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nature worship(フレン→エステル)

【nature worship】


 エステルは屋外へとヨーデルに付いて出た。今日のオルニオンは雪の降る地方らしく刺すような冷たさはあるものの、空はよく晴れて日差しが幾分肌を優しく温めてくれた。
 待ち構えていたかのように報道ギルドの記者と議員の面々がヨーデルを囲む。彼は人当たりの良い微笑みを浮かべながら、殺到する質問攻め、労いと絶賛の言葉に冷静に対応していた。エステルはその様子を驚嘆と誇らしげな眼差しで見つめていた。
 不意に視線を感じてエステルはピンク色の頭を巡らせる。政府要人の護衛に当たる騎士達の中に、冬の日差しを受けた眩しい金髪の青年を見つけた。こちらを見ている。エステルはにこりと微笑んだ。青年も、微笑み返した。エステルの胸がじんわりと温かくなる。
 そうやって言葉もなく、誰にも見咎められることもなく、互いに合図を送り合うだけのやり取りだが、次期皇帝候補から副帝となり政務に追われながらも、かつての旅の仲間とのそうしたやり取りが出来ることがエステルには嬉しくて、ふふっと笑った。
「――のことについて、エステリーゼ様はどう思われますか?」
 そう、突然記者の一人に問いを投げかけられ、エステルはどきりとした。全員の視線が自分に向けられる。
「え、と……」
 どう、と言われてもその内容を聞いていなかった為、エステルはうろたえる。言葉に詰まっていると、ヨーデルが静かにエステルの前に進み出た。
「すみませんが、そろそろ失礼しても構いませんか。この後の閣議に至急向かいたいのです」
『行くよ、エステリーゼ』
 そう視線で促され、騎士団に守られながら人波をかき分けて進む皇帝の背中に心から感謝しつつ、エステルは慌てて後に付いていく。

 オルニオン政府要人官邸のエステルの私室にて、深夜に極秘裏に訪ねて来た者があった。ノック二回でエステルは入室の許可に返事をする。来訪者の顔が見えた瞬間、エステルはその懐に無邪気に飛び込んだ。
「フレン!」
 騎士団長である青年は、昼間見せていた甲冑の姿ではなく内服のみで、エステルを優しく抱きとめると穏やかな笑みを浮かべた。
「エステリーゼ様、本日もお疲れ様でした」
「ええ、フレンも」
 エステルも労いの言葉を返す。
 ふと見上げた蒼い瞳に影が差しているのを見つけて、エステルは心配そうにフレンを見つめた。その眼差しで察したのか、フレンは申し訳なさそうに口を開いた。
「エステリーゼ様……。昼間は申し訳ありませんでした」
 昼間、と言われて記者からの質問に答えられずに狼狽した時のことを思い出す。その時の恥ずかしさが蘇り、俄に頬が熱くなった。確かあの時フレンからの視線を感じて、そちらを向いているうちに質問自体を聞き逃したのだった。
「そんな、フレンのせいなんかじゃありません! あれはわたしが――」
 きちんと記者の方のお話を聞いていなかったから――。そう言おうとしたエステルの言葉は、次のフレンの言葉によって永遠に出る幕をなくしてしまった。
「いいえ。お困りでいらっしゃるエステリーゼ様をお救い出来なかった自分の不甲斐なさが、本当に腹立たしいです」
「え……?」
「エステリーゼ様をお救いするのは、ヨーデル陛下などではありません。この僕でなければならないはず」
「あの、フレン――」
 ザーフィアス帝国の皇帝をして“など”呼ばわり。いつもの勤勉で実直な青年らしからぬ何かを感じて、エステルは不安を押し殺しつつもフレンを見上げた。その瞳は本当に自分を映しているのだろうか。
「痛――っ!」
 その時腕に鋭い痛みが走り、見るといつの間にか握られていた腕にフレンの爪が食い込んでいる。
「皇帝だろうが誰であろうが関係ない。いえ、あの方はもしかするとエステリーゼ様に気があるのかもしれませんね」
「そんなこと……」
「エステリーゼ様は僕がお守りします。貴女の周りを這い回る人間の全てを僕が排除します。貴女をお守りするのは僕の役目です。これまでも。これからも。ずっと」
 物凄い力で腕を締め付けられ、エステルは呻き声を上げる。
「フレン、やめて……」
 突如、フレンの目が信じられない、という風にエステルを凝視した。
「今、“やめて”と仰いましたか? 何故ですか!? 貴女は……僕を拒むというのですか!? 貴女には、僕しか――」
「腕、が」
 その時、ようやく今の自分達の状況に気が付いたらしいフレンの目が、怯えたように揺れる。揺れは徐々に大きくなり、青年は体をがたがたと震わせる。エステルの腕に血が滲んでいた。
「あ、え、エステリーゼ様……。僕、は」
「大丈夫ですよ。このくらい」
 震えるフレンの腕がゆっくりと自分の体に回されるのが分かった。エステルは腕を押さえたまま、体を強ばらせた。実に優しい抱擁だった。先程の彼の勢いからあまりにもかけ離れた仕草。
 エステルのよく知るフレンだった。
「エステリーゼ様、お許しください。僕は、貴女のことがあまりにも大切で……」
 抱き締められながら、フレンの震えが伝わってくる。何故だか無性に切なくなる。幼い子どもにそうするように、エステルはフレンの柔らかな金髪に触れた。
「怒ってませんよ。大丈夫です」
 先程の彼の様子。豹変と言ってもいいような態度。そして今の怯えと震え。それでもエステルの体を抱き締める彼の腕は温かくて、力強くて。
 ――大丈夫ですよね。いつものフレンですよね……?
 労るように金髪を撫でる。
 腕の傷が、ズキズキといつまでも自己主張をしているのが、しこりのように気持ち悪かった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

フレンって病むと精神的に怖そう。いつも見てますからね、分かってますからね、あなたには僕しかいないんですからね、みたいな。

駄文ですが、捧げさせていただきます。リクエストありがとうございました!



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