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*destiny*
fire works(シン×ルナマリア)
 もうちょっと。もうちょっとだけ。


【fire works】


 オーブ。夜の海。潮の匂い。付近の沿岸がよく見渡せる。
 眼下の浜辺には、ざわざわと集まった住民達で溢れ返っているのに、自分達の周りには誰もいない。それもそのはずだった。何故なら自分達のいる場所は、通常人の立つ場所ではないからだ。崖、と言い表す事が出来る。ただひとごみを避けて、海を見るためだけに訪れた足場。そこに畳一畳分の広ささえあれば、充分過ぎる程だった。あの、見渡せる人々にはない、人間離れした身体能力を持つ種属の自分達だからこそ、いる事が出来る。
 そこへ、夜の静寂を破って轟音が響いた。
 ──銃声っ?!!
 ルナマリアは素早くハンドバッグの中の“それ”を掴んだ。慣れた手付きで安全装置を外すと、ハンマーを起こす。
 ただ気になったのは、パァン、という渇いた音ではなくて、どこかくぐもった、ドォン、という音だったという事だ。しかし、油断してはいけない。敵は、バズーカを持っているのかもしれない。
 引き金を引くだけですぐ撃てる状態にして、小型拳銃をバッグから抜き出した。きょろきょろと首を巡らせ、辺りを見回す。夜の暗闇で深みを増した短めの紅い髪が、ふわりと揺れた。
 ──どこからだ?
「ルナ。おーい、ルナってば」
 緊張感のカケラも無い、間抜けな声で呼ばれ、ルナマリアの緊張の糸もぷつんと音を立てて切れてしまった。
「なによ?」
 くりんと振り返り半眼で見上げれば、シンが何かを指差している。それは、彼の肩を通り越して、遥か後ろ、空を指していた。
「……?」
 訳が分からずに、ルナマリアは眉根を寄せる。一体何なの?と言いたくて、口を開きかけた、刹那。
「っ!」
 シンの背後の空に、赤い花が咲いた。遅れて、ドォン、という大きな音。その音量に、つい、ルナマリアは首を竦める。光は、ぱらぱらという音と共に散って、花はやがて消えた。
「花……火?」
「そ、ルナも見た事あるだろ?」
「あるけど、でも、何だか……」
 ルナマリア自身も今までに、テレビ越しで花火を見た事はあった。だが、セレモニーなどを彩るそれは、文字を象っていたり、キャラクターの顔であったり、きちんとした何かの形になっていた。だから、今見えた花火は、テレビのそれと比べると、何だか少し──。
「いびつ、だけど、おれは好き」
 久し振りのオーブ。勤務の合間を縫って、“墓参りがしたいから”という名目で誘われた。墓、といっても小さな慰霊碑しかなく、彼の家族へと宛てた正式な墓は無い。しかし、たとえこの碑の下に彼の家族がいなくても、この場所は彼にとっては家族の眠る場所だったのだ。
 一通りが終わってもなかなか帰ろうとはしない彼にルナマリアは訝ったが、まあ、折角の休みだし、こうしてシンと一緒に居られるのならいっか、程度に自己解決していた。
 何とはなしに時間を潰していると、やがて陽も暮れ、ともすると、彼がいきなり“見せたい物がある”などと言って半ば無理矢理、この場所に連れて来られた、という訳だ。
 ──そっか。見せたい物って……。
 唐突に理解すると、シンの相変わらずの優しさに、ルナマリアは胸の辺りが温かくなるのを感じた。と、同時に自分が何を言いかけていたのかを思い出す。急いでそれを頭の中で否定し、違う言葉を口にした。
「あ、たしだって!好き、好きだよ?」
 少し慌てながら、“好き”だと連呼する彼女に、何だかシンは居心地の悪い恥ずかしさを感じた。そんな彼女に少しだけ赤面して、顔を逸らせる。
「いいから、しまえよ。……それ」
 手の中の物騒な物を見下ろして、“あ”と言う様にルナマリアは口を丸くした。そそくさと安全装置をかけると、バッグの中へ差し込んだ。
「大体、何でそんな物、持って来てるんだよ」
 墓参りに来たい、というのは、別に口実では無かった。実際、ここのところ来ていなかったし。久し振りにあの場所で家族の事を想えて、シン自身、やっぱり来て良かったな、と思った。でも。それでも。今日は休みで、久し振りの故郷で、ルナマリアと一緒だったのだ。少なからず楽しみにしていた所は、あったのだ。
 ──普通、デートに拳銃なんて持って来るか?
 それともそう思っているのは自分だけだったのだろうか?
「いいじゃない。いつ何が起こるか分からないんだし。護身用よ」
 いつ何が起こるか分からない、というのは大いに頷く事が出来るが、その後の“護身”という言葉に、シンの眉がぴくりと動いた。それから、むっつりと押し黙る。無意識に、口がへの字に曲がる。
「何怒ってんのよ」
 口を尖らせ、下から見上げられる。そんなに変わらない背丈のはずだから、悔しい事に彼女が腰を少しだけ折っている。顔が近付く事によって、鼻腔をくすぐる彼女の香り。真っ直ぐに自分を見つめる、蒼の眸。上目遣い。くそ、やっぱり可愛いな……。
 彼女に触れたい衝動を必死に堪え、怒ってるんだ、という事を表情で主張する。分かってんのかな。……分かっていなさそうだ。
「いいんだよ、そんなの持って来なくて。……ルナはおれが守るんだから」
 一瞬、何故だかルナマリアが面食らった様な顔をした、気がした。その後に続くのは、少しうわずった彼女の声。
「あのね、自分の身くらい自分で守れます!……てか、むしろあたしが守ってあげるわよ、あんたを」
 どうしてこう、強がるのだろう。ほんとは弱いくせに。技能的な物だけではない。心が、だ。ルナマリアの意向なんて関係ない。自己満足と言われようが構わない。他でもないこのおれが、守ってあげなくちゃいけない、いや、守りたい、女の子なのだ。彼女は。
 その時、ヒュウゥと風を切る音が聞こえ、夜空に、今度は緑色の花が咲いた。大きい。と、いう事は。
 ドオォン!!
「っひゃ?!」
 ドンッ!ドォン!ドドンッ!!
 空に次々と花が咲いては散ってゆく。連発だ。それからまた、しばしの沈黙。
「………」
「………」
「……この手は何だよ」
 自分を守ると、決然と言い放ったはずの彼女の手が、しっかりとシンの服の胸部分を掴んでいた。
「あ、わ……、その」
 そう言って顔を真っ赤にしながら(暗闇なので実際判らないが、恐らくそうだと思われる)大急ぎで自分の服をしわくちゃにしている手を引っ込め、ようとする彼女のその手首を掴んだ。
 その所為でたたらを踏んだルナマリアの肩を支え、自分の腕の中へ。
「あっ、シン?!」
「別に……、嫌とかじゃ、ないから」
「……うん、ありがと」
 戦時下では、もっと危ない場所でもっと凄い爆音の中に身を置いていた、MSパイロットともあろう人間(一応赤を着る)が、何を今更花火の音ごときでびびる事があるか、なんて考えが、いつもの彼なら否が応にも浮かんでいただろう。しかし、それは世間一般人の感覚であって、今のシンにはそれは見事に麻痺させられている。
 腕の中の彼女は、相変わらずいい匂いだし、柔らかくて気持ち良いし、この服を握った彼女の手が、本当にすがりつく様に自分を求めていた様な気がしたから、もう、それだけでシンは満足だったのだ。誰だって、慣れていない物は怖い。そう。それが普通の反応なのだ。
「綺麗」
 時々思い出した様に打ち上げられる花火を仰ぎながら、ルナマリアは洩らした。
 その言葉を聞いて、シンは酷く安心する。
 昔は面倒臭いとか、暑いから、とか適当な言い訳を並べ立てて行きたがらなかったこの行事だが、こうして改めて来てみると、同じ花火でも全然感じ方が違う。たまにはいいもんだ、なんて思ってしまうのも、こうしてルナマリアと一緒にいるからだろうか。それとも単に自分が老けたからなのだろうか。
 まだ十代にして、そんな事を考えてしまう。時代が時代なだけに、彼の精神は一般の十代の少年少女からは逸脱した中身になってしまっている事に、彼が気付く事はない。
 ──綺麗だな。
 花火を見て綺麗だと思う事、昔は純粋に感じていた様に思う。かつて家族と一度だけ行った、あの眼下の海岸。両親が、綺麗だとか言ってて、妹なんて音にびびって泣き出しちゃって、自分はそれをなだめるのに必死だったからあまりよく覚えてないけど、確かにその綺麗さに感動した事は覚えている。
 次々と打ち上げられる色とりどりの花がシンの眸に写る。咲いては散り、咲いては散り。その儚さは、まるで人の命みたいだ。
 嫌だ、なんて言わずに、もっと見にきてやれば良かった。この世にはいない家族の顔を思い浮かべながら、少し、泣きそうになった。
「……シン?」
「へ、あ……、何でもない。ごめん」
 おずおずとルナマリアが声をかけてくる。自然と抱きしめる手に力が込められていたのだろう。安心させる様に、笑った。
「けど」
 シンはルナマリアの肩に顔を埋め、縋る様にその体を抱きしめる。
「もうちょっと。もうちょっとだけ。このままにさせて」
 返事の代わりに、背中に回されたルナマリアの手がぎゅっと自分の服を掴んだのを感じると、幸せ過ぎて涙が滲んだ。


【END】





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