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high dive(ユーリ×エステル+アスベル)

【high dive】


 目の前の光景にアスベルは絶句してしまう。今見ているものが信じられない。思わず反射的に腰に提げている刀の柄に手をかける。その、ちゃきりという鋼の冷たい音に、今度はエステリーゼがぎょっとなった。はらはらとした瞳を向けられるが、アスベルはそんな視線を意にも介さず、目の前の男に釘付けになっていた。
「一体どこから入ってきた?」
 突然だった。
 夜の見廻りで、警備の手薄な箇所を見つけ、あろうことかそれがエステリーゼ姫の私室。警備に当たる騎士が誰も居ないことを不審に思い、それなら自分がと決意した矢先に招かれざる客が突然現れた。
 あまりにも、突然に。
「お前は誰だ?」
 目線は男から離さず、エステリーゼを庇うようにさりげなく移動。アスベルが臨戦態勢を崩さないまま低く問うと、男は面倒臭そうに頭を掻く。長く黒い髪がさらりと揺れた。その鋭い視線に好戦的なものがちらりと見え、しかしすぐに消えた。
 男が口を開いた。
「エステル」
 その瞬間、背後に居たエステルが、アスベルの脇を素早く通り抜け、男に駆け寄った。何かの花のような香りがアスベルの鼻腔をくすぐる。アスベルの視線がエステルの後ろ姿を追う。
「エ――」
 エステリーゼが男の懐へと飛び込んだ。
「!?」
 男は姫君の体を柔らかく受け止める。
「ユーリ! 来てくれたんですね! お変わりないです?」
 なんとも嬉しそうな、そして幸せそうなエステリーゼの声色。
「おまえも相変わらずみたいだな」
 アスベルは一人取り残され、目の前のやり取りにただ唖然となるしかなかった。

 騎士団の宿舎へと戻る道すがら、青白い星明かりに照らされてアスベルは深い溜め息を吐いた。歩きながら、先程の光景が脳裏に甦ってきて、慌てて頭を振り映像を追い出す。
 まるで姫のやんごとなき現場を目の当たりにしてしまったようで、見てはいけないものを見てしまったかのような罪悪感に突き動かされるように、あの場から逃げてきたのだった。
 訳が分からない。自分が見た光景は一体なんだったのか。分かるのはエステリーゼの、男に対する態度。不法侵入したのは確かだが、確保して排除するような事態でもなさそうだった。それに加えてあの表情。彼女の男を見る目は、あれはどう考えても――……。
 段々と下衆の勘繰りをしている自分に苛立ちを覚え、思考を中断させる。いや、どの道中断せざるを得なかった。
 宿舎までわずかというところで、息が詰まるような圧迫感を感じたのだ。アスベルの思考を先ほどまで悩ませていた件の男が、夜の闇に紛れながら行く手を塞ぐように立っていた。
「っ!!」
 息を飲む。刀の柄に手が伸びる。
「よう」
 男が不敵な笑みを浮かべている。確か、エステリーゼに“ユーリ”と呼ばれていた男。全身黒ずくめの様相。その手に刀の柄紐が握られていることに、今になって気付く。
「あいつの部屋はともかく、ここって相変わらずのざる警備なのな」
「ここで何をしている?」
 警戒を解かずに詰問する。ユーリは不敵な笑みを崩さず、答えない。
「あなたはエステリーゼ様の一体何だ?」
「お姫様をたぶらかす悪者――、って言ったら、どうする?」
「排除する」
 アスベルの腰がぐっと下がる。
「……いいね」
 ユーリの瞳に、剣呑な光が宿る。しかしそれはどこかこの状況を楽しんでいるかのような好戦的な瞳。エステリーゼの私室で見た時と同じ瞳だった。
 ユーリが刀を抜く。鞘を放りなげ、神速の速さで刀身を振り抜いた。斬撃がアスベルを襲う。アスベルも即座に対応していた。抜刀。鞘の中で温めていたアスベルの闘気が、衝撃波となって解き放たれる。衝撃。ぶつかり合う。第一波を放った後、二人は瞬時に間合いを詰めていた。ユーリの蹴りと斬撃による二重奏。アスベルは素早く帯刀し、蹴り技で応戦。ユーリの蹴りを蹴りでいなし、隙が生まれた背中へ再び抜刀術を放つ。が、そこへ回されたユーリの刀に防がれてしまう。
 ユーリの動きが読めない。なんてトリッキーな動き。なんてアクロバティックな闘い方。アスベルはやがて防戦一方へと追い込まれてゆく。
「どうした。もう終わりか!」
「まだまだっ!」
 闘志を奮い立たせるものの、先ほどから気になっていることがあった。
 ユーリの放つ技の所々に、何故か騎士団特有の動きが混じっている気がするのだ。
「爪竜連牙!」
 ――やはり!
 そう確信した瞬間、アスベルは不覚にも一瞬動きを止めてしまった。そしてその一瞬を、ユーリは見逃してはくれなかった。
「もらった――」
 次の瞬間。
「ユーリ!」
 あまりにも場違いな声が、闘いの終わりをいともあっさりと告げてしまった。
「ひどいです! 用事が出来たなんて言ってこんなところで闘ってたんですね! 今夜はずっと一緒に居てくれる、って……――」
 そこまで捲し立ててから怒れる姫君はようやく我に返る。途端に赤く染まっていく少女の顔。
「あ、ア、アスベル!? えと、あの、その……」
 アスベルはまるで訳が分からない。この男はエステリーゼ姫をたぶらかす不審者ではないのか。
「あの、エステリーゼ様、この方は一体……」
「え、あ。えっと……、前に一度お話しましたよね。この方はユーリさんです。フレンのお友達の」
 アスベルは驚いてユーリを見る。黒ずくめの男は心底居心地悪そうに、あいつとはただの昔馴染みなだけだっての、と呟いた。
「あなたが、フレン隊長の……。そうとは知らず、失礼しました」
「おいおい、堅苦しいのはナシだぜ」
 そう言ったユーリはお手上げといった様子で両手を挙げた。さすがにもう闘う気力は失せたようだ。ふと隣を見ると、エステリーゼが何か言いたそうにもじもじとしている。どうかしたかと尋ねようと思った瞬間、ユーリがエステリーゼに近付き、何かを耳打ちした。エステリーゼの頬が真っ赤に染まる。なんとなく見てはいけない気がして、アスベルは視線を逸らした。
 そうして自称お姫様をたぶらかす悪者にして騎士団長のお友達である黒ずくめの男は闇へと消えてしまった。その姿が闇との判別が出来なくなると、アスベルはエステリーゼに向き直る。
「申し訳ありません、エステリーゼ様。俺のせいでお邪魔をしてしまったみたいで……」
 エステリーゼのきょとんとした表情。
「その、朝まで――」
「ア、アスベルっ! その、もう休まないと明日に響きますよ?! ね!」
「はぁ……」
「それではわたしも失礼しますね! お休みなさい……!」
 極限まで顔を真っ赤にして狼狽した姫君は、アスベルの返礼も待たずにさっさとエスケープを決めてしまった。
 静けさが戻ってくる。アスベルただ一人が残された。
「俺は何かエステリーゼ様を困らせることを言ったのか?」
 頭を捻ってみたものの、これだという答えが見つからない。
 侵入者の侵入に全く気が付かなかったこと。ユーリにあわや負かされそうになったこと。君主であるエステリーゼを困らせてしまったこと。そしてその原因が分からないこと。思い返すとほとほと情けない。はあ、とまた重い溜め息。
「まだまだ俺は精進が必要だな……」
 しかしその反省の度合いが些か見当違いなのだということをアスベルに教えてくれる人物は、気の毒な事にここには誰も居ないのだった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

事情を知らなくても一生懸命な感じのアスベルが可愛くてすきです。騎士団黙認のお二人に振り回された感が否めませんが、楽しんで書かせていただきました。

久羽さま、駄文ですが捧げさせてください。リクエストありがとうございました!



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