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*destiny*
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【landscape】


 ひどく気分が悪かった。
 意識は朦朧とするし、足元は覚束ないし、何だか吐き気までするし。
 ──だめだ……。
 もう一歩も動く気力もなくなって、シンはその場に大の字になって寝転がった。
 何かを考えるほどの隙もなく、すごく見覚えのある軍靴が眼前に降ってくる。危ない!カツン、と乾いた良い音がした。シンの背中がぞくっと粟立つ。
 一体誰だと、視線を足から辿っていくと、これまた見覚えのあるピンクのスカート。まさか……。
「おつかれさまっ」
 そう言った彼女は、両手から溢れんばかりに乗せた“それ”を、シンの顔面に落とした。
 ──っぷあ?!
 痛っ、いた……くない?
 よく見ると小さくてやわらかく、白い……。

「マシュマロっ……?!」
「わっ!」
 がばりと勢いよく状態を起こそうとして、何かに額を押さえつけられた事によってそれは叶わず、跳ね返り、もう一度頭をふにゅっと床に打ち付けた。
 ──ふにゅ……?
 恐る恐る目を開けてみる。視界に飛び込んできたのは、自分が寝ている部屋(医務室)の天井と、赤い髪と驚いて見開かれた青い瞳だった。
「起きた?」
「……無理ないか?この体勢……」
 聞きたい事はたくさんあったけど、とりあえずそんな言葉が一番に口をついて出てきた。
「貧血で倒れるなんて、あんた女子みたいね」
 そう。自分は倒れたのだった。そして医務室で寝ていたはずだった。それがどうしてこんな状況になろうか。
「枕、あるんだけど……」
 彼女が来るまで使用していた筈の枕は、今は無惨にも彼女の尻に座布団として敷かれ、そしてその彼女の太ももの上に、何故か自分の頭が乗っかっている。いわゆる“ひざまくら”というやつだ。
 彼女がベッドの縁に腰かけているため、彼の体も斜めに傾いでしまっている。かなり、無理のある体勢だった。
「いいじゃない、そんな固い事言うもんじゃないわよ。それに……、何だか久しぶりだし」
「女がそういう事言うなよ……」
 呆れた様に見上げると、彼女──ルナマリア・ホークは、えへへと可愛らしく笑ったのだった。

「忙しくても食事くらい摂りなさいよ」
「うるさいな、ほっとけよ。ほんとお節介なんだから、ルナはっ」
「あんたってばいっつもそれなんだから。あ〜〜、やっぱり無理言って同じ隊にしてもらうんだった!」
 こんな姉弟のようなやり取りをするのも、ひどく久しぶりだった。
 煩わしい気持ちとは裏腹に、懐かしいような切ないような気持ちがシンの心を締め付ける。
 心配をかけている事を申し訳なく思いつつも、口を開けば出てくるのは憎まれ口だ。
 ──こんな事しか言えないのかよ……。こうやってゆっくり話すのだって久しぶりだってのに。
 はあっと一つため息を吐けば、勘違いしてぷっと頬を膨らませるルナマリアが見えた。
「何よぉっ。ほんと可愛くないんだから、あんたってば」
 言ってぺちっと額をはたかれた。まったく、どっちが可愛くないんだか。
「ていうかっ!やめろよ、恥ずかしいからっ!」
 今さらになって逃げるように起き上がろうとする。“恥ずかしい”というのは、人に見られて、とかではない。なぜならこの部屋にいるのはシンとルナマリアの二人だけで。要するにあれだ。“気恥ずかしい”というやつ。ただの照れ隠し。
「あんた何言ってんの、今さら。あれだけひとの膝の上でぐーぐー寝といて」
 “あれ”とはどうやらニュアンス的にさっきまでの事ではなさそうだ。だとすると、一体……、
「忘れたとは言わせないわよ?」
 言葉に詰まった。
 万が一言ってしまったら、このまま肘鉄が落ちてきそうな気配だ。貧血で倒れた上に追加で打撲傷なんて勘弁願いたい。
 何とかして思い出そうと、記憶をさらっているうちに、ルナマリアの手がさらりとシンの前髪をさらう。やんわりと倒され、再び柔らかな感触に包まれた。
「ルナ……」
「いいから寝てなさいよ。眠れるまでいてあげるから」
 額に触れる手に、きゅっと力が込められる。行かなければいけない時間が迫っているのだなと、シンにも理解出来た。
 限界まで一緒に居たいと、言葉じゃなく態度が物語っていた。
 甘えていい瞬間なのだと悟る。
 言わなくても伝わるから、言葉に出来なくてもちゃんと分かるから、不思議だ。普段会えなくても、久しぶりに会ったとしてもちゃんと前みたいに通じあう事が出来る。
 自分は彼女じゃないと駄目だなと、改めて痛感した。ルナもそう思ってくれてると、いいんだけど──。
 色んな意味を込めて、“ありがと”と呟くと、ルナマリアは至極満足そうに、“ん”と短く言った。




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