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*15*
in the shield(シンルナ)
【in the shield】


 人間、必要に迫られれば、大抵のことは出来るようになるという。ということは出来なかったりしなかったりというのはつまり必要に迫られていないということで。と、言っても――。
 ――感性の問題だと思うのよねぇ。
 デスクの上に肘をつき、頬杖を付きながらルナマリアは溜め息を吐いた。半眼になったサファイアブルーが見つめる先に少年の姿がある。寝てはいないが、同じく半眼でつまらなさそうに講義を聞いている。ぼんやりしているように見えながらルナマリアの視線に気付いた彼は、ルナマリアの方を見て、“なんだよ”と言う風に睨んできた。“なんでもないわよ”と、声に出さずに唇の動きだけで伝えながら、ぷいとそっぽを向いた。すると、少年は依然不機嫌そうな表情で前を向く。その髪の毛が、反動でふわりと揺れる。癖毛の黒髪。しかし決して癖毛の所為だけとは言えない、明らかな寝癖。
 ――無頓着過ぎると思うんだけどなぁ。
 ところどころ跳ねている、寝癖。だらしなく開いた、制服の襟元。
 気になって仕方がない。
 親元から離れたらきっとこんなものなのだ。家にいた頃はきっと母親に身の回りの全てをしてもらっていたに違いない。そう思って一度訊いてみたことがあったのだが、もともと人付き合いが苦手なのか不機嫌そうにされた挙げ句、訊いた瞬間にものすごく睨まれて、
『どうだっていいだろ、そんなこと!』
 と、突っ返されたのを覚えている。その時は、そんなに怒るなんて思っていなかったから、びっくりしてしまった。
 だけど、確かその時からだ。そんな孤独な少年、シン・アスカの事が気になり始めたのは。
 ――ただのだらしがない男の子、ってわけでもないのよね。
 素行態度は悪く、同じ訓練生や教官からも目を付けられてはいるが、決して不真面目というわけではなく、モビルスーツのパイロットになるための知識と技術は全て吸収せんとする執念めいたものさえ感じる。現に今だって退屈そうにしてはいるが、居眠りはしていない。
 どうしてそんなにまでパイロットになりたいのか。
 ――気になるなぁ。
「ホーク! ルナマリア・ホーク! 何をぼけっとしている! 今のところ、説明してみろ!」
 “今のところ”が果たしてどこのことなのか全く把握出来ていないルナマリアに、答えられるわけがなかった。

 つまり、親元を離れて半独り暮らし状態のような環境で生活しているあの少年が、身の回りのことがだらしないのも、そのことに彼が頓着していないからこそ。
 絶対部屋など片付けているはずがなく、ぐちゃぐちゃに違いない。気になって仕方がない。どうしてこれほどまでにあの少年のことが気になるのか、わからない。わからないけど、でも――。
 ――放っとけないのよね……。
 襟元をぐいと掴まれる。その手を掴み、脚払いをかける。相手の体重を利用した見事な一本背負い。叩き伏せた相手を見下ろしながら自分の乱れた襟元を直す。教官が訓練の終わりを告げた。ちらりとシンを見ると、遠くの方で自分よりも遥かに大きな相手を組伏せて、荒い息を吐きながら汗を拭っているのが見えた。
 チャンスは唐突にやってきた。
 シン・アスカが今日は居ない。初めの軍格闘術から、モビルスーツのシミュレーション実技に至るまで。遅れても来ない。
「どういうこと? あんた知らない?」
 手近にいた同じ科の訓練生を捕まえて詰問するも、
「はあ? あいつのことなんかオレが知るかよ。ってか、いいじゃん。居ない方が。静かでさ」
「な……! 確かにあの子ったら毎回毎回飽きないのかって思うほど教官と喧嘩してるけど、でも、そんな言い方ってないんじゃない?!」
 少し腹が立ったのは、どうしてなのかはわからない。
「昨日、軍格闘術の訓練の時にいつも以上に動きが鈍かった」
「は……?」
 唐突に聴こえた声に振り返る。
「鈍かった、って……、シン・アスカが?」
「座学時に普通なら見られない発汗が見られた。呼吸も荒く、紅潮していた」
「つまりなに? あの子、昨日調子悪かったってこと? で、もしかしたら倒れてるかもしれないって、こと……?」
 長い金髪の少年は、表情一つ変えることなく淡々と言った。
「可能性はあるということだ」
「……! こうしちゃいられないじゃない!」
 行かなくてはいけない。午後の訓練なんて関係ない。
 自分はきっと、あの子のところへ行かなくてはいけない。

「あれ……?」
 扉を開けたルナマリアの口から飛び出したのは、そんな一言。
「“あれ?”って……、それはこっちのセリフだろ……」
 ベッドで半身を起こしてシンが呆れ顔で呟いた。
「こんな筈じゃなかったのになぁ……」
「はあ? 何してんだよ、一体、こんなとこで!」
 あまりにも予想外だった。
 シンの無断欠席の理由は、金髪のクラスメイトの言った通り、病欠によるものだった。明らかに熱のある顔で、噛みつくような目付きで睨んでいる。
 問題は、その彼がいる部屋だった。普段からだらしない少年の部屋は、ぐちゃぐちゃだあるはずだったのだ。
 確かに片付いてはいない。しかし、散らかってもいない。
 物が、極端に無いのだ。極めて閑散とした、淋しい部屋だった。
 これではルナマリアの当初の計画、丸潰れである。
「あんた、どうして連絡しないのよ、教官に。心配するじゃない」
「連絡とか、よくわかんないし……。っていうかお前、なんでここにいるんだよ。ここ、男子寮だぞ?」
「そんなのどうだっていいじゃない。来たいって思ったら男子寮ぐらい来れるわよ」
「訳わかんないよ! 何しに来たんだよ!」
 片付け――る、物は無い。
 看病――するような物は何も持ってきていない。
「えーっと……、……………世話焼き、に……?」
「…………はあ?!」
「そう! うん、世話焼きに来たの! あんたの! と言う訳でお邪魔するわね!」
「な、ちょ――、勝手に入ってくるなよ! うわぁ! やめろって!!」
「なに膝枕ぐらいでガタガタ騒いでるのよ、大人しくしなさい! 鼓膜破るわよ!」
「だって、太ももが――あ、く……っ!」
「はい、耳かきおしまい。どう? こんなことしてもらうの、久しぶりでしょ?」
「何言っ……へわっ?!!」
 ルナマリアの暴走はとどまるところを知らなかった。シンの口の両端に無理矢理指を突っ込んで口を開かせる。
「虫歯は……ないみたいね。お菓子なんて食べることも無いもんね」
 口内に歯ブラシを突っ込まれたシンは、口を泡だらけにしながら何事かを必死に抗議するも、もごもごと何を喋っているのか全く聞き取れない。それでも無理矢理起きたり目茶苦茶に暴れたりしないのは、やはり熱で体力が落ちている所為だろうか。
「終わったわよ。どう? 懐かしかった?」
 ようやく解放された少年は、顔を真っ赤にしながら食って掛かったきた。
「なんなんだよ! ほんとにお前は! 何がしたいんだよ!?」
「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃない! せっかく世話してあげたのに!」
「頼んでないだろ! いっつもいっつも……マジお節介なんだよ! 放っとけよ! ……頼むから、放っておいてくれよ……!」
 最後の方は見ていられなかった。悲しくて。ついにうなだれてしまったシンに、それでもルナマリアは歩み寄る。
「だって、放っておけないんだもの! あんたはいっつも独りで、いっつも怒ってて、いっつも悲しそうで、いっつも淋しそうで……なんだか放っておけないんだもの! 気になるんだもの!」
 言っててちょっと泣きそうになってしまった。シンの赤い瞳がルナマリアを窺い見た。まるで信じられないものを見るような目。
 それにしても今回は少しやり過ぎたのだろうか。このシン・アスカという少年は孤独で淋しくて自分に無頓着でだらしないけれど、どこか傷付いた目をしている。もしかすると物凄く酷い目に遭ったのかも知れない。それを思うと、自分は、怯えるウサギに遠慮容赦なくずかずかと近付いていきなり抱き上げる、といったようなことをしたのかも知れない。
 だとしても、自分は――。
「あたしは、あんたに近付きたい。お節介でもいい。何も話してくれなくてもいい。あたしはあんたが気になるの」
「ルナマリア……」
 同じ科の訓練生だからと言う訳ではない。仲良くパイロットを目指したい訳でもない。でも、気付けば気にしている。この孤独な少年を、誰も構わないのなら、自分一人くらい近付きたい人間が居てもいいのではないか。
 ベッドの上で見つめ合う。少年の瞳はルビーのように赤くて、信じられないくらい綺麗だった。
 やがて、根負けしたようにシンが目を逸らすと、ぽつりと小さな、本当に小さな声で、
「………勝手にしろよ」
 と、言った。
 途端にルナマリアは胸がいっぱいになり、心の底から嬉しそうに、
「うん……っ!!」
 頷いた。
 少しだけ、本当の意味で、近付けた気がした。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

十五歳(?)のシンなんて、きっと鼻血が出そうなくらい可愛いんだろうなと思います。というか、アカデミーのみんな絶対可愛い。

赤服三人組が改めて好きだと思いました。傷だらけの頃のシンに、いかにしてルナマリアがガンガン行ったか。でもそんなシンの心の傷を少しでも和らげてあげられたのがルナマリアだったらいいなと、思います。

ルナマリアが暴走してる駄文ですが、捧げさせてください……!リクエスト、ありがとうございました!



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あきゅろす。
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