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chemical substance(ユーリ×エステル)
「エステル! お願いよ、ここを開けて!」
 リタの切実な声。何事かと各々の用事から戻ってきたレイヴンやジュディスも集まってくる。宿屋の一室。パーティーの面々が、今夜の宿にと借り受けた、大部屋。その前でリタとカロルがドアに貼り付いて何事か騒いでいる。
「ちょっとちょっと、どうしたってのよ」
 レイヴンが怪訝そうに事情を窺う。カロルが興奮したように振り向いた。
「ボク、見ちゃったんだよ!」
「見たって何を」
「エステルだよ!」
「だから、エステル嬢ちゃんがどしたの」
「お願いだから開けて! 見せてもらえないと、治せるかどうかも分からないじゃない!」
「エステルは風邪でもひいたのかしら?」
 固く閉ざされた扉を叩きながら、リタが叫ぶ。ジュディスは首を傾げた。
「違うよ! いきなり生えてきたんだ!」
「は、“生える”って、なにがよ?! おっさん、ちょっとどきどきしてきたんだけど……!」
「エステルの頭から――」
 レイヴンとジュディスの視線を真っすぐに受け止め、カロルは言い放った。

「猫の耳が!!」


【chemical substance】


「あら。それは可愛いわね。見てみたいわ」
「そりゃあ、後頭部から触覚生えてる種族だっているんだし、そんなに驚くことでもないんでない? 満月の子のオプション的な何かっつーことで」
「おじさま。ちょっといいかしら。話があるわ」
「なになになに?! ジュディスちゃんからのお誘い!? おっさん、どこでも付いてっちゃうよー!!」
 遠ざかる二つの背中を、カロルは半眼で見つめる。
「ちょっと、なんでそんなに普通なのさ。一大ニュースだと思ったのに――……った!!?」
 がつん、と固い音。カロルの頭頂部にリタの分厚い本の角がめり込んだ。
「何がニュースよ! あんたちょっとはエステルの気持ちも考えなさいよっ!! いい? 想像してもみなさい! 例えばある日突然、あんたの頭に――」
 カロルは涙目で視線を少しだけ上へと彷徨わせた。どうやら想像しているらしい。
「カルロウXのドリルが生えてきたら……っ!! ――って、もう生えてたわね。ごめん。あたしも配慮が足らなかったわ……」
「これはドリルじゃないよ!!?」
「おいおい。何をそんないに騒いでんだ。ってか、さっきおっさんがジュディに外でボコボコにされてたんだが……なんかあったのか?」
 遅ればせながら一番最後にやってきたユーリが、呆れたような瞳でカロルとリタを見やった。カロルは呟くようにユーリの名を呼び、リタは部屋に閉じこもったままのエステルに声をかけ、ユーリを見向きもしなかった。カロルが手短に説明すると、ユーリは渇いた笑いを浮かべた。
「へえ。そりゃ良かったんじゃねえか? あいつ、リタの制服に付いてる猫の耳を可愛いって言ってたもんな」
「そんな……! ユーリはエステルのことが心配じゃないの?! なんでみんな、そんな気楽に……」
 そこまで言ってからカロルは気付く。ユーリの様子がどことなくおかしい。よく見ると、そわそわしているようでもあるし、慌てている風でもある。
「ま、とりあえず様子見てくるわ。おまえら、下降りて飯でも食ってな」
 そう言ったユーリの目はもう、固く閉ざされた扉しか見ていない。
「そんな、ボクも心配だから――」
「あたしも入るわ――」
 転瞬。ニバンボシ一閃。ドアノブが根元から斬られ、ごとりと床に落ちる。カロルとリタの表情が固まった。
「あとはオレに任せとけ。……な?」
 カロルとリタは同時に思った。
 “ユーリ。あんたは猫の耳のエステルを一人占めしたいだけだろ。”と。

 六つあるベッドの一つに、布団の盛り上がっているものがある。ユーリは真っすぐにそれに近づくと、布団を掴み捲ろうとした。
「!」
 しかしそう出来なかった。エステルが中からそうはさせじと抵抗している。
「猫の耳が生えてきたんだって?」
「み、見ないでください……っ」
 慌てたような、泣き声のような声がユーリの胸を衝く。力任せに無理矢理布団を剥ぎ取る。きゃ、と小さな悲鳴と共に姿を現したエステルの頭に――。
 本当に猫の耳が生えていた。
「!!!」
 その想像以上の可愛らしさに、ユーリは一瞬ぴしりと動きを止めてしまう。
「な、お……おまえ、それ」
「分からないんです。突然生えてきて……。わたし、どうすれば……」
「どうもしなくていいんじゃないか?」
「え?」
 エステルがユーリを見あげる。上目づかい。うっすら涙ぐんだ瞳。それだけで十分に愛らしいのに、猫の耳というオプション付き。ユーリの思考はもう、通常運営は困難だった。
「どうもしなくていいって言ったんだよ」
 そう言って、とうとうユーリはエステルを思いっきり抱きしめてしまった。エステルが困惑気味な声をあげた。その様子がまるで怯える子猫のようで、ますますユーリの胸中をおかしくさせる。抱きしめた腕に一層の力を込めた。もう、絶対手放さない、というように。
「アタッチメントだと思っとけば良いんじゃねえか」
「そんな、うう……」

「ユーリ、ここ開いてるの絶対忘れてる――」
「あああいつ……! 焼いてやる、焼いてやるーっ!!」
「あら、やっぱり可愛いわね」
 そんな外の様子に微塵も気付くことはなく、大部屋の中では色々な意味で普段からは考えられないような不思議な光景があったのだった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

いつもクールなユーリの困惑顔やメロメロな様子。後から仲間たちに追及されてもきっと、なんのことだよ、とか言いそうだと思いました。

ゆずさま、駄文ではございますが、捧げさせてください。リクエスト、ありがとうございました!



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