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*15*
hazy graze(ガイナタ)
 気が付くと見てしまっている。
 その金髪。
 その横顔。
 その眼差し。
 見入ってしまっている。視線を外すことが出来ない。出来ればこちらを向いて欲しい。
 その思いが届いたのか、視線の先の人物が不意に振り返った。その瞳がこちらを向く。目と目が合う。ナタリアの胸がドキリと高鳴る。
 思わず目をそらしてしまった。

【hazy graze】

「呼んだか?ナタリア」
「ガイ。“呼んだ”とは、何のことですの?」
 見てしまっていたことを看破されている。ナタリアがとぼけてみせると、ガイは少し困ったように金髪を掻いた。
「何だか君が何か言いたそうにしてたような気がしたんだが……。いや、俺の勘違いなら別にいいんだ」
 勘違いなはずがない。確かにナタリアは“呼んだ”のだから。他ならぬ、ガイ・セシルを。
 敵わない。
 彼にだけは。
 だからこそ――。
「呼んでいませんし、言いたいこともありませんわ」
 ナタリアはあくまでそう言い募る。

 いつからだろう。無意識に彼のことを目で追うようになったのは。
 ガイ・セシル。
 ナタリアとルークの幼なじみにして、自分たちの従者。だからといって、ナタリアもルークも彼をそのように扱ったことなどないし、幼い頃より側にいて自分たちを守り多くのことを教えてくれた彼を、むしろ大切な友人として見ていた。それは今のルークを見ていてもそうだと確信出来るし、ナタリア自身もそうだと言い切れる。
 それが、一体いつからだろう。
 必要以上に彼を意識しだしたのは。
 パーティーの後方に奇襲的に現れた魔物を切り伏せるすぐ近くにある彼の横顔に見とれるようになったのは。
 一体いつからだろう。
 傷を負った彼に治癒術を施す時に彼の大きく逞しい背中に思わずすがり付きたくなるようになったのは。
 一体、いつからだというのだろう。

 久々に戻ってきた王都バチカル。
 方々にそれぞれの入り用でパーティーの面々が散っている中、ナタリアは城の自身の私室にいる。
 実に久方ぶりの私室。
 ナタリアが、“ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア”として育った部屋。自分は王女として何が出来るのかを、キムラスカ王国の為だけを思案していた頃の部屋。世界の成り立ちも本当の危機も知らず、自分自身の出生のことすら知らず、何も疑わずに日々を過ごしていた、部屋。
 ベッドに腰掛け、部屋を見渡した。
 何だか妙な居心地の悪さを感じた。そこで生活していたことを、まるで夢であったかのように感じてしまうような。
 しかしここは紛れもなく自分の部屋で、自分はいずれ此処へと戻ってくるのだ。全ての事が片付いたらまた、“ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア”として。キムラスカ王国を支える為に。たとえ自分がナタリアではなくても、自分の大切な父親は、そんな自分を“娘”だと、言ってくれたのだから。
 ナタリアは、自分が王妃になった時に隣にある人物を思い浮かべた。
 ルーク。ナタリアの婚約者。七年前に何も分からなかった彼を、友人として、婚約者として支えた日々。
 しかし、ルークはルークではなかった。
 アッシュ。本当のルークにして、幼い頃にナタリアとキムラスカの将来について語り合った、王国の真なる継承者。
 しかし彼は言う。“俺はもうルークじゃない。”
 そして、もう一人――。
「……っ!」
 ナタリアは強くかぶりを振った。
 その時、私室のドアが数回ノックされ、ナタリアは顔を上げた。返事をしようとして、後に聞こえた声に思わず言葉を飲み込んでしまう。
「ナタリア」
 ガイだった。
「ここにいると聞いたんだが、いるかい?」
 今一番会いたくない人物の来訪に、どうすればいいのか戸惑った。
 とりあえず腰を上げてドアの前まで行く。開けることは出来ずに立ち尽くす。
「いないのか?」
 そのまま去ってしまいそうな気配を慌てて呼び止めた。何故そうしてしまったのかは分からない。今、どんな顔をして彼に会えばいいのかも分からないのに。
「なんだ、いるならいると言ってくれよ。開けていいかい?」
 だから、その申し出は咄嗟に拒否した。扉の向こうで息を呑む気配が伝わってきた。
「やっぱり、どこか調子が悪いのか?この間から君の様子が何だかおかしかったから気になっていたんだが……」
 ああ、どうしてこの人は、こんなにも放っておいてくれない?
 想ってしまう。
 思いが、募ってしまう。
 それを確認したくなる。
「ガイ……、もうわたくしの事は放っておいてください。わたくしはどこも悪くなんてありませんし、貴方にこれ以上優しくされる理由なんてありませんの」
 頑なな姿勢。逆転した態度。本当は求めている。彼を。
「でないと、とても辛いのです」
「ナタリア……?」
「このままだと、勘違いしてしまいそうで……」
 激しい自己嫌悪と羞恥心が込み上げた。
 自分が“ナタリア”ではないことが露見した後、“ナタリア”として受け入れてくれた父を、まるで裏切るようなこの発言。自分が尽くすのは、父王の為、キムラスカの為、そして民の為だと言うのに。そんな自分が、たとえどれほど大切にしていても、どれほど想っていても、血筋の者以外と結ばれるなんて、許されない。
 だから――。
「もうわたくしに構わないで――」
「勘違いしてくれていい」
「――?」
「君の視線に気付くのは、俺が君を見ているからだ」
「!」
「君の事が気になってしまうのは、俺の中で君の存在が大きなものだからだ」
 今聞いている内容が信じられない。
「勘違いして欲しい。勘違いしてくれないか?」
 まるで夢でも見ているかのような心境。いっそのこと夢ならどれほどいいだろう。ぎゅっと自分で自分を抱きしめる。心が潰れそうになる。この扉を開けて、彼の腕の中に飛び込んでしまいたい。だけど、そんなこと出来るはずがない。
「……ガイ、わたくしに……、触れてもらえませんこと……?」
 そう言って扉を開けた。そこに彼がいた。顔は見られず、俯かせた頭をナタリアは上げることが出来なかった。
 視線の先のガイの腕は震えている。彼のトラウマ。嫌なことを言ったという自負はある。だから、彼が拒否してくれることを心のどこかで願った。
 しかし彼の腕はおずおずと上がる。顔を上げて彼を見た。震える彼の手が、ナタリアの頬に触れた。無骨な、だけど温かい手だった。
 何故だか無性に泣きたくなった。
 お父様。
 ルーク。
 アッシュ――。
 ――わたくしは、なんてはしたない……!
 咄嗟にガイの胸を押して距離を取ると、ドアを閉めた。
 彼の顔が見えなくなる寸前に“ナタリア”と呼ぶ声が聞こえた。
 思いが募る。彼を求めてやまない。
 だけど、許されることはない。涙が溢れた。声を殺して泣いた。
 自分がメリル・オークランドとして生を受けたのなら、そのままメリルとして育っていれば――。ふとそんな思いが過り、自分の厭らしさに辟易し、くずおれる。
 思うことすら許されない。そんな現状が辛くてナタリアは自分と世界とを遮断するかのように耳を塞いだ。
 故に彼女には届かなかった。
 外の世界に遮断された男の、
「君が望むなら俺は……君を連れてキムラスカを出ていくことだって……」
 と、小さく呟いた声。それは届くことなく、霞に消えた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

かなり波乱万丈な出生の二人ですが、ガイがナタリアに優しくするシーンがいちいち大好きでした^^ガイはナタリアにいつだって振り回されてたらいい。

切ない感じになったでしょうか。駄文ですが、捧げさせていただきます。リクエスト、ありがとうございました!



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