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*15*
complicity(ユリリタ)
【complicity】


 まだ少し眠気の残る頭を軽く振ってテントからでると、焚き火のそばに目的の人物の姿が見当たらなかった。
 不審に思って近づいてみると、倒れているのだということが分かる。ぎくりとして、少女の顔を凝視した。
「おいおい……」
 心配は杞憂に終わり、ユーリの口から呆れた笑いがぼれた。
 寝ずの番のはずだった少女は、すやすやと寝息を立てていた。
 いつから眠っているのかはわからないが、その間に魔物に襲われるでもなく、無事に少女が眠り続けていられたことにユーリはひとまず安堵する。
「……ったく」
 見張りが寝こけちまってどうすんだ。そんな思いも、少女の傍に無造作に開かれたままの数冊の書物を見て、頭の中で霧散した。その中の一冊を手に取り見てみる。複雑な図形、文字の羅列、数式、術式。全く意味が分からない。そんな本が少女のそして周りに数冊も。そりゃあ疲れるに決まっている。
「一人で無茶しやがって……」
 レイヴンの心臓魔導器。エステルの満月の子の力に関する問題。世界中で乱れるエアル。リゾマータの公式への追究。
 彼女の舞台。専売特許。だとしても、さすがに――。
「リタ。おい、リタ!」
 少女の傍らに膝を付き、呼び掛けた。反応はない。
「寝るならテント行ってから寝ろって」
 少女は微動だにしない。
 ため息が漏れる。このまま持ち上げてテントまで運んでやろうかと、体をリタに近づけ手を伸ばす。その手がリタの頭に触れる直前ではたと止まった。自然と顔を間近から覗きこむような近さ。ユーリの長い黒髪がリタの頬に触れそうで、触れずに離れた。
 もう一度ため息を吐いて、リタのすぐ傍に腰を下ろした。
 あどけない寝顔。魔導器研究の権威などと言われようが、まだ十五歳の少女。一般の少女のそれとはかけ離れた、普段の仲間たちに見せる大人びた様子からは考えられないほどの、今の寝顔。集団行動や彼女の体調が心配だからといえ、今のリタを起こすことを何だか躊躇われて、ユーリは寝かせるがままにしておいた。
 しかしその気遣いもあえなく無駄に終わる。
 小さくうめき声を発してリタが目を覚ましたのだ。上体を起こす。辺りをきょろきょろと見渡す。目を擦り、隣に座る先ほどまでは居なかった男を見て、認識して、少女の緑の目が丸く見開かれた。
「起きたか?」
「あ、あたし……。うそ、寝てたの?」
「ああ。気持ち良さそうに寝てたな」
 そう言った瞬間、強ばるリタの表情。寝顔を見たことを責められるのかと思ったが、リタの態度は意外と殊勝だった。
「見張りはあたしだったのに。ごめん。謝る」
 そう言った少女になんだか“らしくなさ”を感じて、ユーリはリタを見つめた。その視線に気まずさを感じたのか、リタは“何じろじろ見てんのよ”と少しだけ居心地が悪そうに身をすくませた。
「別に」
 そう言って睨ませるがままにしておくと、やがて視線を落とした少女の重いため息が聞こえてきた。
「あたしにだって申し訳なく思う気持ちくらいあるわよ。見張りなのに寝ちゃうとか、あり得ないじゃない……」
「そうだな」
「……即答なワケね。まあいいわ。悪いのはあたしなんだし。じゃあ、後お願い――」
「リタ」
 散らばった数冊の分厚い本をまとめ、早々に去ろうとする少女を呼び止めた。びくりと跳ねる肩。思った通り。
「テントの中で本なんか読んだらエステルやジュディが起きちまうんじゃねえのか?」
「わかってる。早めに終わる」
 滲み出る焦燥、疲労。小さなリタが、今はいつも以上に小さく、脆く感じた。先ほど感じた“らしくなさ”の再来。ため息が出てしまう。去来する思いは、
 ――どいつもこいつも……。
「やめとけ。今日はもう寝ろって」
「だから、もう少しだけ読んだら寝るってば」
 言って素直に聞く少女でないことも承知の上だ。
 だから、少し強引な手段に出る。
 他ならない、リタの為に。
「焦ったら解決出来んのか?」
「!!」
 リタの表情が氷ついた。何事にも客観的に考えることの出来る少女。それくらい分かっていないはずがない。
 だから、こんなにも悔しそうにしている。
 それでもユーリはたたみかけるかのように言葉を紡ぐ。
 リタへ向かって真っ直ぐに。
「焦ったら、全部がうまくいくのか?」
「そんなの分かってるわよ!!でも、だからって、放っとけないじゃない……!!エステルのことも、おっさんのことも、あんたは放っとけるっていうの?!」
「…………」
 リタの痛切な瞳がユーリを睨む。
 ユーリもまた静かにリタを見返した。
 やがて根負けしたらしいリタが歯噛みしながら目を逸らした。
「と、とにかく!あたしのことは放っといて――」
 すんでのところだった。
 有無を言わさずに去ろうとする少女の腕を掴んだ。予想以上の細さにぎょっとした。振り返り見上げる緑の瞳も見開かれていた。思わず言葉を飲み込みかけてしまった。
「なに――、」
「エステルやおっさんのことは放っとけないって言うくせにおまえのことは放っとけって言うのか」
「あんたに術式が解けるってわけ?あたしがやるしかないじゃない!」
「リタ」
「もうぐずぐずなんてしてらんない――」
「リタ!」
「!」
 掴んでいた手を咄嗟に離す。少女の両肩を掴むと、真正面から真っ直ぐに瞳を覗きこんだ。焦燥と不安、そして恐怖が、見えた。
「確かに術式云々はオレにはわかんねえし、おまえに頼るしかないってことも分かってる」
「なら……」
「けどオレは、エステルやおっさんや星喰みのことよりも、今一番、おまえのことが放っとけねえんだけどな」
 正直な気持ちだった。
 それが今の全てだった。
「焦ってもしょうがねえさ。オレ達は一個ずつ片付けていくしかねーんだから」
 今までがそうだったようにこれからも。“一人で”ではなく、“みんなで”。
 少女からの返答はなかった。ただ、茶色の頭を俯かせてわなわなと肩を震わせているだけだ。
 不審に思って顔を覗いてみた。
「……どうしたんだ?」
 リタは、これ以上ないほどに顔を真っ赤に染めていた。
「あああんた、よくもそんな恥ずかしいことが言えるわね!」
「?」
「そそれ以上顔近付けたら、やや焼くから!」
 初めは何を言われたのか分からなかったのも、リタの動揺ぶりを見て得心する。とりあえずは反論する様子のないことに、素直に休んでくれる気になったのだと安堵した。
 途端に沸き上がる、目の前のやたらと可愛い生き物をからかいたくなる子供のような感情。
 肩から手を離すと、リタのうなじから右手を差し込み髪をかきあげる。少女は、ぞくぞくと体を震わせた。込み上げる笑い。
「な、な、何すんのよ!!!」
 魔術の代わりに飛んできたのは、全体重を乗せた渾身のボディーブロー。声にならない悲鳴をあげてその場にうずくまる。
 小走りで去っていく背中を眺めながら、リタに散々休めと言っておきながら自分も休まねばならない今の状況に皮肉を感じて、ユーリは小さく苦笑した。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

ユーリの観察力はきっとパーティー随一だと思います(え)。無茶したがるくせに他人を放っておけな集団だからこそ優しくされたらこそばゆく感じてしまたったり。

何にしろ放っておいてくれない人が身近にいることは幸せだと思います。

リクエスト、ありがとうございました!



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あきゅろす。
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