[携帯モード] [URL送信]

20
for you(ユーリ×エステル)

【for you】


『今度のCM、フレンのやつ、あれオーケーしたのか?』
 少し怒ったような声音。エステルはおずおずと答える。
「いえ、フレンは断ったんですけど……」
『だろうな。あの水着は際ど過ぎだろ』
「その、カウフマンさんが……」
 白状してしまうと、苛立ちを隠さないため息が、電話越しに聴こえて来た。誰に対しての怒りなのかは薄々分かっていたが、それでもエステルは申し訳なく思えた。
『敏腕マネージャーも社長には勝てねえってか』
 苛々とした声。せっかく数日ぶりに声が聴けたというのに、怒らせてしまうなんて。酷く悲しくなってきて、エステルはぎゅっと目を瞑った。時計に目をやる。もう真夜中だ。いい加減に休まなければ明日の仕事に差し支えが出てしまう。
 それでも、エステルの方から電話を切ることは出来ない。したくない。もっと、声を聴いていたい。もっと喋っていたい。繋がっていたい。
「あ、そういえばですね、ユーリ。先日、歌番組の収録の後なんですけど――」
 ユーリはずっと話を聴いてくれていた。電話を切ろうとも、それを促すこともしなかった。ただ、エステルの話し相手で居てくれた。その優しさが嬉しい半面、辛く思えた。彼が優しければ優しいほど、想いは募る。
「ユーリ」
『ん?』
 想いは言葉となって電波に乗ってユーリの元へと旅立つ。
「会いたい……です」
『………』
「貴方に、会いたいです」
 胸の鼓動が収まらない。彼に会いたい。会って、目を見て話をして、彼に――。
『……分かってんだろ?』
 ぎくりと、エステルの肩が跳ね上がった。
『国民的歌姫様が、どこのどいつとも知れない男なんかと会ってるところを誰かに見られでもしてみろ。もう歌なんか歌えなくなっちまうぜ?』
「………構いません。わたしは、ユーリに会いたい。もう皆に歌を聴いてくれなくなったとしても、貴方のそばで、貴方だけに歌が歌えれば――」
「だとしたら、もうその事務所は終わりだな」
「!」
 際どい水着を着なければならないコマーシャルの仕事を受けた社長。その意図。そこでデビューを果たした自分。そこから広がったエステルの世界。可能性。たくさんの人に歌を聴いてもらえるようになった、きっかけ。事務所への恩は、決して小さいものではない。
 エステルは胸を詰まらせる。だけど、会いたい。愛しい人に一目でいい。会いたくて仕方ないのだ。
 売れるとはなんなのだろう。自分の進む道は本当にここだったのだろうか。自分のやりたかったことは、この道にあったのだろうか。
「分かって……ます……」
 涙声になってしまうのを相手に知られるのが怖くて、エステルは別れの言葉を告げ、電話を切った。

 歌を歌うことが好きだった。それを聴いてもらえて、喜んでもらえればなお幸せだった。それが今、現実のものとなっている。歌う自分。目の前に広がる光景。たくさんの人たち。その人達全員が自分の歌を聴いている。口ずさんでいる。喜んでいる。なんとも幸せな時間。
 だから、これ以上を願うなど、きっと贅沢なことなのだ。どれだけただ一人の会いたい人に会えなくても、自分はこの“幸せ”を放りだしてはいけない。この“幸せ”にはもう、たくさんの人の手が関わっている。この“幸せ”をまっとうするのが、自分の責任。
 だけど。
 だけどそれは、本当に“しあわせ”なのだろうか――?
「!!」
 それは奇跡だった。
 ドームでのライブ。万にもなる人の数。その中からただ一人の観客を見つけること。“奇跡”と呼ばずに何と呼ぼう。
 ――ユーリ……!
 黒い服を着た男が、確かに居た。
 他の観客に紛れながら、じっと立ってエステルを見ている。エステルは歌い続けながらもユーリを見つめる。
 エステルが自分を見つけたことに気付いたユーリが、微笑んだ。
 それは奇跡だった。思わず涙が滲んだ。ボーカルの突然の涙声に、観客も、スタッフもぎょっとなった。それでもエステルは歌った。歌い続けた。責任だの、仕事だのは、違う。自分は歌うことが好きなのだから。それを聴いてもらうことが大好きなのだから。
 ――でも、今だけは良いですよね。
 このラブソングを、たった一人の観客の為に歌っても。
 電波越しなどではなくて、何の障害もない生の歌声を、エステルはありったけの想いを込めて、ただ一人の男に捧げた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

国民的アイドルなエステルと、一般人ユーリなイメージでした。想像でしかないんですが、自由に会えない、自由がない、イコール売れる、なんて安直な考えで。エステルの歌は全部ユーリの為にあったらいい。

駄文ですが、捧げさせてください。リクエストありがとうございました!



[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!