[携帯モード] [URL送信]

20
The escaped robber is still at large.(ユーリ×エステル)

【The escaped robber is still at large.】


 目の前の男をエステルはしばし呆然と眺める。本来ならば、夜中に不法侵入してきた不届き者を視認した時点で、悲鳴を上げて助けを呼ぶなり、何かしらの方法で排除しようとするのが、この城に住まうものとしての普通の行為だ。しかし、エステルは口をぽかんとあけてその男を見つめることしか出来ない。声を出せないでいると、男がつかつかとこちらに寄ってくる。窓から差し込む光が逆光になって、その表情は窺い知れない。もしかしたら目撃してしまったことへの口封じに――という心配よりも、今のエステルには“男”をこの目で見られたという興味の方が勝っている。広い廊下にエステルと不法侵入男と二人きり。それでもエステルは人を呼ぼうとさえしなかった。
「もしかして、今有名な怪盗さん、です?」
 エステルの前まで来て男が見下ろす。背の高い男だった。全身黒ずくめに見えるのは、夜だから服の色が映えないのか、それとも着ている服が本当に全部黒いのか。
「そうだと言ったら?」
 不思議に心地よい声がエステルの耳朶を打つ。
「わたしを、奪ってくれませんか?」
 そんなことを口走ってしまった理由は分からない。分からないが、様々な心情がきっと彼女の深層心理で働いた。
 この広大な城から自由に出してもらえない理不尽さも、副帝という立場を狙った貴族の謀略や蹴落とし合いによる身の危険も、きっと何もかも。
 男は答えない。どんな顔でエステルを見下ろしているのか見えない。が、その時エステルには何故か、男が不敵な表情で微笑んでいるように思えた。それでもじっと見つめ続けていると、やがて雲が月に差し掛かり辺りは暗闇に包まれた。目が暗順応するまでものの数秒。そして再び月明かりが窓から差し込んできた時にはすでに。
 男の姿は煙のように消えていた。

 “今夜月が天頂を穿つ頃、帝国副帝の証を奪いに参ずる。”
 巷で有名になっている怪盗からの予告文書。城の警備に当たる騎士団は勿論、城下町や下町の一般市民までもが知らせを聞いて騒ぎ立てた。騎士団は緊張感を孕み、一般市民はお祭りでも控えているかのように、若干楽しそうに。怪盗は、そんな類の有名人だった。一般人の血税で肥え太った貴族から金品や国宝級の貴重品を奪い、貧しい市民に還元する。言わば、市民からしてみればヒーローのような存在。昔でいうところの義賊のような男だった。
「でも、奴は犯罪者だ」
 幾度となく相対しておきながら今でもこうしてふざけた予告文書を送りつけることを許してしまっている騎士団としては市民の間ではヒーローであろうと憎々しい相手だった。
 今夜こそ奴を捕まえる。騎士団は奮い立っていた。

 どうやら怪盗の狙いは“ブルークリスタルロッド”らしい。副帝が持つことを許される杖だ。エステルはそれを奪いに怪盗がもう一度この城にやってくることを心待ちにしていた。ということは、以前に会ったのも、下見ということだったのだろうか。
 辺りは静かだった。エステルの部屋はブルークリスタルロッドを安置させてある場所から真逆の位置にあった。窓の外には警備の騎士が徘徊しているが、もっとも彼らが多数配置されているのはその安置室になる。騒ぎの中でせめて一目だけでも見られたら。そんな思いでエステルは窓に歩み寄る。月明かりが眩しかった。
「よう。お姫様」
「!!」
 突如として聴こえた声に、エステルは悲鳴を上げそうになってしまった。瞬間、背後から口を塞がれる。男の手だ。“声を上げるなよ”そう、低い声で言った。こくこくと何度も首肯すると、やがて解放された。
「怪盗、さん……」
 月明かりを真正面から受けて、男が立っていた。やはり黒い服に身を包んでいる。前に感じたように、背が高い。長い黒髪が、月の光を反射して艶やかに光っていた。
「行くか」
「え?」
「おまえ、前に言っただろ。“私を奪ってください”ってさ」
「ブルークリスタルロッドじゃ、ないんです?」
「ありゃ、嘘だ」
「……はい?」
「今回のメインはおまえ、ってことだよ。そういう訳だから奪わせてもらうぜ」
「え、あ――、きゃあっ!」
 事態を理解しようがしまいがお構いなし。男はエステルをいとも軽々と抱き上げた。
「嫌ならやめるか?」
 戸惑う思考を一旦止め、エステルはぎゅっと唇を引き結ぶと、きっぱりと言い放った。
「いいえ。お願いします」
「仰せの通りに」
 そう言って男は微笑んだ。前に見た、不敵さを湛えた笑みで。 エステルの胸がどういう訳か、一度大きく拍動した。
「まあ、あんたが金になるかは分かんねえから、とりあえず保険ってことでこいつも頂いてきたけどな」
 言って男は懐から装飾の施されたきらびやかな杖を取り出してみせた。それは紛れもなくブルークリスタルロッドだった。
「え? どういうことです? だって、あれ?」
 ロッドは安置室にあるはず。これがここにあるのに、騎士団が騒然となっていない。まるで訳が分からない。
「今頃偽物を必死になって守ってるんじゃねえのか、ってことだ」
 お見事。この男は、誰にも気付かれずに侵入し、ロッドを偽物とすり替えて、その上まんまとエステルまで盗むことに成功したのだ。その鮮やかな手腕に感嘆の声を漏らさずには居られない。知らず胸がどきどきする。
「んじゃ、行きますか!」
 その時、予告状の細工と偽物のロッドに漸く気付いた騎士団が騒然となる。ざわついてきた城内を男は風のように走る。わくわくとした高揚感を抑えられず、エステルは嬉しそうに男の首元にしがみついた。


 ――今夜月が天頂を穿つ頃、帝国副帝“と”証を奪いに参ずる。――

 ――ユーリ・ローウェル――




ここまで読んでくださってありがとうございます。

怪盗なユーリはきっと義賊かと。途中の騎士の台詞はフレンので、エステリーゼではなくエステルなのは、わざとです。

駄文ですが、捧げさせてください。リクエスト、ありがとうございました!



[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!