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bombshell(フレン×エステル)

 その光景を見ながら、フレンは懐かしいなあと思ってしまう。思い返せば、まだ帝都ザーフィアスで駆け出しの騎士として研鑽を積んでいた頃にも、時折こういうことがあった。確かあの頃も、次期皇帝候補のこのお方は、困ったような申し訳無いような顔をして、訴えかけるようにこちらを見つめていたのだ。
「フ、フレン」
 声が頭上から降ってくる。フレンはそれを見上げる。一本の太い樹。その枝に跨がり幹に抱きついているエステル。樹の根本には一匹の仔猫。その状況と理由をなんと説明したらよいのか図りかねているようだが、皆まで言わずともそれは容易に想像出来た。だけど、高貴な身分の姫君としてはあまりに似つかわしくない樹の上などという場所でおろおろとしているエステルがなんだか可愛らしく思えてきて、フレンは不謹慎だと思いながらも笑ってしまった。
 頭上の少女は呆れられたと勘違いをしているのか、ばつが悪そうに顔を真っ赤にしている。慌てて我に返ると、穏やかにフレンは声をかけた。
「エステリーゼ様、思いきってそこから飛び降りてください。私が下で受けとめます」
 樹の上のエステルが戸惑った表情になる。それでもフレンが安心させるように微笑んでみせると、エステルは意を決したように唇をきゅっと引き結んだ。地面との落差はフレンの身長のおよそ二倍と半分、といったところ。エステルが傷付かないように甲冑を脱ぐと、フレンは両手を広げた。
「どうぞ」
 エステルの足が枝を蹴った。落ちてくる。フレンの腕を目掛けて、真っ直ぐに。


【bombshell】


 抱き留めた後、固まったまま動かないエステルを根元に座らせ、フレンは不安げに訊ねた。
「エステリーゼ様、どうかなさいましたか?」
 結果的に受けきれたにしても、重力を孕んだその衝撃はかなりのものだった。もしかすると、いや、やはり痛かったのだろうか。
 その時、エステルが俯かせた頭を突然がばっと上げた。手を取られ、両手で包み込まれる。フレンはぎょっとなった。心臓が早鐘のようなリズムで鼓動を刻んでいる。エステルの目が輝いていた。
「え、エ、エステリーゼ様……?」
 至近距離で見つめられ、フレンは顔を赤らめた。
「王子様、です!」
「…………は?」
 非常に近い位置にある愛らしい唇から飛び出した突拍子もない言葉に、意味をつかみ損ねてフレンは目を丸くする。エステルは依然として嬉しそうに、王子様、ですよフレン、と繰り返した。
「あの、仰る意味が……」
 戸惑いも隠せずそう訴えると、恥ずかしそうにしているフレンにようやく気が付いたのか、エステルもまた恥ずかしそうに己の手を引っ込めた。フレンの手に、まだ包まれていた温もりが残っている。気まずさを隠す為に、今しがた言われたことについて訊ねてみる。
「お城で読んだ本に、王子様が囚われのお姫様を助ける、という内容の物語があったんです」
 エステルの顎が少しばかり持ち上がった。その視線は宙をさ迷ったまま、ザーフィアス城での日々へと旅立つ。
「わたし、その本が大好きで……、小さかった頃にずっと読んでたんです」
 フレンはエステルの横顔を見つめた。心地よさそうに思い出話を語る彼女の言葉の柔らかさから、とても大切な思い出の一つなのだということが窺える。
「フレンがわたしを助けてくれたのが、物語に出てくる場景の一つに重なったものですから、つい嬉しくなっちゃいました」
 そう言って、にっこりと眩しい笑みをフレンに向けた。なるほど。囚われのお姫様。エステルにぴったりではないか。
「それでは、そのお姫様というのもエステリーゼ様のようによく無茶をするのですか?」
 エステルの顔が途端に真っ赤になった。フレンは優しい笑みを浮かべた。ザーフィアス城でのことを、フレンも懐かしげに思い返した。そういえば以前にも今日のようなことがあった。あの頃は確か仔猫ではなく、巣から落ちてしまった雛鳥だったか。それをエステリーゼは樹の上の巣に戻してあげようとして、やはり降りられなくなり、幹にしがみついて震えていたのだ。その時は自分も受け止めきれるだけの力も付いておらず、梯子を持ってきたのだった。
 どうしてこんな無茶をなさるのですか。そう問うたフレンに、ただ、ごめんなさい、とだけ悲しそうに言ったエステリーゼの姿が思い浮かぶ。あの頃は分からなかったが、今となっては分かる。
 その頃とは比べ物にならないほどの無茶をして、彼女はここにいる。安全を約束されていた城を出て、暗殺者に狙われていたフレンの身を案じて、ただそれだけの為に、たくさんの無茶をおかして、エステルはここにいる。
 誰かの為に。
 困っている何かの為に。
 その強すぎる優しい気持ちが、エステルに無茶をさせ、樹の上から飛び降りさせるに至ったのだ。
「お願いですから、先程のような無茶はなさらないでください」
 フレンが苦笑じみた眼差しをエステルに向ける。エステルはフレンを真っ直ぐに見つめる。それから、
「でも、王子様はちゃんと助けてくれました」
 と言った。至って、真面目に。
「ですがそれは、物語のお話では……」
「いいえ。今、王子様は樹の上からわたしを救ってくれました」
 フレンは困惑してエステルを見た。エステルの綺麗なエメラルドブルーの瞳が、フレンを捉えて離さなかった。
「フレンは、いつだってわたしを助けてくれる王子様なんです。お城にいた時から、ずっと」
「お、王子様、は言い過ぎです」
「そうです? それなら“運命の人”にしましょう!」
 にっこりと嬉しそうにエステルが微笑んだ。恐れ多くて恥ずかしい台詞をあまりに真っ直ぐに届けられてしまい、フレンの胸中は混乱を極め、顔は熱でも出たかのように赤くなった。なんと返して良いか分からず、口を馬鹿みたいにぱくぱくとさせ、やっとのことで絞り出したのが、
「それは何か違うのでは……」
 なんて、何の変てつもない突っ込みの言葉。相変わらずご機嫌の様子でにこにことしているお姫様の笑顔は、やはり眩しかった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

エステルの天然発言にも世間知らず発言にも、真面目に付き合うフレンが好きです。

椿さま、駄文ですが捧げさせてください……! リクエスト、ありがとうございました!



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