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engage card(シン×ルナマリア+マユ)

 帰ってきた。
 自宅を視認出来た時、ようやくそんな気持ちになった。家族とはメールでやりとりをしていた為、別段心配はしていなかったけど、それでもシンの胸中はどこかそわそわと落ち着かなかった。家族に会うのは実に一年と半年ぶり。訓練と勉強で忙殺。休みの日には酷使した体がベッドに接着されているかのように動かない。それほどまでに士官学校というものは、一般の少年少女が通うスクールなどとは比べ物にならないくらい過酷な教育、訓練施設だということだ。長い事会っていない家族に久しぶりに会うことへの照れくささ。楽しみであり、面倒くさい、という気持ち。それが落ち着かない気持ちの原因である。多分。
 だから、決してその他の理由などない。そう。たとえ、隣にシンの同僚の少女が歩いていて、家を見られるとか、家族にどう思われるとか、そんなことは決して関係のない事項であり、問題になどなり得ないのだ。


【engage card】


「おかえりなさい、お兄ちゃん……!?」
 玄関のドアを開けた瞬間に、そんな鈴を転がしたような可愛らしい声が出迎えてくれた。ぱたぱたと走ってきて満面の笑み。あまりに久しぶりの妹との再会。その妹が、シンの後ろに控える人物を認め、表情をぎくりと強張らせた。知らないひと。そんな心の声が聞こえてきそうだった。
「ただいま、マユ。父さんと母さんは?」
「居ない。さっき買い物にいったばかり。お兄ちゃんがちゃんと帰ってくる時間を教えてくれてたら良かったんだけど……」
 マユは答えながらちらちらとシンの後ろの人物を見やる。シンが紹介しようとして口を開きかけた時、
「シンの妹さん? かわいーね。あたしはルナマリア・ホーク。シンのクラスメート。よろしくね」
 ルナマリアがシンの肩越しにひょいと顔を覗かせ、自己紹介をした。そのあけっぴろげな態度に、
「……はじめまして」
 妹は思いっきり警戒心を抱いていた。

 静かだった。何の音もない。ルナマリアはマユと二人、リビングルームのソファに腰を下ろしていた。シンはというと、自分の部屋にルナマリアに貸す為のデータを取りに行っている。今日の訪問の目的だ。それが思いの他時間がかかっているように思うのだが、もしかすると今のこの気まずさが、一秒一秒を引き伸ばしたかのように長く感じているだけなのかもしれない。
「マユちゃん、だよね。何歳なの?」
「十一歳」
「お兄ちゃんは好き?」
「うん」
 ルナマリアは苦笑いを浮かべる。会話が続かない。焦燥感が募る。シンのいち早い帰還を切望する。幼い少女は何かの本を熱心に読んでいる。
「料理の本? 料理好きなの?」
「………」
 返事が返ってこない。とうとう無視されたかと肩を落とした時、マユがおずおずと呼んでいたページをルナマリアに見せてくれた。
「クッキー? 好きなの?」
「作ってみたいなあ、と、思って……」
「お兄ちゃんに?」
 マユはこっくりと頷いた。その様子がなんとも可愛らしくて、ルナマリアの心がふんわりと温かくなった。
「マユちゃんは、本当にお兄ちゃんが好きなんだね」
「あの、ルナマリア、さん」
「なあに?」
「ルナマリアさんは、軍隊の学校に行ってるんですよね? そこを卒業したら、軍隊の人に、なるんですよね?」
「うん。そうよ」
「それって、鉄砲とか持って、戦ったり、するんですよね?」
 マユの表情は痛切だった。不安で、泣きだしてしまいそうな表情。答えは分かっているけど否定してほしいという顔。彼女が何に怯えているのか、理解した。
「……シンのことが心配なのね」
 読んでいた本を床に落としてしまっても気にも留めずにマユは身を乗り出すようにしてルナマリアに質問をぶつける。
「軍隊って危ないんですよね。死ぬかもしれないんですよね」
 それは、質問というよりは懇願だった。幼い少女の、兄を心配する思い。ルナマリアは胸を焦がされる思いだった。お尻をずらして、マユの方に近づくと、その小さい背中を優しくさすってやった。
「大丈夫よ。お兄ちゃんは死なない。あたしがあなたのお兄ちゃんを守ってあげるから」
 そう言って、にっこりと微笑む。不安そうな眼差しが、本当? と訴えかけてくる。ルナマリアはしっかりと頷いた。すると、マユは少しだけ笑った。

 バスターミナルまで送ると言ったシンに、ルナマリアは爽やかな表情できっぱりと断った。あたしのことはいいから、マユちゃんに付いててあげなよ。折角の休暇なんだから。そう言ってくれたので、それに甘えることにする。じゃあ、と言って玄関を出ようとするルナマリアに、マユは何か耳打ちした。ルナマリアの目が丸くなり、それからすごく嬉しそうに、
「どうかな。マユちゃんの想像に任せるわよ」
 そう言って笑った。
「じゃあね、シン。またアカデミーで」
 ルナマリアを見送ったあと、マユがシンの腕にしがみついてきた。怪訝に思ってどうしたのか訊ねると、マユはどこかぼんやりとした様子で、
「ルナマリアさんってかっこいーね」
 そう言った。
「ところで、さっき何話してたんだ?」
 マユはシンを見上げ、内緒、と言った。
「女同士の話だから」
「はあ? じゃあ、今ルナに耳打ちしたのは?」
「……それも内緒!」
「なんだよそれ」
 なんとなく釈然としないが、興味も冷めてきたので、それ以上は追及しなかった。
 その晩、妹は買い物から帰ってきた母に手伝ってもらってクッキーを焼いた。その中から幾つかをラッピングして、ルナマリアに持っていけと言った。持ち込めない、と話すと、ラッピングの包みに入れるはずだったメッセージカードだけでも渡せと言う。それを渋々承諾して、自分の荷物に紛れ込ませた。
 そのカードに、なんともませた文章が書かれていることを、シンは知るよしもなかった。

 “お兄ちゃんをよろしくおねがいします。未来のお姉ちゃん!”




ここまで読んでくださってありがとうございます。

ルナマリアとマユの会話。マユが生きてる間に会ってたことにしようかと思いましたが、その頃は戦時下だし、いくらオーブが中立だといってもプラントのルナマリアが地球に降りるのはさすがに無理かと思い、マユ生存仮定にしました。

駄文ですが、捧げさせてください。リクエスト、ありがとうございました!



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あきゅろす。
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