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*15*
Матрёшка(ユリエス)
【Матрёшка】


 もともとそれほど自分の思っていることを口に出すタイプではないし、出したところで現状は変わらないことも、よく分かっている。だから、ユーリはむっつりと押し黙っている。眉間に皺を寄せて。不機嫌そうに口を尖らせて。それを面白そうな顔で見咎めたレイヴンが、
「どったの? 青年。えらく難しい顔して?」
 と、声をかけてきても、そのやり取りを見ていなかったカロルが空気を読まずにやはり、
「ユーリ、どうしたの? 何怒ってんのさ?」
 と、言ってきても、
「別に。なんでもねえよ」
 なんて、なんでもない訳がないこと丸出しで突っ返すことしかしない。
 必要なのは、愚痴を聞いてもらうことではなくて、不満を発散することでもなくて、現状、元凶をなんとかすることだった。
 しかしだ。
 しかし――。
 それを口にすることすら、馬鹿馬鹿しい。
「ちっと散歩に行ってくる」
 返事を待たずして遠ざかっていく黒い後ろ姿に、
「あら。彼、拗ねてるのね」
「拗ねるって、ユーリが? ユーリ、拗ねてるの? 一体何に?」
「ふふ。そこのお姫様に聞いてみたらどうかしら?」
 などというやり取りがなされていたのにも、もちろん気付くことは、ない。

「まったく……ガキじゃあるまいし……」
 “散歩先”、仲間達との夜営地から少し離れた場所で独り言。呟いたのは、自分自身への揶揄。
 限界だった、見ていられなかった。もともと顔を付き合わせば口喧嘩ばかりの昔馴染みが、少しの間行動を共にすることになり、ただでさえ気が休まらないのに、それに加えてここのところよく聞くようになった、“フレン”“フレン”“フレン”。気のせいかもしれないが、最近エステルの口からは“フレン”という単語しか出ていない気すらしてくる。
「そりゃねーだろ、さすがに……」
 それに釈然としないのは、どうして自分がそのやり取りを見ていてこんなに苛つくのか。その理由が全く分からない。分からないが、苛々は募るばかりでおさまらない。
 深く深呼吸。もとい溜め息。
「ジュディでも誘ってくりゃ良かったかな」
 せめて体を動かせば気も紛れたのかも知れない。だけど、今は一人。剣を振るう相手も居ない。そしてたとえ振るったとしても、根本的解決にはなり得ない。そうと決まれば、こんなところにいることに意味はない。
「……戻るか」
 踵を返したその時。わずかな葉音と気配を感じ、素早くそちらへ意識を向けた。剣を抜こうとして――止めた。
「エステル……」
「ユーリ、こんなところに居たんですね」
 なんとなく身構えてしまう。苛々を、ぶつけてしまいそうになる。……元凶である彼女に。
「なんだかユーリが怒ってる、って聞いたんですけど……、一体どうしたんです?」
 質問そのものが、無垢なる刃となってユーリの怒りに触れる。これで怒るなと言う方が無理な話。
「別に。怒ってなんかいねえよ」
 そう言ってぷいとそっぽを向く。エステルが、いわれのないことで怒られた子供のように目を丸くして絶句したのが視界の隅に見えた。
「えっと、あの……、ユーリ、怒ってます、よね? わたし、何か――」
「怒ってねえって言ってんだろが。さっさと戻るぞ。遅くなって騎士サマに心配かけてもいいのか、お姫様?」
「………!」
「なんたって、お姫様は騎士サマと仲良しであらせられるし。もうオレなんて居なくても――」
「嫌、ですっ!」
「っ!?」
 不意にエステルの体が、どん、とぶつかってきた。と思ったら、そのまましがみつかれてしまった。
「その先は、言わないでください……!」
 いやいやをするようにピンク色の頭が揺れる。さすがに我に返った。自分は一体、何をしている。
「……悪い。困らせちまったな」
 聞いていたはずだ。エステルとフレンの関係。城の中に居る頃からの数少ない話し相手。それがお互いにとってどれほど心を救ってくれる相手だったのか。それでも前から気にはなっていた。その、あまりの仲の良さに。その昔馴染みが今回行動を共にすることになって、普段以上に気にしてしまって、ついにこの始末。情けないったらない。
「いいえ。わたしが甘えてしまっていたんです。その……嬉しかったんだと思います。ユーリが居て、フレンも居るこの状況が……。こんなことではしゃいで……子供みたいですよね……」
 食事の時にフレンの隣で嬉しそうに微笑んでいた少女が、今は自分だけに話しかけている。
 移動の際に懐かしそうにフレンと城の話で盛り上がっていた少女が、今は困ったような瞳で自分を見上げている。
 魔物との戦闘中に怪我したフレンの傷に痛わしげな面持ちで治癒術をかけていた少女が、今は必死の表情で自分にしがみついている。
 こんな状況を自分は望んでいたのだろうか。
 そうじゃない。そんなことではない。だけど、いつだって心の中で叫んでいたのは、“そいつばかり構うな”と、“それ以上そいつの名を呼ぶな”だったはずだ。なんと子供じみたこと。心底自身を嫌悪してしまった。
 依然として、しがみつかれたまま、頭をがしがしと掻く。重い溜め息を吐き出した。
「子供みたい、ね。一体どっちが子供なんだか……」
「え……?」
「なんでもねえよ。こっちの話だ」
「………?」
 しがみついたままのエステルは、ユーリから離れようとしない。それはまるで、ユーリが去ってしまうのを恐れて、必死にこの場に留まらせようとしているかのようだった。
「ユーリ」
「なんだ?」
「どこかに行ったりなんてしませんよね?」
「なんで、そんなこと聞くんだ?」
「だって、さっき――、……いいえ、やっぱりなんでもありません」
「なんだそれ」
「でももし、どこかに行ってしまうのだとしたら……」
 じっと、エメラルドブルーが、こちらを見ている。
「わたしも、連れて行ってください」
 “フレンのとこじゃなくていいのか?”無意識に出そうになったその言葉を、寸でのところで飲み込んだ。
 期待していいのか悪いのか、分からなかったが、悪い気はしなかった。
「おまえが来るってんなら、オレは……おまえを何処へだって連れて行ってやるよ」
 だからユーリは、エステルの髪をぐりぐりと撫でてそう言った。
 それは、ずっと本心を隠そうとして飲み込んできた男の時折見せる、心からの言葉だった。



ここまで読んでくださってありがとうございます。またまたむっつりな……というか、子供兄貴? になりました。エステルはフレンがいることが嬉しい、フレンはエステルの働きかけにただ真面目に返してる、そんな中、ローウェルさんだけが一人やきもきとしている、というイメージで書きました。

そしてそんなローウェルさんをも振り回す天然お姫様。振り回されて、まあいっか、ってなって、むっつりして、満足してたらいいと思います(え)。

駄文ですが、捧げさけてください。リクエスト、ありがとうございました……!


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