[携帯モード] [URL送信]

20
in the end(ユーリ×エステル)

 久しぶりに再会した時にその人物に抱きつくのは、この少女の癖なのではないか。腕の中の柔らかく心地よい感触と、とても良い匂いに、がさついていた心が洗われるような気分になりながら、しかし少女のそう言った“抱きつき癖”なるものに若干の気恥ずかしさと呆れを感じ、ユーリは胸中でこっそりとため息を吐く。さすが上流階級。皇族サマ。暢気な癖をお持ちで。
「おまえは相変わらずだな」
 苦笑してそう言うと、腕の中の少女は眩しい笑顔を浮かべ、嬉しそうに答えた。
「はい。ユーリもお元気そうで良かったです。ずっと会いたかったです。ああ、何からお話ししましょう」
「おいおい、落ち着けって」
「ごめんなさい。でもわたし、あんまり嬉しくって」
 そう言って少女も苦笑してユーリを見上げた。真っ直ぐな想いが伝わってきて、ユーリはどきりとなる。
 ――違うな。
 先ほどの考えを訂正する。
 少女が暢気だとか、そういう問題ではどうやらない。
 自分は少女のこういった挙動を可愛らしく思う半面、ただ単に照れくさかっただけなのだ。


【in the end】


「――と、言う訳なんです」
 エステルは久しぶりに会うと、いつもそうやって楽しそうに自分や周囲の近況を話して聞かせる。きっとそれは、自分以外のかつての旅の仲間にも会う度そうしているのだろう。ユーリはまるで優しい音楽でも聴いているかのように耳を傾けている。あまりにも心地好い声の響きに思わず目を瞑っていたら、
「ユーリ、聞いてます?」
 お姫様のご指摘をいただいてしまった。
「聞いてるよ。フレンが騎士団の一個小隊を集団食中毒にしたってんだろ? あいつに料理させるの、法で禁止にした方がいいって、天然陛下に言っときな」
 エステルはうふふと、可笑しそうに笑った。それから、
「ユーリの方は最近どうです?」
 こう言う。お決まりの台詞だ。
「どうって、別に話して聞かせるようなことはなにもねえよ」
「そうですか……。でも、なにもない日常が一番、って言いますもんね!」
 そう言って、手を合わせてにっこりと笑った。膨れてみせたり、がっかりしたり、喜んだり、本当に表情がくるくると変わるお姫様だ。だからこそ見ていて飽きないし、定期的に会いたくなるのだが。思わずそのピンク色の頭をぽんぽんと叩けば、エメラルドブルーの瞳がきょとんと丸くなる。それから、ユーリの隣へとすり寄ってきて、はにかんだ笑みを浮かべた。
「幸せです。ユーリの横にこうして居られることが、本当にしあわせ、です」
「そりゃ光栄なことで」
 自分も同じ幸福感を味わっているのだということは、口にしないでおいた。

 結局その後の時間も、エステルととりとめもない話をして過ごす。その間に、エステルが何回か茶を淹れ換えた。言葉少なに同じ空間の同じ時間を共有する。ユーリから見たエステルはやはり相変わらずで、旅をしていた頃の彼女となんら変わりなかった。立場や肩書きは多少変わったけれど、彼女の変わらない雰囲気は、何よりもユーリを安心させた。
 それでも変化はあった。
 自分の欲求や感情を出すべき場面を理解して、自分を抑えるようになっていた。それが顕著に表れるのが、特にこの時だ。
「次は、いつ会えます?」
 街の出口。
 そう言ってこちらを見上げるエメラルドブルーの瞳は悲しげだが、どことなく割りきった表情。しかしその顔は大いに無理をしている。
「そうだな。おまえが会いたいってんならいつでも会えるさ」
「っ、そうですよね。いつでも……会えますもんね」
 無理に微笑む。ユーリは苦笑する。
「そんな顔すんなって」
「大丈夫です。わかってます。次に会えるのを楽しみに、また明日から頑張ります!」
「まあ、おまえの場合頑張り過ぎるのも考えものだけどな」
「ユーリにいっぱい元気をもらいましたから。平気です」
 にっこりと爽やかに微笑んだ。この分だと大丈夫だろう。ユーリとて若干の寂しさはあるが、でもそんな子どもみたいなことを言っている場合ではない。元気をもらったのはユーリだって同じだ。
「じゃあな。エステル」
「はい! ユーリもどうかお元気で」
 優しい微笑みを網膜に焼き付けて、ユーリはエステルに背を向けた。二人の間を柔らかな空気が流れる。こうして、次に会えるのはまたいつの日か。
 そうして歩を進めようというときに、その音を聞いてしまった。すん、という独特の音。ある感情を決定付ける音。
 まさかと思って振り返る。
 間違いではなかった。
「あいつ……」
 懸命に堪えていた。
 気付かれないように耐えていた。
 そうしないと、相手を困らせてしまうと分かっているから。
 そうやって一人きりで乗り切ろうとしていた。
 そんな気持ちが濁流のようにユーリの中に流れ込んでくる。
 自分の場所へと、現実へと戻ろうとする背中のなんとも頼りないことか。その肩が、声もなくしゃくりあげる度に跳ね上がる。
 エステルは泣いていた。
 ユーリの前では懸命に平静を装って。別れて一人になると、抑えていた感情をようやく解き放って。
 彼女は泣いていたのだ。
「馬鹿野郎……!」
 大股で来た道を戻る。細く華奢な肩をぐいと掴んだ。
「?!」
 こちらを向いた瞳が大きく見開かれる。涙が、ぱっと宙に散った。
「え、ユ、ユーリ?! あれ? どうしたんです?」
「そんな風に泣かれたら、オレ、行けねえんだけど」
「え、あ、あの、これはですね」
 必死に涙を拭う。拭ったところでどうにもならない。
「無理すんな」
「無理なんてしてません。大丈夫ですから。行ってください。ね?」
 そう言ってユーリの胸元を両手でぐいぐいと押してくる。
「本当に大丈夫です。寂しくなんてないんです。またすぐに会えます」
 エステル自信に言い聞かせているかのような物言い。言いながらもぽろぽろと涙が頬を伝っている。なんて説得力のない。
 やはりエステルはエステルだった。副帝になり、処世術を学んだとて、やはり自分の気持ちには素直な少女だった。
 ユーリの顔に穏やかな笑みが浮かぶ。自分の大切な少女は、そうやって変わらないでいてくれるのだ。
「ったく。そんなんで帝国を引っ張ってくことなんて出来んのかね」
「ご、ごめんなさい……」
「泣くなって。もう少しだけ、一緒に居てやっから」
「だ、駄目です! そんな、ユーリに迷惑は――」
「いいんだよ。オレがおまえと一緒にいたいの。それともお姫様は前科者はさっさと帰ってほしいのか?」
 そう意地悪く囁けば、小柄な体が腕の中に飛び込んでくる。そうこなくっちゃ、だ。
「駄目ですね、わたし。ユーリに甘えてばかりで」
「少なくともオレの居ないところでこっそり泣かれるよりはマシだけどな」
 離れがたいのは自分だって同じ。しかし、それを素直に出せる少女と、出せない自分。きっとそれでいいのだろう。
 過程がどうであれ今はもう、こうして寄り添い合っていられるのだから。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

そっけないユーリと柔らか天然エステルでいて、それでもしっかりユリエスな二人が大好きです。

雪さま、駄文ですが、捧げさせてください。リクエストありがとうございました!



[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!