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ask her out(シン×ルナマリア)

 突然、耳を引っ張られた。ぎゅっと。遠慮容赦ないほどの力具合で。当然シンは驚いて、“痛っ!” と声を上げる。痛さと久しぶりに出した自分の声で我に返る。訳が分からない、という目付きで(実際本当に訳が分からなかったが)、何の前触れもなく耳を引っ張ってきた張本人を凝視する。当の本人は実にさっぱりとした、取り澄ました顔で、依然としてシンの耳朶を摘まみ続けている。それを手で振り払って、
「何するんだよ」
 そう抗議すると、対面に座る少女は丸く愛らしい瞳をますます丸くして、
「いや、ちゃんと起きてるのかなー、と思って」
「はあ? 目開けながら寝るやつが居るかよ」
「ここに」
「お前なあ……」
 半眼で呆れたように少女を見れば、途端に少女の瞳も半眼になる。実に不満そうに唇を尖らせて、
「だってあんたってば全っ然あたしのこと見てくれないんだもの」
 その言葉にどきりとなった。
 突然視野が広くなる。
 たくさんの映像がシンの脳内に飛び込んでくる。同時に、音や声も。曖昧な音の集合でしかないざわめきの中から、とりとめもない会話や食器をテーブルに置く音など、世界が突如としてクリアになった。
 思い出した。
 思い出すこと自体が間違っていた。
 自分の今の状況。
 そうだった。自分は今――。
 ルナマリアとのデート中だったのだ。


【ask her out】


 自覚すると途端に心臓がどきどきとして居心地が悪くなった。背中を若干縮めてマグカップのコーヒーをすする。どのくらい自分がぼーっとしていたのかにうんざりとするほど、中の苦い液体はぬるくなっていた。時刻はティータイムを過ごす客でカフェが混み合う時間帯。正直言うと、朝から今までの時間をどうやって過ごしてきたのか、よく思い出せない。
 うつむき気味の姿勢から、上目使いでルナマリアを見ると、ルナマリアはマグカップを両手で包みながら、その蒼い目でじっとシンを見た。なんだか無性に気まずくなって、シンは視線を逸らしてしまう。 
 そう。
 ずっと気まずくて、気恥ずかしくて、ルナマリアの求めるものが分からなくて、それでいて薄々分かっていながら気が付かない振りをして、そうして今までの時間を無駄に過ごしてしまったのだ。折角のオフだというのに。なんとも思っていなかった訳じゃない。楽しみにしていた気持ちがなかった訳じゃない。なのに、どうしてこうなった。
 明日になるとまた、軍務に戻らねばならない。もう少し時間が経てば、この繁華街からも引き上げて、軍の施設に帰らなければならない。こうしてぬるいコーヒーをすすっている間も時計の秒針は、ほんの少しのサボタージュを働くこともなく、刻々と愚直に時を運んでいる。
 これでいいのか。
 そんなはず、ない。
 ごくりと喉を鳴らして、コーヒーを一気に飲み干した。
「ルナ、出よう」
「え? あ、ちょっと――」
 ルナマリアが慌ただしく準備をするにも構わず、彼女の手を握ると店を後にした。

「ねえ、シンってば! なんなの一体」
 繁華街を早歩きで歩く。ルナマリアの履く踵の高い靴が不自然に早いリズムで歩道を叩いている。歩きながらシンは答える。
「デートしよう、ルナ」
「は? えっと、言ってる意味が分からないんだけど」
「だから、デートしよう。ちゃんと」
 ルナマリアはぽかんとなって足を止めてしまった。当然シンの足も止まる。
「ちょっと一回落ち着こう。ね」
「落ち着いてなんかいられるかよ! もうこんな時間なんだぞ」
 理解してしまった。
 あまりにも、普段からルナマリアと一緒に居すぎて。普段の雰囲気が心地好すぎて。デート、なんて普段とかけ離れた場面になると、彼女はいつもの彼女とは雰囲気が違っていて。男勝りな女性軍人の面影は鳴りを潜め、年頃の女性の艶っぽさなんてものも窺えて、シンは一層どきどきとしてしまっていたのだ。もう、どこをどうやって過ごしてきたのかも思い出せないほど。
 ルナマリアは一体どんな気持ちで朝目覚めたのか。何を想像しながらその服を選んだのか。どんな今日を思い浮かべながら化粧をしたのか。
 自分はそんなルナマリアに今日一日、一体何をしてやれたのか。
「だから、今から……ちゃんと――」
 その瞬間、ルナマリアがとても嬉しそうな笑みを浮かべたのを、顔をうつむかせていたシンは、見ることが出来なかった。
「シン」
「え……?」
 急に腕に柔らかな感触を感じた。ルナマリアがシンの腕に腕を絡めている。
「あたしはね、あんたとこうして軍とは全然関係ない場所で、並んで歩いてるだけで十分なの」
 そうしてシンの肩に自らの頭を預けてきた。シンの鼻先に触れたルナマリアのワインレッドの髪からは、花か果物のような甘いとても良い匂いがして、少しだけ、くらっとなった。
「――なあんて言うとでも思った?」
 ルナマリアの瞳が半眼になる。
「シンってば朝からずーっとぼーっとして。服の感想だって言ってくれないし」
 そう言って拗ねてみせる彼女がひどく愛しく思えて、シンはぎゅっと目を瞑る。体に原因不明の力が入る。ルナマリアと密着した部分は熱くて、柔らかくて、頭がどうにかなってしまいそうだった。
「ま、でもいいわ。今からちゃんとデートしてくれるんでしょ?」
「へ、あ……、うん」
 ルナマリアが嬉しそうに微笑む。それを見て、シンも少しだけ救われた気分になる。ルナマリアが喜んでいると、自分も素直に嬉しい。
「じゃ、行こっか!」
 言って再び歩き出す。手を繋ぐ。そっと絡めてきた指がシンの胸を甘く切なく締め付けた。
「で? 聞いてないんだけど」
「何を」
 とぼけた。
「感想。服の。結構悩んで決めたんだけど」
 逃がしてはくれなかった。
 口の中でもごもごと呟く。
「聞こえない」
「……っ! 可愛い、って言ってるだろ!!」
 通りすがった人が怪訝そうに振り返るのと、恥ずかしいセリフを大音量で言ってしまったことへの恥ずかしさとで顔を真っ赤にしたシンを見て、
「あははっ」
 ルナマリアは可笑しそうに、それでいてとても満足そうに笑ったのだった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

シンのデートの時の顔は、ずっと可愛い初々しいままだと良い。ルナマリアのふとした可愛い瞬間なんかに、ラッキースケベの時の真っ赤になった可愛い顔でどぎまぎしてたら良い。

えいんさま、駄文ですが、捧げさせてください。リクエストありがとうございました!



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