[携帯モード] [URL送信]

*15*
ORBIS(パーティメンバー)
【ORBIS】


「ほんと、あんたって世話が焼ける子なんだから」
 確かそんな言葉がきっかけだったような気がする。野営の料理当番で、意気込んで作って、上手くいかなくて、大失敗して処分せざるを得なくなって、挙げ句の果てに当番を強制的に交代させられて、出発の時間を遅らせることになってしまった。
「ごめんなさい、わたしのせいで……」
 そう、謝った後に、その言葉を言われたのだ。冗談っぽく。笑って。いつもならそんなに引きずらないものも、消沈した心に確かにちくりと突き刺さった。言われた言葉がぐるぐると頭を回る。そして、“そこ”に辿り着く。
 “自分は本当に迷惑な人間なのではないか?”
 一度問題提議をしてしまうと、もうそれ以外の事が考えられない。仲間達の自分に対する一挙一動が気になってしまう。
「エステルー?」
 そう、自分を呼ぶ声にさえ不安を感じてしまう。
 ――皆は、わたしの事をどう思っているのだろう……?
 思えば城を出てから今まで自分の思う通りに行動してきたけれど、しかし本当にそれだけで周りを見る余裕なんて全く無かった。
 パーティの最後尾をとぼとぼと歩きながら、前を歩く仲間達の一人一人を眺める。
 自分を城から連れ出してくれた事によって誘拐犯の罪を着せられたユーリ。
 自分と一緒に居てくれる代わりに研究調査で訪れる場所の順番を替えてくれたリタ。
 自分がどうしても行きたい場所に“護衛”だと言って皆で行く様に計らってくれたカロル。
 自分のはっきりと定まらない目的で皆を振り回している事を指摘したジュディスの叱責。
 レイヴン――ミョルゾで自分を連れ出す時に辛い顔をさせた。
 パティ――自身の目的があるだろうのに、随分と遠回りをさせた。
 ラピード――ザーフィアスで不在のユーリを待つことしか出来なかった自分に付き合わせた。
 フレン――城に居ない次期皇帝候補。自身の任務もこなしながら、心配をかけることも多かったはず。
 ――わたし、わたしは……。
『お戻りください!』騎士の顔。
『気に病むでない』ベリウスの最期。
『忌まわしき世界の毒』自分の力。それによって冒されるエアルクレーネ。暴走する魔物。満月の子の力。衝撃波。弾き飛ばされるフィエルティア号。仲間達の苦痛に満ちた表情。
 ――わたしは……なんて……。
 嫌悪で押し潰されそうだ。
 知らず、はらはらと涙が零れる。拭っても拭っても、溢れ出てきて止まらない。
「――!? え、エステリーゼ様? どうかなさったのですか?!」
 エステルの異変にいち早く気付いたフレンが、ぎょっとなる。その声に仲間達皆が一斉にエステルを見た。
「何か悪いものでも拾い食いしたかの? ……はっ?! もしやさっきうちが作ったご飯に当たったのか? 変な物は入れとらんのじゃ……」
「違うんです、そうじゃないんです。本当に大丈夫ですから……」
 罪悪感。嫌悪感。説得力のない“大丈夫”。
「……ここらでちっと休んでくか。何かおっさんが疲れた顔してるしな」
「ちょ、おっさん?! それを言うなら少年なんて今にも倒れそうじゃないのよ!」
「え? ボクなら全然……」
「馬鹿! 疲れたんでしょ! ガキんちょ、あんたは疲れてるの!」
「じゃあ、お茶でも入れましょうか」
 そうして着々と“休憩”へと移行していく。
 自分の足手まといさに、また泣けた。

「理由を訊いてもいいのかしら?」
 手渡されたカップに口を付けることもせずにただぼんやりと眺めていると、不意にジュディスにそう話しかけられ、エステルは顔を上げた。全員の意識が自分に向いているのが分かった。取り繕う言葉が浮かばない。その場を凌ぐ事も出来ないのも分かっている。
「……ごめんなさい、わたし……」
 だから、一つ謝ると自分の気持ちを正直に話すことにした。

「ご、ごめん、エステル! あれはその、違うのよ、そんなつもりじゃなくって――!」
 一番最初にそう言って慌てたのはリタだった。
「そんなことで元気なくなるなんて、エステルらしくなくない? ボク達、仲間じゃん! それに、リタがエステルを嫌いになんてなるわけないよ!」
 何でもないかのようにあっけらかんと言ったカロルにパティがしみじみと同意する。
「うむうむ。リタ姐のエステルへの愛はシロナガスクジラのお腹よりもでーっかいのじゃ!」
「ううううっさい!!」
「確かに僕が直接エステリーゼ様をお守り出来なかった間に関しては、心配する事はありましたが、迷惑だなんて思っていません」
「ま、それはフレンちゃんに限った事ではないんでない? ここにいるやつら、みぃんな、好き勝手に動いてる訳だし」
 何食わぬ顔で茶を啜るレイヴン。
「それに、もう今は僕がそばにいます。いつでもエステリーゼ様をお守りする事が出来る。だから安心してください!」
 フレンの澄みきった碧眼が真剣にエステルを見つめた。何故だか物凄く恥ずかしい事を言われた気がして、エステルは顔を俯かせてしまう。
「あら、妬けちゃうわね」
「リタ姐のライバル登場じゃの!」
「なな何言ってんのよ!」
「何かいろいろ違う気がするんだけど……」
「――まあ、何にしても、だ」
 ラピードの背中を撫でてやりながら、それまでずっと仲間達のやり取りを眺めていたユーリが、口を開いた。
「おまえが思ってるほど、みんな短気でも他人行儀でもねえ、ってことだ」
「ユーリ……」
「そうそう! エステル、水くさいよ!」清々しい笑顔でカロル。
「ま、まあ……友達って意味ではね!」顔を真っ赤にしてそっぽを向いたリタ。
「のじゃ! エステルはみんなのアイドルなのじゃ!」屈託の無いパティ。
「ふふ。羨ましいわね」穏やかに笑むジュディス。
「ジュディスちゃんはいつでもおっさんのアイドルよん?!」「ワンッ! ワウッ!」レイヴン、ラピード。変わらない雰囲気。
「もう心配など要りません。僕に任せてください」万人を安心させる笑顔。フレン。
 仲間達を見渡す。皆が自分を見ていた。包んでいた。彼らの様子に、何の偽りもない。エステルの知っている大好きな仲間達の醸し出す、いつもの雰囲気だった。
「もうちっと信じろよ、エステル」
 なんて情けない。
 勝手に思い込んで、勝手に思い詰めて、勝手に落ち込んで。
 確かに迷惑をかけたことはたくさんあった。反省すべき点もたくさんあった。だから、今の自分がここにいる。それもこれも、仲間達のおかげ。決して見捨てず。決して甘えさせず。いつもそばにいてくれた、仲間達のおかげだ。
 感謝の言葉を口にしようとしたけれど、喉が震えて声が出ない。先程とはうってかわって、今度は嬉しさで涙が滲んだ。
「わ、エステルまた泣いてる!」
 自分の大好きな仲間達の、自分もちゃんとしたその一員だと実感出来た事に幸福感を感じたのと、同時に安心感。
 そして、そんな自分がちょっぴり我が儘だなぁ、と思えた。

 心機一転。再度の出発。
 休憩前とは全く異なった心境でエステルは前を歩く仲間達を見る。変わらない風景。変わらない雰囲気。
 ふと、隣にユーリがやって来て、話しかけられる。
「元気出たか?お姫様?」
 頬が熱くなる。羞恥心。
「悩んでいたのが、恥ずかしく思えるくらいです」
「そりゃ良かった」
「でも、やっぱり、迷惑はあまりかけないよう気を付けます。みんなの優しさに甘えてしまわないように……」
「そっか。――そうそう。フレンはともかく、リタはああ言っちゃいるけどな――」
「?」
 顔が近付いてきて、耳元で低く囁かれた。
「“オレは”誰にも譲る気はねえから。そこんとこよろしく」
 それだけ言うと、すたすたと前へ行ってしまった。その黒い背中をエステルは、ぽかんと見つめる。何を言われたのかさっぱり分からない。――と、背中が振り返り、ばちっとウインクされてしまった。
「!!!」
 何を言われたのかようやく理解したのと同時に、ぼっと顔が沸騰したかのように熱を帯びる。
 恥ずかしさのあまり俯かせた顔を、しばらく上げることが出来ず、
「エステルー? 何してんのー? 置いてっちゃうよー?!」
「あ、はい! すぐに行きます!」
 慌てて仲間達の後を追いかけた。




ここまで読んで下さってありがとうございます。

世知辛さを知っている仲間達の中に世間知らずのお姫さま。カルチャーショックやらきっとあるんでしょうね。そんなエステルを見る仲間達の視線は優しいというか微笑ましいというか。馴れ合う訳でもないのにちゃんと見てる、そういうこのパーティの雰囲気が好きです。

奈菜さま、このような駄文ですが、捧げさせてください。リクエスト、ありがとうございました!


[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!