*15*
love idiot(シンルナ)
【love idiot】
どれだけ単純だの短気だのと言われようと、腹が立つものは腹が立つ。だから、シンの脳が認識したのは、ルナマリアが自分に向けて放った、“馬鹿”という言葉だけ。それ以外のものは全てシャットアウト。頭が熱くなる。血が昇る。どうしようもない。
「はあ?なんでおまえに馬鹿呼ばわりされないといけないんだよ?訳わかんないっての!」
怒りと共に言い放つ。キッと睨めば、同じように睨み返してくる蒼い瞳。
そこに一瞬だけ過った悲しみ。残念に思うようなルナマリアの表情。しかしそれは瞬時に消え、代わりに浮かぶのは拗ねたような、憮然とした表情。
「そう。だったらわかんないままで良いんじゃない?だって“馬鹿”なんだもの」
イグニッション。
沸点の楽々とした通過。
飛びたす無慈悲な言葉。
「弱いくせに口だけは達者なんだよな、ルナって。もう知るか!おまえなんて!勝手にやられてろ!!」
そのまま背を向けて走り出した為、シンの言葉を受けてルナマリアが果たしてどんな表情を浮かべていたのか。そしてルナマリアがどなうしてシンに何も言い返してこなかったのか。それらはシンの知るところではなかった。
目に見えているものだけしか認識出来ず盲目的になってしまうのは一口に言えばシンの短所だが、一つのことにそれほどまでに一途になれるのは逆に彼の長所にも成りうる。
故に戦闘時での集中力は常軌を逸する。味方や友軍が攻撃を受けるということに敏感だし、敵への怒りが更なる起爆剤となる。
敵を墜とす。
味方を守る。
シン・アスカを構成する二本の柱。
自機に被弾。味方機に被弾。
拡がる識域野。
感情の爆発。
「このォォオ!!」
撃つ。
撃つ。
撃つ。
「お前らなんか――、お前らなんてッ!!」
斬る。
斬る。
斬る。
他のことなど何も考えない。考えられない。自分が鋭利な刃物になったような感覚で敵機のただ中へ躍り込んでゆく。
シャワー室の扉を乱暴に閉めた。
ひどく心がイライラとして落ち着かないのは、帰還後で気分が高揚しているのもあるが、一番は自身の中で燻り続けている火種。
フラッシュバック。
この戦争の元凶となる男の撃墜に失敗したことへの後悔、嫌悪。それでも自艦に与えられた任務自体は遂行出来たと、同僚の少年は言った。だとしても、心の燻りは消えることはない。
自身の登乗機が今回被ったダメージとデータをこれでもかというくらいの文句と共に認識させられ、イライラのボルテージはさらにヒートアップ。
もう自室に戻って寝よう、そう心に決めて誰もいない通路を滑ってゆく。ふと、前方に人影が見えた。
近付くにつれ分かる赤い服。シンの口が不機嫌にへの字に歪む。
――ルナマリア。
先程の戦闘。出撃前に口喧嘩をした同僚の少女。
その蒼い瞳がシンを視認する。一瞬驚いた顔をしてすぐに目をそらす。
気まずい空気。
徐々に狭まる互いの距離。
彼我の距離。三メートル、二メートル、一メートル――。
互いに目も合わせず、すれ違った。無言。
少しだけがっかりしてしまう。もしかすると何か言ってくるかも――。そんな期待を抱いていた自分に若干の恥ずかしさを感じて頭を振る。
寝よう。
そこにまた戻り、そのまま数メートル滑った後で、不意に声がした。
「やっぱり、馬鹿」
「?!」
素早く振り返ると、ルナマリアが先程すれ違った位置で立ち止まって、こちらを見ていた。
「おまえ、いい加減にしろよ。何なんだよさっきから一体」
うんざりした気分でそう言うと、ルナマリアの瞳がやけに悲しげなことに気付いた。出撃前と同じ瞳。揺れる蒼色。
泣いているようなその表情に、シンの頭が一気に冷えた。
「ルナ?」
ルナマリアの傍まで滑って顔を見ようとしたが、赤い髪の頭をうつむかせた為表情が窺えない。涙を拭くような素振りは見せなかったが、小さく鼻をぐすっと鳴らした。
その腕が、シンと同じ赤い軍服を着た腕が、不意に持ち上がり、シンの軍服の腕の部分をぎゅっと掴んだ。シンが顔を僅かに歪ませた。
「馬鹿。本当馬鹿なんだから。こんな傷作って……」
先の戦闘で負傷した箇所だった。
「あたしのこと守る前に自分のこと守りなさいよ……」
言葉に痛切さを感じた。
「あたしを守ってくれたって、あんたが死んじゃったら意味ないじゃない。馬鹿」
「馬鹿馬鹿言うなよ」
シンの声に戸惑いが混じる。どれほど馬鹿と言われようと、もう怒りなど微塵も感じなかった。代わりに感じるのは、不安と焦り。自分の腕にしがみつく、まるで小さな子供のようなルナマリアの弱々しさにシンはおろおろとなり、どうしていいのか分からない。ただ、元気になって欲しいと思う。いつもの彼女らしく、お節介で、うるさくて、強気なルナマリアでいて欲しいと思う。そういった彼女を、シンは守りたいと思う。
「馬鹿よ。あたしがどんな思いでいるかなんて、全然分かってないくせに」
その通りだと思う。
そして今になってようやく分かる。
ルナマリアのシンに対して抱く、労りや心配、何よりどれほど彼女がシンのことを大切に思ってくれているかを。
「大丈夫」
だから、シンは安心させる。
腕を掴むルナマリアの手に、自分の手を重ねる。少し冷たい手。温めるようにぎゅっと握る。
ルナマリアが驚いたようにシンを見上げる。
「おれは絶対死んだりなんかしないから。ルナを守っておれも生きるから。それでいいだろ?」
少しポカンとなったルナマリアの表情。シンが真剣に見つめると、僅かに破顔し“何よそれ”と言った。シンとしては真面目に言ったつもりだったが、とりあえずルナマリアが笑ってくれたので、一先ずは安堵した。
守りたいと思う。
失いたくないと思う。
この感触。その存在。
ずっと変わらない彼女自身を、シンの好きな彼女を守ってやりたいと思う。
「シンが生きて戻ってくるなら、あたしはそれでいい」
手の中でルナマリアの手が握られる。温もりを探っているような動き。逆の手でシンが彼女の肩に触れると、少女はシンの肩に頭を預けてきた。それがなんだか心地好くて、シンはルナマリアのするがままにさせていた。
外敵からでなく、彼女の内心も守れたら――。
願いではなく決意に変わろうとしている。彼の大切な彼女を。
失わないために。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ジブリールを討つ直前らへんを妄想しました。途中で悩んで苦しんでのシンでしたが、射撃訓練のくだりのルナマリアとの絡みみたいに、ふいに少年らしいところを見せる彼が本当に大好きです^^
駄文ですが、捧げさせてください。リクエストありがとうございました!
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