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prohibition(ユーリ×エステル)
 分かっているつもりだった。先生はとても人気がある。それでなくても、若い教員という存在は生徒達から好まれるとう傾向にある。恐らくそれは、歳が近く、話しやすい、というのが理由に当たるのだろう。だから、先生は男女問わず生徒達に人気があるのだ。そんなこと、この学校の生徒であれば周知のことだ。だからエステル自身も分かりきっているはずだった。
 だからこそ、自分と先生との秘密の関係は、いけないことをしていることへの後ろめたさや、ばれてしまうことへの恐怖、そして、少しばかりの優越感を含む、実に複雑なものなのだ。
 それでもエステルの視線はいつだって先生を探してしまう。それも仕方のないこと。大好きな人を見ていたいのは、悪いことなんかじゃないはず。
 二人組での柔軟体操。組んでいる生徒の背中を押しながら、視線は無意識に体育館の対面へと飛ぶ。エステルのいる体育館の一面ではこの時間、女子がバレーボールを。反対側では男子がバスケットボールを行っている。エステルの瞳は、男子生徒達がボールを使ったパスの練習をしている中、それを眺めながら一人壁にもたれている男性教員をじっと見つめている。
 不意に、男性教員が体育館の向こう側からエステルを見た。
「!」
 エステルの胸がどきりとなる。
 男性教員が不敵に微笑んだ。
「………!」
 エステルも、にこりと微笑み返す。
 秘密のやり取り。
 アイコンタクト。
 それだけだった。
 だけど、それだけでよかった。
 生徒達から人気がある男性教員。彼と自分との秘密の関係。彼を事実一人占め出来ていることの優越感。それに何より彼の存在。
 胸の辺りが嬉しさでじわりと温かくなる。
 それだけで満足だった、はずだったのだ。

 休み時間のわずかな間に、先生を探してエステルは廊下を足早に歩く。体育の先生だから体育館、と、どこか安直な思いつきでそこを目指す。歩きながら考える。思えば先生は神出鬼没だ。どこにでも居るし、どこにも居ない。だから、思い通りに会えた試しがない。でも、だからこそ、会えた時の嬉しさは比ではないし、とても貴重で嬉しいものになる。考えながら、何だか胸がとてもわくわくとしてきて、知らず歩調が早くなった。
 体育館に着く。
 しかし先生の姿はどこにもない。
 体育準備室や、倉庫を覗いて見た。やはり居ない。
 入れ違いになったのだろうか。もしかして自分は先生の居ないところへわざと出向いているのではないか。思わずそんな被害妄想を頭に浮かばせ、とりあえず教室に戻ることにする。肩を落とし、廊下を歩いているところで、エステルの視界の端に黒いものを捉えた。窓に近寄って目を凝らす。
 丁度反対側の廊下に、探し求めていた先生が居た。
 嬉しさと切なさで胸がきゅっと収縮する。その先生は今、二、三人の女子生徒に囲まれていた。
 何だか泣きそうになってしまった。あれだけ探したのに。あれだけ求めたのに。その結果がこんな気持ちだなんて。情けなくなって、チャイムの音に後押しされるように教室へと急いだ。

 次の授業、エステルは集中出来ないでいる。
 頭の中は先生のことでいっぱいだ。でも、胸の中は甘く切ないものではなくて、先ほどの光景。その後に浮かぶ苦い気持ち。そんなことを考えてはいけないのに。間違っているのに。でも、感情を支配することが出来ない。気持ちが落ち着くまで、きっと自分は先生に会わないほうがいい。
 なのに、会わないと決めれば、とたんに出会ってしまう。なんという皮肉。なんという巡り合わせ。
「よう、エステル」
「先、生……」
「ん。どうした? なんか元気ないみたいだけど」
「……っ!」
 感情を支配することが出来ない。
 だから、エステルは走る。気持ちが落ち着くまで、会わない。会ってはいけない。
「エステルッ!」
 当然、先生は追ってきた。だけど会わない。もう決めた。
 どこに逃げればいい。どこでもいい。どこかに隠れて、こっそりと泣きたい。
 あてどもなく、エステルは校舎の中をひた走る。
 泣いてはいないが、もうすでに泣きそうだった。途中、すれ違う生徒達が不思議そうに振り返る。後ろには先生がいる。迷惑はかけられない。
 自分達は“秘密の関係”で居なくてはならない。
「……っ!!」
 出来るだけ誰もいない場所へ逃げる。静かな所へ。エステルが一人になれる場所へ。手近な資料室へ駆け込むと、鍵をかけようと扉を閉める。
 その直前――。
 先生の手がそれを阻んだ。
「なんで逃げるんだよ。オレ、なんか悪いことしたのか?」
 ぶんぶんと首を振る。
「なら――、って、おまえ、泣いて」
「泣いてません」
「なに言ってんだ、そんなにボロボロ涙こぼして」
「泣いていません。一人にしてください」
 先生の、黒いジャージの手が伸びてくる。エステルは身を固くした。
「!」
 瞬間、手がぴたりと止まった。
「……」
 しかしそれも一瞬のこと。エステルの体は先生の腕に抱きすくめられてしまった。
「……何があった」
「………」
「言いたくないんなら、聞かねえけど」
「……駄目なんです」
「ん?」
「わたしは、先生にこうしてもらえるだけで贅沢なことなのに、先生が他の人に囲まれてるのを見ただけで、こんな気持ちになったら……駄目なんです……っ」
「……エステル」
「………」
「おまえもしかして……妬いてるのか?」
「? 焼くって、何をです?」
 言われたことの意味が分からなくて、先生の顔を仰ぎ見ると、何故だかどこか嬉しそうな表情が、そこにはあった。
「世間知らずのお嬢様にゃ、分からなくていいんだよ」
 そう言って、一層強く抱きしめられる。
 エステルの胸に渦巻いていた、苦さや、自己嫌悪といったものが少しづつ薄れていく。代わりに胸を占めるのは、甘くて、切なくて、どこか苦しい、幸せな気持ち。
「先生……」
「ん」
「ユーリ」
「いーよ。わかってっから」
 自分達は“秘密の関係”で居なくてはならない。だから、エステルはどんな辛さも甘んじて受けなければならない。分かっているつもりだった。
 だけどどうやら、それだけでは足りないようだ。
 人気の少ない校舎内に、チャイムの音が鳴り響く。タイムオーバー。エステルの顔が曇る。
 それでもユーリは、エステルを離そうとはしなかった。
「ユーリ、授業が」
「いいんだよ。オレは今、“出張中”なの」
「え……」
「そしておまえは、保健室」
「……っ」
 求めているのは自分だけじゃない。
 それが耳元で聴こえる低声に表れていて、いつまでも離そうとしない彼の腕に呼応するように、エステルも彼にしがみついた。



ここまで読んでくださってありがとうございます。

エステルは嫉妬しても清純。そんな勝手なイメージでした。でも神出鬼没なユーリが、神出鬼没に現れて、つかまえてくれたらいい。そう思います。

ミルクさま、駄文ですが、捧げさせてください。リクエスト、ありがとうございました!



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あきゅろす。
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