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*15*
worry whitery(ユリエス)
【worry whitery】


 宿屋の一室。複数の人間。皆一様に沈黙。その中で時折不規則にぱら、と本のページを捲る紙の音。誰も喋ろうとしない。しかし、考えていることは同調。
 レイヴン――ベッドに横になり、狸寝入り。
 ジュディス――耳に手を当て彼女の友人と交信中。
 両者とも内心の感情を面に出すことなくポーカーフェイス。他人に頼らず縋らず己だけを頼りに生きてきたものの術であり癖のようなもの。
 リタ――室内で唯一の音源。魔導書を捲る。しかし集中しているのかいないのか、その表情はイライラとしていて意識は本に向いていない様子。
 カロル――ベッドに胡座をかいて他の仲間たちの様子をちらちらと窺っている。その表情はハラハラと落ち着かない。 ポーカーフェイス二人と比べて、全く真逆の二人の様子。感情の素直な表情への表れ。まだ未熟な精神がそうさせている。
 ラピード――室内の片隅にて伏したままで時折咥えたキセルを玩んでいる。元々事態を深刻だと捉えていないのかよっぽど達観した態度。
 ユーリ――その隣で床に直に腰を下ろした状態でそんな仲間達の様子を何も言わずに眺めている。
「……ねえ」
 重苦しい雰囲気に耐えきれなくなったのか、ついに口火を切ったのはカロルだった。
「エステル……遅くない?」
 ここにいない人物の名前が出た瞬間、ばん、と叩き付けるかのように乱暴に本が閉じられた。カロルの肩がびくりとすくむ。きっかけを与えられたリタの感情が、それを待ち望んでいたかのように弾けた。
「ったく!それもこれもあんたが一人だけで帰ってくるからでしょうが!!」
「だ、だって……エステルが、まだ、買うものがあるから、先に戻っててくれって言うから……」
「言い訳なんていらない!大体、あの子の性格知ってるでしょ?!」
「世間知らずのお姫様――。そりゃあ色んなもんに興味津々だわなぁ。あっちに目移りこっちに目移り。その内街から居なくなってたりなんかして」
 顎を擦りながら染々とレイヴン。顔をひきつらせるカロル。
「その上、重度の放っとけない病、だものね。その助けようとした人がいつも善良な人だったら良いのだけれど」
 交信は終わったのか、艶かしい足を組み換えつつジュディスが追い打ち。カロルの顔が青ざめる。
「あーもう、こうしてらんないわ!あたし捜してくる!」
「あ、ぼ……ボクも行くよぉ!!」
 部屋を転がるように飛び出した二人の足音が、徐々に遠ざかって行く。
 再び静寂。
「ジュディスちゃんは行かないの?」
「エステルが戻って来たときに誰か居ないと心配するでしょう?私は留守番しておくわ」
「うんうん、そーだよねぇ。んじゃおっさんもジュディスちゃんと一緒に仲良くお留守番を――」
「やっぱり捜しに行くわ。じっとしてるのって性に合わないの」
「やっぱり……」
 また一人消えた室内。一連のやり取りを眺め終えてから、ユーリが腰を上げた。
「およ、青年も行っちゃうの?おっさん、寂しくて死んじゃうよ?」
「馬鹿言ってんな。オレのはただの散歩だよ。んじゃ留守番、頼んだぜ。おっさん?」
 静かにまた一人退室。欠伸を噛み殺す。目尻に浮かぶ涙をそのままに、
「散歩、ねえ。保護者も大変だわ。……っと、青年が一番嬢ちゃんのこと、心配してたりして。どー思う?わんこ?」
 隻眼の貫禄ある犬は、興味なさそうに一度だけ鼻を鳴らした。

 散歩、と言いつつ知らず早足になるのは先程の仲間の言葉が気になって仕方がないからだろう。ユーリは忙しなく視線を巡らせながら歩を進める。
『あっちに目移りこっちに目移り。その内街から居なくなってたりなんかして』
『その助けようとした人がいつも善良な人だったら良いのだけれど』
 仲間達の言う光景が易々と想像出来てしまう。ぞっとしない。
 “世間知らずのお姫様。”
 “重度の放っとけない病。”
 それがあの少女。エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン。帝国の次期皇帝候補の一人にして、ユーリ達の旅の仲間。
 決して短くない付き合いの中で知り得た彼女の性格、素行。なのに今日も今日とてこうして捜し回っている自分達。
 きょろきょろと辺りを見渡しながら、溜め息が漏れる。この心配が杞憂であれば、越したことはないのだが――。
「!」
 視界の端に捜し求めていた桃色をちらりと捕らえ、そちらを向いた。
 少女の姿があった。
 買い物袋を抱え、立ち尽くしている。
 そちらに足を向けたところで少女の様子がおかしい事に気付く。
 伏せ気味の横顔。浮かぶ困惑。少女を取り囲む数人の男。友好的でない雰囲気。
 ――あいつ、絡まれてんのか?
 話している声が段々と聴こえてくる。
「だから、“ごめんなさい”じゃ済まねえんだよ、世の中。分かる?」
「平和ボケした貴族サマにゃ、分かんねえか」
「ぶつかったのは謝ります。怪我をされたなら治療します。でも、どこも何ともなっていませんよね?」
「そういう問題じゃねーんだよ!」
「えっと、分からない……です」
「分かるように言ってやる!金出せってんだよ!バイショー金だ!金なんぞ腐るほどあるだろうが!貴族なんだからよ!」
 ――何やってんだ、あいつ……。
 思わず呆れ果てる。世間知らずというのはこれ程易々と悪漢に絡まれるものなのか。歩を速めた、その瞬間。
「えっと……今は手持ちが……」
「じゃあその着てる上等な服寄越せ!」「!?」
 白い法衣に男の手が掛かる。
 ユーリの頭にカッと血が昇った。
 思わず持っていた刀を抜きそうになる。寸でのところでどうにか堪え、神速の早さで近付くと法衣に掛かる腕を鷲掴みにした。
「な――」
「!!」
 思わぬ第三者の出現に男と少女が同時にユーリを見た。
「悪いな。こいつほんとに世間知らずなんだわ。代わりにオレが謝るから――」
「てめえなんぞに謝られても……」
 みきり、と男の腕が音を立てた。
「その汚ねえ手、離してくんねえかな……」
「っ!!」
 素直な感情を乗せて一睨み効かせると、男達は竦み上がり何事かを吐き捨て足早に去って行った。ふう、と一つ溜め息。大人しくなった少女に“大丈夫か?”と一言。返事はない。俯いた頭。
「おーい。エステル?」
 不審に思い、屈んで顔を覗き込む。
「!」
 エメラルドブルーの双眸に、涙が溜まっていた。
「少しだけ、恐かった……です」
「エステル……」
「……服を……脱がされそうになった時に、動けなくなって……ユーリが来てくれなかったら、って思うと……。駄目ですね、わたし」
 ぽろっと二粒三粒。涙が落ちた。
 激しい保護欲に駆られる。抱きしめて、安心させたい。ユーリの手が少女の肩を掴む。一瞬、我を忘れかける。
「エステルーッ!」
 声にハッとなった。仲間の声だった。思わず抱きしめかけた手は、少し、さ迷って少女の桃色の頭へ。ふわりとした感触。ぽんぽん、と二、三度。
「まあ、何もなかったから、良かったじゃねえか」
「ユーリ……」
「これに懲りたら、街での歩き方、もうちっと気を付けるこった」
「……はい」
「それでも今回みたいに恐い目に遭うってんなら――」
 それはあまりに世間知らずで、重度の放っとけない病の、少女。真っ白で、人を疑う事の知らない――。
「いつだって助けてやるよ。……“オレ達”が」
 世話の焼ける、自分達の仲間のお姫様。
「……はい……!」
 何となく惜しい気持ちをひた隠し、泣きそうな顔で走ってくる少年と少女を、その場で迎えた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

エステルに一人歩きをさせると過保護メンバーははらはらですね。カロルなんかもきっと何も疑わずに素直に“気を付けて戻ってきてね!”とか言いそうだから、常にローウェルさんには散歩してもらわないと駄目ですね^^(駆けつける青年は既に騎士^^)

玲子さま、駄文ですが捧げさせてください。リクエスト、ありがとうございました!


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