなかった。
 シンはその意味を履き違えていた。だってクッションといえばふかふか、ふかふかといえば柔らかい、柔らかいといえば……。
「ちょっとシン!シンってば!」
「えっ?!……あ、何?」
「何じゃないわよ。っていうか、どこ見てんのよ、さっきから。あんたってそういうキャラだった?」
「わぁ!ご、ごめんっ!!」
 ルナマリアの指摘に、自分が何を凝視していたのかを初めて認識する。恥ずかしさのあまり視線を逸らすどころか慌てて体ごと後ろを向いた。
 それでも見てしまったからには思い出す。格闘訓練時の、マットレスの上で寝技をかけられた時に重ねた体から伝わるあの柔らかな感触を。
 ──〜〜〜っ!!!
 リアルに思い出してしまい、再び顔が熱くなった。そんなシンの気持ちなど毛ほども気付かないルナマリアが後ろでしみじみと言う。
「でも、シンに会えて良かった。ほっとしちゃった。あんたがいないって本当につまんないんだもの」
 それはシンが抱いていた気持ちと、恐らく同一のものだ。
「悔しいけど、淋しがってたのはあたしの方かもしれないね」
 背中の後ろで笑った気配がした。きっと今、あの綺麗な顔で笑っているんだろう。鼓動は大分収まってきた。なのに頬だけが何故かまだ熱い。
「というわけで、今週いっぱいで戻るから!えへへ、嬉しいでしょ?」
「ばか言えよ。ずっと療養してろ」
「何よぉ。照れちゃって」
 背中から不満げな声が聞こえる。突き放したようなシンの物言いは、ルナマリアの言う通り、ただの照れ隠しだ。そのことを決して悟られないようにシンはわざとらしく嘆息する。
 ずっと足りなかったものが、やっと埋まった気がした。



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