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come along(ハヤト×ナツミ)

 異変は、無視できないものとなってしまった。
「夏美?どうしたんだよ、ぼーっとして」
 そんな声に我に返ると、とても近い位置に勇人の顔があって、夏美は大袈裟過ぎるくらいの挙動で飛び退いた。
「ひ……!?」
 心臓が痛いくらいに激しいリズムで鼓動を刻んでいる。顔が熱い。汗が噴き出す。困惑する表情で勇人を見ると、勇人はぽかんとなって夏美を見ていた。何が起きたのか分からないような表情をしていた。
 それから、
「おまえ、“ひ”とか言うなよ……」
 ちょっと傷ついていた。


【come along】


 この頃おかしい、というのは、前までそうではなかったということ。そう。前までこんなことは全くなかった。
 なのに、この頃は――。
「あー……。また。なんでこんなに」
 勇人のことばかり考えてしまう自分がいる。
 こうして、退屈な授業中でも、部活動で筋トレをしている時も、帰り道に自転車を漕いでいる時も、お風呂に入っている時も、ベッドの中で転がっている時も。気がつくと、何もしていない時はもちろんのこと、少しぼんやりとしている隙があると、決まって彼のことを考えてしまう。
 ――あたし、こんなだっけ?
 勇人はただの幼馴染だ。小さい頃から家が近所で、よく一緒に遊んでいた。幼馴染以上に友達。友達以上に兄弟のような感覚。彼のことならなんでも知ってる。ずっと一緒だった。それが、中学に入って部活動を始めると、活動時間の関係で帰る時間が合わなくなった。夏美自身、女友達との時間が増え、それは勇人も同じだった。違う高校に入って離れている時間が多くなると、いよいよ会うこともなくなった。彼は彼。自分は自分。いつまでも一緒じゃない。大人になるって、多分そういうこと。
 それなのに。本当に時々。久しぶりに会う時。離れている間に流れたお互いの時間。それが夏美をおかしくさせる。
 あれ? 勇人って、こんなだっけ? と思う機会が増えたのだ。
 勇人って、こんなに背、高かったっけ。
 勇人って、こんなに手、おっきかったっけ。
 勇人って、こんな声だっけ。
 勇人って――。
 こんなに優しかったっけ。
「……っ!」
 ほら、おかしい。なんだか勇人に会いたくてしかたない。
「あー、もう! なんなの!」
 思わずそんな声と共に頭を掻き毟る。周囲のあっけに取られた視線で、今が授業中だということを思い出した。


「あ、ごめん。あんまり近かったから……、つい」
「別にいいけどな。熱、ある訳じゃなさそうだし」
「うん、えっと……何?」
「おまえさ」
「うん」
「なんでさっきから目、合わせてくれないんだ?」
 ぎくりとなった。また、心臓が早くなる。
「え、あ〜……。そうかな」
「そうだよ。ちゃんとこっち見ろって」
 そう言って、無理矢理夏美の視線に回りこんでくる。自然と、また顔と顔とが近くなる。
「〜〜〜! 無理っ!!」
「な、無理って、ちょ、夏美!」
 思わず駆け出していた。座っていたベンチを勢い良く立ちあがり、走る。公園から――勇人から、逃げだす。
 勇人の顔が見られない。心臓のどきどきが収まらない。それもこれも、よく考えなくても分かること。熱が出て喉が痛くなったら風邪ですよ、と分かるくらい簡単なこと。
 ふとした時に勇人のことを考えてしまうのも、勇人が自分の名前を呼ぶ度に嬉しくなるのも、勇人の目に映る自分の容姿を気にしてしまうのも、勇人が他の女子やテレビのアイドルの話をした時に面白くない気持ちになるのも、あれもこれも全部。
 ――あたしは、
 ――あたしは……っ、
「夏美っ!」
 捕まった。勇人の大きな手が、夏美の手首をがしりと掴んだ。
「なんで逃げるんだよ。おまえ、やっぱり変だぞ?」
「うん……。変、なんだよ、あたし」
「? なんだよ、一体どうしたんだ? 話してくれよ」
「言える訳、ないよ」
「……!?」
 少しショックを受けたような勇人の顔。申し訳なさで胸がいっぱいになる。だけど、言えない。言える訳がない。
 ――あたしが、勇人のことが、
 ――“好き”だなんて!!
 泣きそうな顔で勇人を見た。勇人も、悲しそうな顔で夏美を見ていた。だけど、生まれたばかりのその感情を、どう扱っていいかも分からず、とにかく平静を装うとすることしか、今は考えられなかった。



ここまで読んでくださってありがとうございます。

自覚した後の勇人って、そうとう格好いいんではないかと、そういう気持ちで書かせていただきました。

浅葱ゆいさま、駄文ですが、捧げさせてください。リクエストありがとうございました!



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