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Good for you.(シン×ルナマリア)

【Good for you.】


 ――あたしってば、馬鹿?
 そんな言葉で自分自身を揶揄してみれば、もともと傷ついていた心がさらにダメージを被った。針のようなもので穴を開けられておいてから、その穴をぐりぐりと広げられたような気分だ。痛い。痛すぎる。それでも現実はどうにも変えようがなくて、ルナマリアはバッグの底に入れてきた物の無用さに情けなさと苛立ちを募らせる。
 はあ、と思いため息。あたしは一体何をやってるんだろう。
 時間は十五時間ほど遡る。

「ねえ、どこに行く?」
 嬉しそうに切り出したルナマリアに、シンはきょとんとしたとも、ぼんやりしたともつかない曖昧な表情を浮かべた。
 どこって、と呟きながら、彼はああ、と思い至ったらしい。明日は二人ともオフだから、どこかに出かけよう。そう、前々から約束していたのだ。
「シアター? テーマパーク? ショッピング……ってことはないわよねえ。シンだもんね」
 嬉々とした様子を隠すことなく話すルナマリアを余所に、シンは一言ぽつりと、
「海」
 と言った。
 ルナマリアの言葉がぷっつりと途切れ、大きな瞳が丸くなる。
「うみ、って、あの海……? ってことは、地球?」
 今自分達がいるところから遠く離れた惑星を、思い浮かべた。
「おれは、海が見たい」
 シンは決然としてそう言った。

 シンはぼんやりとして、寄せては返す波を見つめていた。水着に着替えて泳ぐでもなければ、波に足を絡ませて感触や清涼を楽しむ訳でもない。ただ、彼は海を見ているだけだった。
 ルナマリアは、少し離れたところに腰をおろして、シンの背中を見つめていた。折角オフを利用して地球にまで出張ってきたのに、デートらしいことの一つも起こりそうにない今の状況が不満で仕方ない。
 ――新しい水着、持ってきたのに……。
 そんなことを考え、波音を聞きながらシンを見つめる。
 時々、彼はこんな風になることがある。感情的になりやすい性格ゆえ、勘違いされるここも多いが、元々ぼんやりとしていることの多い少年だ。普段は何を考えているのか分かりづらいが、今のルナマリアには分かっていた。
 彼の目に、寂寥が宿っていた。
「ステラ」
 海風に乗って耳に届いたシンの声音に、ルナマリアはぎゅっと目を瞑った。
 はっきりと確認した訳ではないが、その名前である可能性の高い人物を、ルナマリアは知っている。
 連邦軍のエクステンデッド。ファントムペインの一員。軍人として得たデータ。
 いつかルナマリアが大怪我を負って医務室のベッドに寝かされていた時、隣のベッドに運ばれてきた少女。敵兵。拘束具。青ざめた顔。不自然なまでに白い肌。禁断症状であるかのような絶叫。軋んで悲鳴を上げるベッド。ルナマリアが至近距離で見た光景。
 強奪された機体、ガイアのパイロット。シンが交戦し、捕虜として連れ帰る。後に当の本人によって軍規無視の解放。後から人づてに聞いた話。
 シンはそのステラって子を大事に想ってる。解放されたその子がどうなったのかは分からないけれど、シンの様子からすれば、会うことが叶わない状況なのか、あるいはもう――。
 ルナマリアは頭を振った。
 シンの心の大部分を占めている少女の存在。そして、自分の存在意義。何故だか幼い頃に両親を妹に取られたような気分になった時のことを思い出して、自分自身にうんざりとした。
 ――あたしってば馬鹿?
 全てを思考から追い出すように細くため息を吐くと、ルナマリアは立ち上がる。ゆっくりと、歩いて、シンの隣に寄り添った。シンは何も言わなかった。シンが海を通して誰を見ているのかは明らかだった。だけど、ルナマリアは何も聞こうとはしなかった。そうしてしばらくの間、二人して海を眺めていた。
「ルナ」
「うん?」
「海を見てると思い出す子がいるんだ」
「うん……」
 先ほどシンが呟いた名前の人物のことだとは思う。その子をどれだけ大事に思っているのかも、痛いぐらいによく分かる。だけどその話は今、苦痛を伴ってルナマリアの胸に耳に届く。ルナマリアは痛みに耐えながらそれでも彼の話を真摯に受け止めた。
「とっても大事な女の子だったんだ」
 そう言ったきり、シンは口を閉ざしてしまった。波音だけが辺りを支配していた。ルナマリアはそっとシンの手を握る。彼は握り返してはくれなかった。
 しばらく、静かな時が流れた。
 不意にルナマリアが明るい口調で言った。
「ねえ、泳ぐ?」
 シンがルナマリアを見る。
「おれ、着替え持ってきてないんだけど」
「だよねぇ。あんた荷物少ないもんね」
「ルナは持ってきてるのか?」
「ん? 持ってきてないわよ?」
 なんでもない顔で嘘を吐いた。シンはなんだよそれ、と怪訝そうな目をした。
「じゃあさ、ご飯食べに行かない? お腹空いちゃった」
 シンが呆れた瞳をルナマリアに向けた。何よ、と口を尖らせて呟くと、彼はため息混じりにこう言った。
「ルナって、昔からそうだよな」
「え……?」
「ルナって、昔から食い意地だけは張ってるよな」
 思わず言葉を失った。目を見開いてシンの赤い瞳を見つめた。シンが居心地悪そうに、何だよ、と言った。
「え? あ、うん。なんでもない」
 無性に嬉しかった。
 “昔から”。その言葉が、ルナマリアの心をふわりと軽くしてくれた。まるで、自分のことをとてもよく理解してくれているような、そんな気持ちになる。
「昔からって、どのくらいあたしのこと知ってるのよ?」
 嬉しくなってついつい尋ねてしまう。
「はぁ? アカデミーから今までどれだけ一緒に居たと思ってるんだよ?」
 呆れたように言った彼の首元に、ルナマリアはとうとう抱き付いてしまった。あまりに突然のことに、シンはたたらを踏む。
「なに――」
「そうだよね、あたし達、ずっと一緒だったもんね」
 シンの言葉がルナマリアの心に温かく染み渡った。
 忘れないでいいと思う。彼が大切だった子のことを思い出したり、憂いてもいい。だけど、そんな彼の心にいつも住んでいるのは自分でいたい。そう思うのは、傲慢なのだろうか。
「ほんと、訳分かんないよな、ルナって」
 そう言いつつも、背中に回された彼の腕の感触を認め、ルナマリアは幸せそうな笑みを浮かべた。
「ねえ、これからもずっと一緒に居てもいい?」
「ば――、何言ってんだよ」
「いいの? 悪いの? どっちなのよ」
 上目使いで見上げれば、視線を逸らされてしまう。
 やがて、彼がぼそぼそと何事かを呟いた。
「当たり前だろ、馬鹿」
 そう、はっきりと聞こえてルナマリアは嬉しそうに笑った。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

ステラやマユに想いを馳せてルナマリアをじりじりさせてくれるわりにはなんでもないような顔して一番ルナマリアのことを大事に思ってたりしてるシンが大好きです。

りんごさま、駄文ですが、捧げさせてください。リクエストありがとうございました!



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