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*15*
virtual image(シンルナ)
【virtual image】


「お疲れ、シン」
 帰還後、着替えも報告も終わってしばらくの間だけ自由になった時間に、出撃以来言葉を交わしていなかったルナマリアが、そう声をかけてきた。
「うん。お疲れ」
 大して何も話す事もない。足を止めることもせずにそのまま歩いていると、赤いショートカットの一つ年上の少女もそのまま隣を付いてきた。何処へ向かおうというのか、自室へと戻ろうとするシンに彼女は付いてくる。
「さっきはありがと」
「さっき、って?」
「えっと……助けてくれたでしょ……?」
「そうだっけ」
「うん。覚えてないの?……そっか、そうだよね。あの時は無我夢中だもんね。……うん」
 どこを曲がって、とか、どこを通って、とか、頭では考えずに感覚で動いている。足が、体が、勝手に自室へと向かう。
「早く、討てるといいね……。討てたらもう、終わるよね」
「うん……」
「死なないように頑張るね。シンの迷惑にもならないように……頑張る」
「………うん」
 何も考えられない。
 何を話し掛けられているのかも分からない。
 シンの赤い目は焦点が合っていないように虚ろで一見何も見ていない。
 だから、シンは気付かない。隣を付いてくるルナマリアが、シンの横顔を気遣わしげに見つめていることにも。
 一つの部屋の前で二人は立ち止まる。シンと、レイ・ザ・バレルの共用の私室だった。ロックを解除する。ドアが開いた。中へ入ろうとしたところでルナマリアが“シン”と呼んだ。切実なその声にはっとなった。ここへ来て初めてルナマリアの存在に気付いたように、シンはルナマリアを振り返った。
 見た。
「えっと……あの……じゃあ、ね?」
「……ああ、うん」
「……うん、……うん。じゃあ……」
 泣きそうだった。
 ルナマリアが。
 もしかしたら、泣いているのかもしれない。
 そう思ったら、何故だか無性にルナマリアの事が気になって、閉まりゆく扉の向こうで段々と小さくなっていく頼り無げな後ろ姿に向かって、我知らず声をかけていた。
「ルナ!」
 ドアに手をかけた。センサーがシンの手を感知して再び開く。部屋を一歩出た。ルナマリアが振り向いた。
「?」
 きょとんとこちらを見る蒼い瞳。
「あ……、いや、その……」
 思わず言い淀んでしまう。
「入る……?」
 我ながら何とも意味不明な言葉。後悔して、居心地が悪くなって、俯いて、寝癖のような無造作に跳ねた髪をがしがしと掻く。
 ルナマリアは、そんなシンを少しの間眺めて、
「うん……っ」
 やがて、そう言った。

 部屋は静かだった。静か過ぎた。照明は点いているものの、音だけがなかった。ルナマリアはシンのベッドに腰かけて、ぼんやりと部屋を眺めていた。ここに戻ってきたら寝ようと思っていたシンは、そうする訳にもいかなくなってデスクに就いた。端末を立ち上げ、先ほどのやり取りを思い返し、何故ルナマリアにあんなことを言ってしまったのか、言ってどうするつもりだったのか、分からず胸中で嘆息した。
「あたし、駄目だね」
 不意にルナマリアが一人ごちた。
 端末を立ち上げたものの、特に何かをする用もないシンは、椅子に腰かけたまま、上半身だけ振り向いてルナマリアを見る。
 ルナマリアは赤い髪を俯かせている。
「艦長の命令は聞くけど、議長の命令は何だかよく分からなくて、何も教えてもらえないまま、世界がどんどん訳分かんなくなっちゃって……このままあたし、言われた通りに戦ってればいいのかな、って思っちゃって……」
「…………」
「そんなの、駄目だよね。あたしは軍人なのに……。軍人が戦うことに迷ってたら、駄目よね……」
「ルナ……」
 同じだった。その心境も、その迷いも。抱えているものは全く同じだった。ルナマリアの言うことは、シンには痛いほど理解出来た。
 だけど、何故だろう。
 分かるのに、彼女の思っていることは、自分も思っていることなのに、他人に言われると、自分の中の客観的な部分が、それを冷静に見てしまう。
 それでもやるしかないのだと。
 自分達は軍人で、敵があって、それを屠るだけの力があるのだと。
 戦争を終わらせる為には、終わらせようとしている議長の言う、敵を潰すしか――。自分達には、自分にはそれしかない。
「ねえ、シン」
「?」
「知ってる?あたし、シンにすっごく、助けられてるんだよ?」
 確かに危険に瀕したルナマリアの窮地を何度か救ったことはあった。だから、シンも“うん”と答えた。
「シンの事、こんなに頼りになる子だなんて、前は思わなかった」
「なんだよ、それ……」
「ねえ、シン」
「何?」
「もう一回、キス、してほしい」
「うん――……え?」
 ルナマリアは、真面目な顔でまっすぐにシンを見つめてくる。
「キスして。……駄目?」
「いや、駄目、っていうか……」
 ベッドに腰かけるルナマリア。その膝の上の両手が、ぎゅっと握られている。
「お願い、だから」
 椅子から立ち上がり、そろそろと近付いた。蒼い瞳がシンを見上げる。シンの喉がこくりと鳴った。
 ――もう一回、って言ったって……。 以前のものが、どうしてああなったのか全然思い出せない。
 それでもシンは震える手でルナマリアの両肩を掴んだ。ルナマリアがそっと目を瞑る。
「っ……!」
 躊躇した。良いのだろうか、本当に。
 ――このまま、キスすれば……良いんだよな……?
 その目的地でもあるふっくらとした唇が僅かに動き、“シン”と言った。
 その瞬間――、もう考えることはしなかった。頭よりも体が動いた。
 肩を掴む手に力が入る。顔を近付ける。ルナマリアの唇に自分の唇を押し付けるように重ねた。ルナマリアの肩が僅かに跳ねた。唇は温かく、信じられないくらい柔らかくて、口内は甘く、身体は熱かった。
「……っ!」
 どちらが発した声なのか、分からない。もしかしたら自分かもしれないし、ルナマリアかもしれなかった。
「シ、んッ……!」
 何か喋ろうとしたのを、もう一度塞いでやった。ルナマリアがシンの首に手を回す。シンもルナマリアのうなじから手を差し込む。貪るようにして唇を重ねた。思わず体重がかかる。支えきれなくなったルナマリアが重力に従ってそのままベッドに仰向けに倒れた。それにも構わずにシンは貪り続けた。
 どれくらいそうしていたのか分からないが、しかしやがて、我に返ったシンが、ルナマリアを押し倒した体勢のまま唇だけを解放してぽかんとした表情でルナマリアを見つめた。ルナマリアも涙ぐんだ瞳で――しかしどこか嬉しそうにシンを見つめた。
「あ……、その……ごめん……」
「シンってば、前もそうやって謝ってきたよね」
「え、あ、そうだっけ……?」
「うん。言った。ねえ、シン。あたしね、前のキスはよく分からなかった。まさかあのシンにあんな事されるなんて思わなかったし」
 若干、ムッとしないでもない。
「でも、今のキスは……嬉しかった」
「嬉、しい……?」
「うん。シンは、どうだった……?」
「おれは……」
 言葉に詰まった。以前は哀しさとか、怒りとか、やるせなさとか、自分の中でぐちゃぐちゃになったものをルナマリアにぶつけた感じだった。正直、何であんな事をしたのか自分でも、分からない。
「あたし、きっと、シンの事が好きなんだと思う。でも、シンが――」
「おれは……よく分からない。好きとか、そうじゃないとか。でも、ルナとのキスは――好きだ」
 正直な気持ちだった。ルナマリアの事は大事だ。失いたくない。守りたいと思う。でも、それと、“好き”とは違う気がする。するけれど、ルナマリアをそんな風に見始めていたり、ルナマリアに触れているとどこか落ち着く自分がいる事も確かだった。
「うん、うん……。ありがとう」
 そうやって納得しようとしているルナマリアに、触れたくなった。純粋に。
 だから、額に触れた。髪を撫でた。そして、再びキスをした。
 好きだとか、そうじゃないとか、正直よく分からない。今まで誰かを愛した事なんてシンにはなかったから。だから、この気持ちが“好き”だという事も分からない。
「シンが好き」
 失いたくない。守りたい。この先も、いつまでも、ずっと。
「ルナの事、好きになりたい」
 何があっても彼女を守る。そうすれば自分は大丈夫――。
 根拠のない安心感。しかし核心。それにすがるかのように、シンはルナマリアを求めた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。時系列的に運命終盤です。

シンは恋愛事に無頓着だけど、やる時はやる男だというのが勝手なイメージです。先の見えない不安を抱えながらも、ふと普段の様子でルナマリアとのやり取りをしているのが好きでした。

Naさま、ベタ甘になってるか不安な駄文ですが、捧げさせて頂きます。リクエストありがとうございました!



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