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*15*
lusturge(シンルナ)

 地球特有の吹く風の匂いと心地好さを感じながら、ぼうっと街並みを眺める。行き交う人々、交通機関、露店商。空を数羽の鳥、野良犬、手を引っぱられ早足で歩く小さな子供。きっと、毎日繰り返されている風景。この風景を自分は知っている。幼い頃に育った町もそうだったし、プラントに移住してからも見たことがあった。きっとこれは、“平和な”風景。争いの傷痕を、隠してしまった。争いで引き裂かれ、ずたずたになった街並みも、生きる希望を失った人々の表情も、どこにも見当たらない。もう、すべて、かさぶたとなって、剥がれてしまったのだろうか――。
 街のざわめきの中、幾多の足音に混じって、意識するものを感じた。コツコツコツ、と聞き慣れた足音。顔を上げる。思った通りの人物だった。目があった。微笑んだ。
「おまたせ、シン」
 つられてシンも少し笑って出迎える。
 実に一月ぶりの、ルナマリアとの再会だった。


【lusturge】


「元気だった?」
 そう言ってティーをすするルナマリアに、シンは苦笑気味に瞳を向けた。
「元気、って……昨日も会ったろうが」
「あのね! 食堂ですれ違ったくらいじゃ、“会った”なんて言わないの!」
 勝ち気な意志の強い、蒼い瞳。この目にこうやって見つめられるのも、ひさしぶりだ。なんだかそれが嬉しくて、シンの瞳も嬉しそうに細くなる。
「……なによ、ニヤニヤしちゃって?」
「だ! だれがニヤニヤしてるんだよ!」
「はいはい。隠さなくたっていいわよ。あたしとこうやってデート出来るのが嬉しいんでしょ?」
「な――! 馬鹿言え! それはお前の方だろうが!!」
「うん、そうかも」
 半ば当たっていることを指摘されたから、恥ずかしさを隠しつつ逆に押し付けるような形で言い返したのに、それをあっさりと認められてしまった。拍子抜けしたシンの目が丸くなる。
「だって、部隊編成であんたとは別れちゃって前みたく会えなくなっちゃったし、食堂とかドックで偶然会えても絶対どっちかが急いでるし、それに」
 ルナマリアの細くて長い指が、真鍮製のカップを慈しむように包んだ。
「せっかく地球にも来られたんだもの。あんたとデート出来たらいいなー、っていうか。今日のこと、ずっと楽しみにしてたんだから」
 そう言ってカップに口を付けた。ゴクリと鳴ったのは、ルナマリアの喉じゃない。きっと、シン自身のものだ。
 なんというか、反則だと思った。眩しく目を細めるルナマリア。それを眩しく眺める自分。可愛すぎて反則。言うならそれしか、きっとない。
 なんだかたまらなくなって、椅子を蹴って立ち上がる。木製のお洒落な装飾の施された椅子が、後ろ向きに倒れて大きな音を立てた。びっくりした顔のルナマリアがカップから口を離したその瞬間を狙って、形の良い唇に自分のそれを重ねた。テーブル越し。超至近距離の蒼い瞳が丸くなった。周りの視線が突き刺さる。構わない。なにも気にならない。それが、シンという少年だ。口内を、ルナマリアの味が満たしていく。イングリッシュティーは苦手だったが、それでも彼女の味を堪能した。

「信っじらんない!!」
 そそくさと店を出たがる彼女に続いてシンも店の外に足を踏み出した瞬間に、そんなことを言われた。それまでは無言。真っ赤な顔をして、無言。だから、開口一番というやつだった。そのあまりの剣幕に肩をすくめる。すくめたところでガトリング砲のような勢いの彼女の非難が止むことはないのだが。
「普通あんな場所であんなこと、する?! もう! 普通じゃないっ!!」
「普通じゃなくて悪かったな」
「まったく……。あんたに“普通”を求めたあたしが馬鹿だったのよ」
「なんだよそれ!」
「いいってばもう。それに、嫌いじゃないもの。――あんたとのキス」
 手にわずかなくすぐったさ。ルナマリアが指を絡めてきた。
「〜〜〜!!」
 そうやってふいにまた、可愛い真似をする。そうして自分は全然悪くないという。やっぱり釈然としない。
 むっつりと押し黙りながら、ルナマリアの手を優しく握り返す。

 手を繋ぎ、歩きながら感じる。風、空気、匂い。空を染める夕焼け。地球は好きだが、地球の空気を感じていると、胸を締め付けられるような苦しさを覚える。それが手から伝わったのだろうか、ルナマリアが気遣わしげにシンを見上げた。
「綺麗な街よね」
「うん。あんな事があったなんて、嘘みたいだ。……ほんと」
 無意識の言葉だった。ルナマリアの体が強張ったのが、手から伝わってきた。
 かつて、一機のモビルアーマーの脅威に晒され、壊滅させられた街。市民の多くがゴミの様に吹き飛ばされ、虐殺された街。それも、シンの守りたいと誓った大切な、たった一人のエクステンデッドの少女によって。
 そして、その少女が命を失ったのも、この街――。
 ざわめき。さえずり。クラクション。笑い声。歌。かつての負を思い起こさせる気配など、どこを見渡しても、見当たらない。そうして人は忘れていくのだろうか。痛みを。傷痕を。怒りや悲しみ。――犠牲も。
「シン」
 現実に引き戻された。
「大丈夫……?」
 我に返る。自分がいる場所を認識した。自分が今、誰と居て、何をしているのかも。ルナマリアの手が、しっかりと自分の手を握っていた。
 嫌悪感と罪悪感が沸いた。
 何故自分は、彼女にこんな顔をさせている?
「ルナ……」
 きゅっと手を握る。何か言おうと口を開くが、それを言わせずルナマリアは頭を振った。いいのよ、とでも言うように。分かっていた。分かってくれていた。
「無理もないわよ。だって、あたし達は軍人で、街や人がいくつも亡くなるところを数えきれないくらいに見てきたんだもの」
「……うん……」
「それに、あんたは……傷付きすぎてる」
「…………」
「……でも」
 気遣わしげな蒼い瞳は、遠慮がちにシンを見た。
「あたしとのデート中くらいは、あたしのことだけ……考えててほしい」
 結局人とはいつだって欲張りで、あれも欲しい、これも欲しいと際限無く求めてしまう。自分も果たしてそうだったのかも知れない。だけどそれを自覚することは出来なくて、ただそうあって欲しいと願い、そうしようとして、出来ないと悔やむ。かつて守りたかった少女はもう居なくて、その街は少女のかけらも残さないまま、今日も廻る。
 人は自分の出来ることしか、出来ない。
「ちょ、シンってば!」
 だから今日も彼は行動する。自分の欲望に突き動かされて。生きていく。大事なものを胸に携えて。
 建物と建物の狭い隙間へルナマリアの手を引き入り込むと、固く抱きしめる。人前が嫌だと言った彼女への細やかな配慮。肩を抱く。鼻が触れそうなほどの至近距離。見つめあう。熱っぽい瞳。サファイアのような瞳がシンのルビーを捕らえて離さない。みずみずしい果実のような唇に口付けた。深く、深く、何度も。 これが現実。
 それが今。
 生きている限り、今しかなくて、でもそれは人それぞれ違ってて。
 もう何だか、頭が熱くて、何も考えられなくなって、自分の大切なものと自分の思いに没頭した。



ここまで読んでくださってありがとうございます。運命後は部隊が別れてそうなのが、勝手なイメージです。具体的に何ヵ月とか何年後とか考えずにただ“運命後”を意識して書きました。

とは言っても、何ヵ月経とうが何年経とうが、シンルナはやっぱり相変わらずなんだろうな、とは思います^^

最上級とは言い難い駄文ですが、捧げさけてください。リクエスト、ありがとうございました!


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あきゅろす。
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