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veil(セネル×クロエ)

「結婚を、申し込まれてしまった」
「そうか。誰が……?」
「私がだ」
 久しぶりに会ったと思ったら、思い詰めた顔でクロエがそんなことを言った。言われたことが理解出来ない。目の前で語り続けている彼女の話と、その当事者であるはずの彼女とを無意識に切り離してしまう。一体こいつは誰の話をしているのだろう。脳裏にはそんな疑問が占めている。理解力が追いつかない。ただぼんやりと、クロエが話すのを、俺は店にかかっているバックグラウンドミュージックさながらに聴き流してしまう。
「聞いているのか? クーリッジ」
「……ん、ああ、聞いてるよ」
 怪訝と不安とがないまぜになった表情でクロエは俺を見つめると、また話し出した。
 クロエの口から語られる彼女の物語。経緯。背景。
 男――聖コルネア王国出身にして遺跡船にも滞在したことのあるマリントルーパー。
 きっかけ――性懲りもなく海で溺れてしまった時に救出されたこと。
 理由――所謂一目惚れ、に近いものだが、以前からクロエの家系を知っていたとのこと。
「ヴァレンス家を立て直さないかと、申し出てくれたんだ」
「そうか。クロエはそうしたいのか?」
 逡巡してからどこか辛そうに、しかしはっきりと彼女は告げる。
「立て直したい、とは思う。お父様やお母様の守ってきたヴァレンス家を、私の代で終わらせてしまうのは、ずっと忍びないと思っていたから」
 その答えを受けて、反射的に俺は口を開いた。出てきたのは、自分で考えた言葉というより無意識に飛び出した、“何か”だった。
「そうすれば良いんじゃないか?」
 クロエは今まで見たこともない表情で俺を見つめた。その反応に俺は言い様のない不安を感じた。だけど、何故だか言葉は止まらない。
「良い奴なのか?」
「……彼は、とても良い人だ」
「なら、そうすればいい。そうして、お前が幸せになれるなら、俺はそれで良い」もが一瞬、停止した。それからのろのろと視線を落とし、唇が動く。声を出さずに自分自身に囁きかけている。何を喋っているのか分からない。ぽそぽそと呟き、最後に“そうか”と二回言った。
「クーリッジは私の幸せを願ってくれるのか?」
「ああ」
 その言葉を皮切りに、表情から何かが抜け落ちたような、しかしそれでいて清々しい笑顔をクロエは浮かべた。
「ありがとう。クーリッジ。私は結婚しようと思う」
「そうか」
 そうして今日の会合はどうやら終わりを告げたようだった。クロエが去り際に笑顔で言った。
「ありがとう、クーリッジ。お前に聞いてもらえて良かった。――でも、私はどこかでお前に止めてもらいたかったのかも知れないな」
 クロエが去った後も、俺はぴくりとも動けずその場に立ち尽くしていた。


【veil】


 このニュースは、仲間内ではそこそこの騒ぎになる。
「セの字、ほんまにそれでいいんか?」
「奪っちゃいなよ!」
「後悔してからでは遅いぞ」
「僕は貴方を見損ないました」
「クロエちゃんはどう思ってるのかしらねぇ〜」
「お兄ちゃん……」
 今日までに言われたセリフが頭を回る。だけど答えはでない。あいつが幸せなら、結婚しようがしまいがそれで良いのが、本心だ。だけど、思い浮かべるのはクロエの幸せそうな笑顔であって、家庭を持つ彼女というのがどうしても考えられなかった。俺はもしかすると、クロエが誰かのものになるという事実を拒否しているのだろうか。式には招待されていたが、出なかった。考えられなかった光景が白日の下に晒されるのを目の当たりにしたくなかった。
 なのに、俺はこの場所にいる。クロエが誰かのものになる。そんな儀式を行う場所。つまり式場に。来てどうするつもりだったのか。見たくないのに来てしまった。自分で自分が分からない。彼女の幸せを願ったかつての本心など、今はそれよりも大きい感情に押し潰されそうになっている。
 クロエ、行くな――!
 そんな感情に。
 どこかざわついた雰囲気を感じた。なにかがおかしい。しかし俺は意に介さずクロエを探す。本当にあいつを連れ出して逃げてやろうか。そんなことをすればあいつは怒るだろうか。そんなことを考えていると、誰かの慌てた声が耳に飛び込んできた。
「花嫁がどこにも居ない」
 花嫁――クロエだと結びつく。居ない。何故。分からない。しかし好都合なのか。ますます俺は混乱をきわめる。まとまらない思考であてどもなく歩く。
「――クーリッジ……!?」
 いつの間にか足元に視線が落ちていた。白いドレスの裾が見えた。ゆっくりと視線を上げる。
 クロエが居た。俺が今まで見た中で一番女の子らしい、思わず息を飲んでしまうほどの清純さ。綺麗さだった。
「来て、いたのか」
「お前、何してるんだ。行かなくていいのか?」
 目を見開いてお互いぽかんと相手を見つめる。先に思考を回復させたクロエが、申し訳なさそうな、泣きそうな表情になった。
「行けないんだ」
 どういうことかと、俺は訊く。
「彼に……抱きしめられる度に、く、口付けをされそうになる度に、途端に彼の存在が頭から消えてしまうんだ。私は最低だ。彼と居ながら、どうしても……クーリッジ、お前のことを考えてしまうんだ……!!」
 そう言って、化粧を施した顔に、涙を一筋流した。
「クロエは結婚をやめたいのか?」
 クロエは答えない。唇をぎゅっと噛みしめている。その沈黙こそが答えだった。
「……クロエ。行こう」
「え……?」
「俺はお前の幸せを願ったんだ。なのにお前は泣いている。なら、この結婚はお前にとって間違いだった」
「だけど私は――!」
 戻りたい、と言っても無理矢理連れ去るつもりだった。彼女の口から出たのは、
「彼や皆に迷惑を……」
 良心の呵責というやつだった。クロエは自分の幸せを、どうしたいのかという欲を、この時始めて自覚したのではないか。
 クロエのことを探しまわっている新郎の幸せはどうでも良かった。俺にとってはクロエの存在、彼女の意志と幸せ、そして自分の欲望だけが全てだった。もう何も考える必要はない。俺はクロエの手を引き、この場から行方をくらますことのみに専念することにした。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

自分の気持ちと使命を認めた彼との脱走ほど、頼もしいものはないと思います。

いーまさま、どこがドキドキか分からない駄文ですみませんが、捧げさせてください……! リクエスト、ありがとうございました!



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