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*destiny*
a toy soldier(シン×ルナマリア)/レン様、17000hitキリリク。
 夢であるなら、醒めて欲しいというのはこういう事なのだと、知った。


【a toy soldier】


 シャワーの先端からぴちゃん、という音を立てて、滴が落ちた。
 ちゃんとコックを締めた筈なのに、いつも滴はぴたりと止まる事は無い。
 この施設も相当古くてガタが来ているのか、それとも少し垂れ流れる仕組みなのか、はたまた“怪奇現象・ザフトの七不思議”だったりするのか。ルナマリアには分からない。
 ただ、ここの基地のシャワーはそういえば確かいつもこうだったのだと、思い起す。
 ここに随分と居た筈なのに、ミネルバでの生活に順応しきってしまっていたルナマリアには、まるでミネルバに居た時の方が長く感じられる程、ここを酷く懐かしいと感じていた。
 とりあえず、特徴的な赤い髪をタオルで大雑把に拭いておく。まだ少し濡れているのをそのままに、彼女は下着を手に取った。
 いつもの下着に、いつもの様に腕を通す。無意識で行っているその行程上で、ふと、ある思いがルナマリアの頭をよぎった。
 ──最近買い物してないな……。
 というのも無理は無い。今の彼女にそんな時間的余裕など無いのだから。
 “コーディネイター”、そして“ナチュラル”の二つの人種間における差別的戦争が二度目の終結を迎え、世界はひとまずの停戦状態の中にある。
 だからといって軍が暇になり、解体される、などといった事は決してない。
 特に終戦直後の今の時期、忙しいのは政治関係者だけではなく、戦死者による“穴”の調整、隊の再結成、将校クラスの選出、大量異動、混乱に乗じたテロの制圧・予防など、どこの軍でも目まぐるしく動いている。
 とは言っても、実際忙しいのは軍上層部の人間で、いちMSパイロットでしかないルナマリアには、変化の無い毎日を送るしかなかった。
 変化と言えば確かに隊も変わったし、搭乗機も変わった。しかしそれだけだ。ただひたすら訓練ばかりの生活。
 言ってみれば、暇、なのだ。
 テロの制圧だって軍全隊で行くものではなく、大物政治家の護衛とてそんなに大勢でするものではない。
 暇なのに、忙しい。毎日毎日、訓練ばかりの日々。覚えなければならない新しい機体のマニュアル。相変わらずの人殺しの技巧の研磨。酷使されていく脳と体。
 そんな毎日に何の価値も見出だせぬまま、ただ、だらだらと過ぎるまま過ごす。
 いや、彼女は気付いていないだけで、こんな訓練ばかりの生活でも内心では充実していたのだ。
 あの悪報を聞くまでは。

 いつもの食堂。いつものメニューを手に、いつもの場所にルナマリアは腰を落ち着かせた。
 栄養価とカロリーが高いだけのパイロット専用メニュー。しかも相変わらず量が馬鹿みたいに多い。味はあの頃に比べると、苦情がやはり多かったのか、ほんの少しだけ食べやすくなっていた。だが──。
 ──美味しくない。
 調理師が聞いたら悲しむだろう感想を、素直に表情に表しながら、口へと運ぶフォークの手を止めた。
 プレート上に横たわる、如何にも脂の乗ってそうな肉をフォークでぐりぐりといじくる。貴重な休憩時間が、無意味に過ぎていった。
「あれ?ルナじゃん。おはよう」
 騒がしい食堂の喧騒の中でも、その声はしっかりと聞き取る事が出来た。
 この声を聞くだけで、沈んだままだったルナマリアの気持ちが急に浮上する。
 顔を上げると、半眼で見つめる。そこに立っていたのは──。
「……シン。あんた、今まで寝てたの?」
 彼女の内心は、今度は表情へと表れなかった。

「え?じゃあ、ルナはもう訓練終わったのかよ?」
「まだ午後の訓練が残ってるけどね」
 この間の人事異動で別の隊となったルナマリアとシンは、今や別々の訓練メニューをこなす事になっている。
 くされ縁とはいえ、アカデミーの頃から今までやたらと行動を共にしてきた彼と、今はこんなに離れているなんて、なんだか酷く不思議な感じがする。
 ましてや、今はレイもメイリンも居ない。ヴィーノとヨウランは業種そのものが違うから以前から時々と言って良い程しか会えていない。
 今の隊にも仲間は出来たが、急に自分一人になってしまった様な孤独感が彼女に纏わりついていた。
「シンの所は?これから?」
「うん。おれの隊は今日は午後だけだから」
 そう、と返しながら時計をちらりと見やる。休憩時間の終わりが迫っていた。シンの方も訓練の開始が迫っているのだろう。目の前のサンドウィッチをがばがばと口に放り込んでいく。
「あんた、寝起きでよくそんなの食べられるわね……」
 いくらか食べ易いメニューとはいえ、自分のプレートの中にある肉と同じ物が挟んであるそれを次々とたいらげていくシンに、圧倒されながらも呆れた様子でそう言うと、彼は両頬に限界まで溜め込んだまま、「う?」とだけ言った。

 ──そういえば呼ばれてたんだっけ。
 このまま眠ってしまいたい気分だけど、電話が入っていたのを思い出し、ルナマリアはベッドに沈み込んだ体を気怠そうに起こした。
 なんだろう。今日の訓練はいつも以上に疲れた。新しい隊になってストレスでも溜っているのだろうか。もしそうなら早く休んで少しでも回復させなければならない。
「全く。誰よ、ほんとに」
 こんな時に電話などよこした人物に不満を募らせながらも、ルナマリアはPCに指を走らせた。回線をこちらに繋いでもらうと、インカムを耳に付ける。今はルームメイトも部屋を出ているので、わざわざ外に足を運ぶ必要も無い。
 数秒後に画面に現れた人物を見て、ルナマリアは凍り付いた。
〈ルナマリアか……?〉
「あな……た?」
 短く整えられた漆黒の髪。自分と同じ蒼紫の眸。忘れもしない。この男の顔を。
〈元気にしていたか?〉
 そこに居たのは、遥か昔、幼い自分達を残して忽然と姿を消した男。
 父の姿があった。

「……何の用なの?」
 すぐにでも切ってやろうと思ったが、今更になって連絡を入れてきた理由に少しだけ興味が湧いて、通信をそのままにしてやる。
〈ミネルバの事は聞いている。まさかお前があれに乗っていたとはな〉
「………」
 冷めた目つきで画面の向こうの男を見やる。
 ルナマリアに無駄な話などする気が無い事を察したのか、父は一つ嘆息すると、本題に入った。
〈ザフトを辞めろ〉
「──!?」
 いきなり何を言い出すのかと思えば。それに、何故今まで自分達の事など放ったらかしにしていたこの男にそんな事を言われなければならないのだ?
「切るわよ?」
〈軍に入ったというのは知っていた。だが、お前達があの艦に乗っているとは思わなかった〉
「だから何?あんたなんかに辞めろとか言われる筋合いなんて無いわ。ほんとに切……」
〈今月付けでお前を退役させる様に要請を出した〉
「え……?」
 ルナマリアの思考がフリーズする。何を言われたのか理解出来なかった。そんな彼女に構う様子も無く、画面の中の男は続ける。
〈全部、メイリンに聞いた〉
 ──メイリンが?!
 確かに彼女の腕ならこの男の連絡先など突き止めるにたやすいだろう。しかし、あの子はこの男を許したのか?
〈お前とメイリンが戦場で相対した事も〉
 その言葉で納得する事が出来た。
 成る程。今やプラント最高評議会に名を連ねるこの男なら軍の兵士一人くらい辞めさせる事くらい易い事だ。
 しかし、こんな男に力を借りなければならぬ程、自分はあの子を心配させていたのか。
“なんで戦うの?なんで戦うのよっ!!?”
 あの日聞いた、妹の叫びが脳内にリフレインする。
 そして何よりルナマリアの心を締め付けるのは、彼女が誰よりも愛するあの少年。
〈お前が戦う事は無いんだ、ルナマリア〉
 うるさい。うるさい!何を聞いても偽善に聞こえる。
「勝手な事、しないでよ……!!」
 こんな日々など無意味だと思った。訓練だけの毎日に退屈していた。それでもそんな日々を続けていたのは、彼が居たからだった。
 ルナマリアは絶望した。自分にはもう何も出来ない。辞めろと言われて、その通りに軍を退くだけ。議員の決定など。覆せない……。
 こんな自分など、まるでただの木偶ではないか。
 嫌だ。シン……。シン!
 あまりの悔しさに、ルナマリアの目から涙が溢れる。
「……嫌だ」
〈ルナマリア……?〉
「シンと離れたくない……!お父さん!!」
 夢であるならいいと、思った。

「何してんだ、シンの奴。間に合わねーぞ」
 運良くヴィーノとヨウランの休憩時間がルナマリアの出発時間とかぶり、見送りに来てくれた。
 二人の見送りを嬉しく思いながらも、すっかり出発準備の整ったルナマリアは、そわそわとした面持ちで彼の登場を待つ。
「でも、寂しくなるなー。ルナがいなくなるなんて」
「何言ってんだよ。たった三日だろ」
「シン!」
 振り返ると、旅装の整ったシンが、そこにいた。
「いいなぁ、有休で旅行なんて」
「まあまあ、お前はオレと旅行に行こうや」
「ぅええ?!」
 相変わらずの二人に、ルナマリアの表情に自然と笑みがこぼれる。
「ルナ、乗り遅れるよ」
 誰の所為よ、とは言わずに視線だけを返す。これから会わせにいく人を、シンは知らない。
「じゃあ、また三日後な!」
「土産、買って来いよ!」
 帰る場所がある。隣りには彼がいる。数日ぶりの実に晴れ晴れとした気持ちで、ルナマリアは頷き、告げた。 “行ってきます”と──。

【END】

【後書き】

ここまで読んで下さってありがとうございます。

一応親心なりに心配していたと。最後は愛娘のお願いに折れてしまったと。そんな感じです。それにしても、勝手に捏造しちゃってますが、ルナマリアとメイリンの入隊理由が気になります…!

レンさま、大変お待たせして申し訳ありません!この様な駄文ですが、少しでも楽しんで頂けたら光栄です。リクエストありがとうございました!






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