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thick void(ユーリvsヨーデル+エステル)

【thick void】


 エステルは今、上機嫌だった。
 午後の温かな昼下がり。ザーフィアス上の庭園にてお茶をいただいている。極めて上質の茶葉は香りも舌触りも上品で優しくて、エステルはゆったりと味わう。なんて素敵な時間。なんて至福の一時。お茶を一口口に含み、吟味して飲み下し、うっとりとため息を吐いた。
「口に合ったみたいで私としても嬉しいですよ」
 エステルと同じテーブルに着く人物の一人が、これまた優雅な仕草でカップを手にしながら、そう言って穏やかに微笑んだ。
「ええ。とっても美味しいです。貴重なものをありがとうございます」
「いいのですよ。こう言ったものは誰かと一緒に味わった方がより美味しい。また取り寄せておくとしましょう」
 その言葉に、エステルは感謝の言葉と笑顔を返した。
「ふうん。そんな高いもんなのか。オレにゃ勿体無過ぎるわ。なんせ味覚が下町育ちなんでね」
 テーブルに同席する人物の最後の一人がそう皮肉った台詞を述べ、ティーカップの茶をぞんざいにすすった。
「そんなことないです。わたし、あなたの作る料理とっても好きですから。味覚ってきっと、誰にでも平等なものだと思います」
 そうきっぱりと言い切った。
「そう思いますよね。ヨーデル?」
 エステルから向かって斜め右に座る、ヨーデル・アルギロス・ヒュラッセイン次期皇帝候補。同意するようににっこりと微笑んだ。
「ね? ユーリ!」
 向かって左斜めに座る、ギルド“凛々の明星”メンバー、ユーリ・ローウェル。肯定も否定もせずに茶をすする。
 エステルはそんな二人をにこにこと眺める。

 それは極めて珍しい光景だった。
 物資の補給を考えていた頃に帝都ザーフィアス付近の上空を飛翔。それならとザーフィアスに立ち寄ることになった。ユーリと共に買い出しに行った際、下町に足を延ばしていたヨーデルと出会う。久方ぶりに会った嬉しさから、彼からの茶の誘いを快諾。城での茶会など自分の居る場所ではないと、去ろうとしていたユーリの腕を、エステルはがっちりとしがみついて離さなかった。
 そうしてこの奇妙なメンバーでの奇妙な茶会は開かれることとなった。
 世界の危機が迫っている中で、このようなことに時間を費やしている場合ではないのかも知れない。だけど、それでも、不謹慎だけれど、温かな気候の中で、大好きな人たちと一緒に、美味しいお茶を飲んでいる。エステルはこの時間が本当に嬉しくて、心地よかった。
 ヨーデルに報告すべき近況の報告も済んだ今、楽しい四方山話は終わらない。
「それでですね、その時ユーリったらいちごのショートケーキを――」
「エステリーゼは」
 不意にヨーデルが口を挟んだ。
 エステルは話を打ち切られて、きょとんとヨーデルを見る。
 皇帝候補は穏やかに言い放った。
「本当に彼のことが好きなんですね」
「!?」
 エステルは絶句した。
「な、なにを――」
「貴女の話しぶりからすぐに判りますよ。先ほどから彼の話ばかりですから」
 エステルの顔が途端に真っ赤になる。ちらりとユーリの様子を窺う。黒ずくめの青年は、明らかに聞こえているのに聞こえないふりをしてノーコメントを決め込み、焼菓子にパクついている。その様子に若干の気まずさを感じないでもない。
「エステリーゼの彼を思う気持ちがとてもよく伝わってきます。その気持ちはとても尊いと思いますよ」
「確かにユーリのことは好きですけど、でも旅をしているみんなのことも大好きですよ?」
「では、そういうことにしておきましょうか」
 そう言ってにこりと微笑まれてしまう。返す言葉もなく、居たたまれなくなってついに、
「あ、あのわたし、お茶のおかわりを淹れてきますね!」
 とうとうその場を離脱してしまった。
 この後の展開など、全く知るよしもなく。

「……で。あのお姫様をおっぱらってオレになんか言いたいことでもあるのか?」
 最初にそう、口火を切ったのはユーリだった。それに対してヨーデルは微笑みを返すのみ。
「そうやってはぐらかすのはお偉いさんの癖なんかね」
「それは貴方だって同じでしょう」
「さてな……。で、何が言いたい?」
 ヨーデルの方は見ずにユーリが核心へと迫る。
「エステリーゼの事です」
 ユーリが初めてヨーデルを見た。呆れたような目で。なおかつうんざりしたとでも言いたげに。
「だから、あのお姫様とオレはなんでもないって、何度言えば分かるんだ?」
「そうですか。でもエステリーゼはそうは思ってはいないみたいですよ?」
「じゃあ何だ? お前はオレにあいつを襲えって言いたいのか?」
「もしそんなことが起これば、帝国騎士団総出で貴方を殺します」
 時が止まった。ユーリとヨーデルの間の時だけが。麗らかな日差しの中、復旧作業の途中段階の庭園にいつの間にか迷い混んだ猫が、ミャウと鳴いた。
「……お前もしかしなくても、あいつに気があんの?」
「さあ、それはどうでしょうね。でも、貴方にその気がないというのは、よく分かりました。なので私が彼女を妻にめとっても何の問題もないはず」
 そう言ってヨーデルはにっこりと笑った。
「何かさっきと言ってることが違うんじゃねえか? 誰に対する何が尊いって?」
「私が好きなのは貴方ではなくて彼女だという訳です」
「……なるほどね。まあ、決めるのはオレじゃなくてあいつだから、そういう事はあいつに言ってくれ」
 ユーリの目付きはとても冷めている。
「そうですか。ところで貴方が口を付けているそれはティーカップじゃなくて、シュガーポットですよ?」
「要するにだ」
「スルーですか?」
「あいつがお前の嫁さんになるのはあいつの勝手だが、その前にオレは騎士団全員に殺されるってわけだ」
「なるほど。では犯行が及ぶ前に貴方はもう一度指名手配に逆戻りですね」
「そいつは光栄なことで」
「ふふふ……」
「はっはっは……」

「ただいま戻りました! お茶のおかわり、いかがです? ……って、あれ? 二人とも、仲良く何をお話してたんです?」
 ユーリとヨーデル、異質の組み合わせを残して席を立ったことに少々不安はあったが、自分が戻ってもまだ二人揃って居てくれたことにエステルは安堵を感じた。何だか話も弾んだみたいで二人笑い合っているし。その内容が知れないのは少しもどかしいけれど。
「なんだか少し肌寒くなってきましたね。暖かいお茶で温まりましょうか」
 そう言ってエステルは嬉しそうに茶を注ぐ。
 寒さの原因がなんであるかなど、微塵にも気付くことなく。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

ヨーデル殿下が必要以上にエステルを大切にしてたらいい。ヨーデルとエステルのほわほわ優雅な感じが、幼馴染みっぽくて好きです。

由里さま、駄文ですみませんが、捧げさせてください。リクエストありがとうございました!



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