*15*
lexicon(シンルナ)
【lexicon】
少し慣れてきたから、抵抗などしなかった。といっても、初めはびっくりして何も出来ず、二回目は体を硬くしているだけ。三回目ともなると、少し余裕が出てきて、受け入れる。それは“安心”であって、“逃避”であるような不思議な感覚。頭が熱くて、ぼんやりとして、熱を出した時のように意識に膜が張っていて、ただただ、受け入れることしか出来ない。
彼の手を。
腕を。
瞳を。
唇を――。
「シ――、」
どうやら声も届かない。塞がれて、解放されたと思ったらまた塞がれる。求められて、だけど、感情の奔流が濁流のように流れてきて、それを全て受け止めることしか出来ない。それはとても激しくて、彼の怒りとか、哀しみとか、寂しさであって、あまりにも近くにあるその赤い目にはひょっとすると自分なんて映っていないのではないかと思ってしまう。
くしゃりと、髪を握られる。耳の後ろに、差し込まれる。親指が頬を撫でる。目を瞑る。
肩を掴まれる。圧力を感じる。重力に従う。背中に柔らかな衝撃。
目を開けた。自分の体の上にある体。依然として求めているのに、受け入れてくれと、懇願するような哀しげな赤い瞳。
――何を考えているの?
――誰を見ているの?
――ちゃんとあたしを、考えているの……?
「ルナ……ッ!」
吐息の隙間から聞こえた自分を呼ぶ声に、ルナマリアは自分の胸から何かが溢れ出すのを感じた。
「シン……、シンっ!」
少年の首に腕を回し、抱きしめた。彼をもっと近くに感じたくて。
少年もルナマリアを抱きしめる。呼応するようなその動きが、ひどく嬉しかった。
その腕が、体の上に来たかと思うと、首もとのホックに掛かった。ぷち、ぷち、と締めていた全てを外された。
「!?」
ルナマリアの目が驚きに見開かれる。赤い軍服の胸元を広げられ、アンダーシャツの丸首から手を入れられた時、それまでとは違った感情を含んだ声が出た。
「シン……?」
「――!!」
ルナマリアの声にシンの手がぴたりと止まった。
「あ、あ……、おれ……」
状況。
ベッドの上。
仰向けで横たわるルナマリア。
その上に馬乗りになったシン。
乱れたルナマリアの軍服。
「うわぁっ!? ごめんっ!!」
バネのような素早さでルナマリアの体から退くと、距離を取った。背中が壁にぶつかり、固い音を立てた。
「お、おれ、ルナに、変なこと……っ」
顔を真っ赤にしておろおろと狼狽えるその様子を、しばらくルナマリアはぽかんと眺めていたが、やがて困ったように微笑んだ。
「あんたってば、ほんとそればっかり」
思えば士官学校の頃からそうだった。考えるより体が先に動く。その典型。
自分が正しいと思ったことを押し通して、命令違反だと教官に殴られた時も。
女だからとルナマリアを馬鹿にした同じ科の年上の男の子を殴った時も。
それは士官学校を出た後も変わらない。
マハムール基地の任務で連邦軍の施設の一つを独断で破壊した時も。
そして、あのエクステンデッドの少女を逃がした時も。
だけど、それを周りからどんなに非難されようと、決して自分に非があるとは言わず、その姿勢は断固として崩すことはない。後悔していることもない。故に人付き合いが上手くなく、孤独。それがいつだってルナマリアには心配だったのだが、その媚びない固い意思を少し羨ましく思っていたことも確かな事実。
そんなシンが、ルナマリアとのキスの後は必ず謝ってくる。激しく、優しく、哀しく感情をぶつけてくるくせに、最後には必ず、ごめんと言うのだ。
「どうして“ごめん”なのよ?」
「え……、だって、その、おれ……もう少しでルナのこと――」
「“襲ってたかも知れない”?」
「!!」
真っ赤に染まるシンの顔。
「……良いんだけどな」
「え……?」
「シンになら……襲われても良いんだけどな」
「だ――! 駄目だよっ!!」
「どうして?」
「おれは……っ、もう誰も死んで欲しくない。誰も亡くしたくないんだ。ルナのことだって、大切で……絶対守る。でも……」
ルナマリアの大きく開いた胸元から恥ずかしそうに目を背けた。
「でも、だからってこんなのは、……なんか違う……」
だから、きっと“ごめん”だったのだろう。断固とした、確立したもの。シンが言うのだから、間違いないのだ。
「……わかってるよ。わかってるわよ」
軍服の胸元を直すとホックをきちんと締めた。
「あんたは、そうだもんね」
だけど、なんとなく惜しいような気持ちになったことは、顔にも出さないでおいた。
それでも、胸を占める想いはどうやら抑えられそうにない。
「えいっ」
「へ? うわっ?!」
ベッドに二人して倒れこむ。あまりにも近い位置にある赤い瞳が、びっくりしたようにルナマリアの瞳を覗いていた。
「何するんだよ」
「こうしてるだけなら、いいでしょ?」
「は?」
「こうして、くっついてるだけなら、いいでしょ?」
それは胸を締め付ける、子どものような気持ち。
ただ、一緒に居たいというだけの、甘えていたいというだけの気持ち。
「あたしがあんたとキスするのは、不安な気持ちを埋めようとしてるだけじやない。あんたが……好きだからよ」
愛して、なんて言わない。でも、一緒に居させて欲しい。ただ、それだけ。
「あんたは……?」
「……おれは……」
至近距離の顔が逡巡する。
「おれは……よく、分からない。……でも、ルナがそうやって言うの……嫌じゃない」
「……ふふっ、そっか」
「うん……」
「じゃあ、甘えてもいい?」
「うん」
ベッド上に二人。転がる。少年の出した腕に頭を乗せる。至近距離に少年の顔。頬が触れあう。触れていない方の頬をそっと手で触れる。見つめあう。赤い瞳と、青い瞳。額と額が触れる。少しだけ微笑んだ。
「嫌じゃない。だから――」
「だから……?」
唇が触れる。柔らかく、あたたかい。
「きっと“すき”なんだ」
それが、確立した、意志らしかった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
膝枕or腕枕、ということで、腕枕にさせて頂きました。分かりにくいですが、最後腕枕してます、すみません……!
好きとか愛してるとか、さらっと良いそうだったり、そんな概念がよく分からなさそうだったり、私の中でシンって意外と謎な男の子なんだと思いました(え)。
それでもルナマリアと一緒にいるシンが、大好きなんです。
影月さま、非常に分かりにくい駄文ですが、捧げさせてください。リクエスト、ありがとうございました!
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