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*15*
vicious circle(フレエスラピ)
 ――情けない。
 総じて言えるのはそれだけ。いや、その一言に尽きる。
 いつもは凛とした意思の強い眼差しを珍しく曇らせ、しかしすぐにぶんぶんと金髪を振って、そんな雑念を追い払う。
 こんなことでどうする。仮にも自分は騎士団の団長代理である立場なのに。
 だけど、気になるものは気になってしまう為、仕方がない。
「ラピード〜♪」
 そんな涼やかな、嬉しそうな声が聞こえ、フレンは思わず溜め息を吐く。胸中に拡がるのはもやもやとした名前の付けられない不快感。自分は一体どうしてしまったのだと言うのだろう。それを突き止めないと自分が先に進めないような気がするが、突き止めるともっと嫌な思いをするような気もして、とりあえずは何も考えないように頭からそれを追い出した。視界からもそれを追い出した。
 残ったのは総じて、“情けない”という気持ちのみだった。

【vicious circle】

 彼女が皇族でありながら城を出て旅をする、などという数奇な現状を作るきっかけになった原因の一つが自分にあることに、フレンは初めは負い目を感じていたが、時が経つにつれてそれに嬉しさが混じっていることに気付く自分がいる。
 時が経つことは、自分の中の彼女の存在が徐々に大きくなっていることに比例している。
 城の中のエステリーゼ。軟禁の姫君。
 城で自分の姿を見つけた時の嬉しそうな顔。自分の名を呼ぶ時の鈴を転がしたような声音。
 慕ってくれていたのが分かる。フレン自身も騎士見習い時代に辛いことがあった時、彼女の存在にどれほど救われていたか分からない。
 そして、この彼女への思いが何なのかも分からない。
 ただはっきりとしているのは、彼女がラピードを呼ぶ声のトーンに、不快感を感じてしまうこと。
 ――なんなんだ、一体……。
「行ったぞ、フレン!」
 その声で我に返った時にはすでに遅く。眼前に迫る魔物の爪に、見事なほどの一撃を喰らわされてしまった。

「大丈夫ですか?」
「申し訳ありません、エステリーゼ様。こんなことにお力を使って頂いてしまって……」
 ほとほと情けない。治癒術の施しを受けながらフレンは顔を上げることが出来ない。
「いいんです。フレンが怪我をしたままの方がもっと心配ですから」
 涼やかな声と治癒術の白い光がフレンの一番痛い部分に染み渡る。
 嬉しさ。
 情けなさ。
 恥ずかしさ。
 他ならぬエステリーゼからのその言葉。フレンにしてみれば一番効力のある一種の拷問のようなもの。いっそのこと、黒髪の昔馴染みに一思いに詰られていた方がマシだと感じた。
「さあ、治りましたよ」
 おずおずと顔を上げる。
 フレンを見てにこりと微笑む。
 一際大きく鼓動を打った心臓。
「あ――、」
 瞬間、自分達のすぐそばを横切る長い尻尾。
「ラピード!」
 花が咲いた。
 フレンに向けた笑顔とは比べ物にならないくらい、華やぐ。
「どこへ行くんです?待ってください!」
 ぽつんとその場に残され、唐突に理解した。
 ああ、自分は。
 ラピードに嫉妬しているのだと。

「なぁ、ラピード」
 空は青く、気候は穏やかで、自分の隣に寝そべる犬は、まるで眠っているかのように静かだった。
「たまにはエステリーゼ様に懐いてさしあげたらどうなんだい?」
 犬は何の反応も示さない。
「皇帝家のお方にお仕えするのも、軍用犬の立派な仕事なんだぞ」
「バウっ」
 隻眼でちろりとフレンを見上げ、一言。否定。
「そうか、君はもう軍用犬ではなく、ギルドの一員なんだったね」
「ワンッ」
「それでも、あのままじゃエステリーゼ様があまりに不憫じゃないか。あの方は、とても真っ直ぐなお方だ」
「クゥン」
「分かってる、って……じゃあ君は知っててあんな態度を……まさか、ラピード、エステリーゼ様をからかって楽しんでいるのかい……?」
 鼻を鳴らしてふいと顔を背けた。確信犯。フレンは溜め息。
「呆れたやつだな。あいつと一緒にいると性格まで似てくるのか?」
 ラピードは立ち上がると、おもむろにフレンの頬を舐めた。
「こら、僕じゃなくて――」
 爽やかな風が吹いた。
「ふふ、ラピードは本当にフレンとユーリのことが大好きなんですね」
「エステリーゼ様……」
 白い法衣が軽やかに近付くと、ラピードがすいとその場を後にする。見ようによっては場を譲ったように見えなくもないが、白い少女がそう思っていないことは一目瞭然。左右に揺れながら去っていく長い尻尾を、エメラルドブルーの瞳が悲しげに見送っている。
「わたしって、やっぱりラピードに嫌われているんですね……」
 これほどまでに彼女の嬉しさも悲しさも、一思いな罪作りな犬を疎ましく思いながらも、彼女の今の表情が痛々しくて見ていられない。
「そんなこと……ありませんよ」
「でも、いつも避けられてます」
「だからといってエステリーゼ様が嫌いだという訳ではないと思います」
 自分は一体何をしているのだろう。
 犬であるラピードに勝手に嫉妬をして、自身の想いの先にいる少女を慰める為に、その嫉妬した相手を庇いたてて。
 もう、何だか訳が分からない。
 だけどこの先、彼女のラピードに固定された視線がこちらを向くことは、悔しいが無いような気もする。ならば――。
 自分は、彼女の悲しそうな表情を回復するぐらいはしてやりたい。
「リタにもカロルにも懐いているのに……」
「基本的に彼は子供好きなんですよ」
「……ジュディスにも懐いてます」
「素直じゃないですからね、ラピードは」
 そう言って苦笑いを浮かべてみせると、エステルの瞳がじっとフレンを見つめていることに気付く。目と目があって、少女が顔を綻ばせた。
「フレン、慰めてくれてありがとう。わたしって、フレンに助けてもらってばかりですね」
 看破されていた。若干の恥ずかしさ。
「でも――」
 フレンの大好きな笑顔が、フレンだけに向けられていた。
「フレンがいてくれて、本当に良かった」
「………っ!!」
 思い切り抱きしめたい衝動に駆られる。
 諦めきれない。
 諦められるはずがない。
 この笑顔を、叶うことなら独り占めしたい。
 前言撤回。完全な自己意識の回復。
 そして、自身の中での密かな宣戦布告。
「それにしても、フレンはラピードのこと、よく分かっているんですね。……そうですよね。だってフレンはラピードと友達ですもんね」
「それは違います、エステリーゼ様」
「……?」
「ラピードとは友達ではなく、」
 きょとんとなった少女をみつめながら、きっぱりと言い放つ。
「好敵手、です」
 少女は分かっているのかいないのか、“そうなんですね”と言ってにっこりと笑った。




ここまで読んで下さってありがとうございます。

ラピードがかなり罪作りな感じがしてやまないんですが、結果的にフレンが一人で振り回されてる感じに。エステルの一挙一動にフレンが落ち込んだり喜んだりすれば良いと思って出来たもの、です。

駄文ですが、捧げさせて頂きます。リクエストありがとうございました!



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