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*15*
best result(シンルナ)
【best result】


 “お姉ちゃん、シンのどこがいいの?”
 そう何度も妹に訊かれたが、自分でもよく分からない。自分の気持ちが、何処をどういう風に辿ってきて、今は何処にあるのか。その心が、これから何処へ向かおうというのか。自分でも測りかねている。
 思えば、士官学校で初めて彼を見た時から、人とは一風変わった視線で彼のことを見ていた気がする。
 候補生達の中で、かなり浮いていた存在だった彼。主に実技訓練時での鬼気迫る実習態度。教官に逆らうこと日常的。パイロット科の有名人。他人との接触を避けるかのように一人でいることの多かった少年。遠巻きに見ている集団の、その内側からルナマリアも少年を見ながら、しかし少年の姿がその目に映る回数は確実に増えていく。
 初めはただの物珍しさ。変わった子。
 次は野次馬。またやってる。
 その内に興味本意。いたいた。
 そうすることで、発見。あ、笑った。へえ、あんな顔もするんだ。
 そして、ルナマリアの中で、この変わった興味の尽きない、放っとけない少年の存在は徐々にしかし確実に身近なものへとなっていった。
 ――それから……。
 気にするが故に接触。
 教官であれクラスメイトであれ、誰かしらと衝突し、怪我を作るのが彼の常。少年の生傷のない日をルナマリアは見たことがない。だから、それが絶好の“理由”になった。
 近付くとちらりとこちらを見た。綺麗なルビーレッドの瞳。初めて目があった。なんだかそれだけで嬉しかった。
 自分がその時何て喋ったのかは忘れてしまったが、絆創膏を差し出すと、“いらない”と言われたのを覚えている。その時はムッとしたのだとは思うが、それからだ。シンと一緒にいることが増えたのは。
 “お姉ちゃん、シンのどこがいいの?”
 妹にそんな風に聞かれ始めたのも、その頃からだろうか。
 ――“どこが”とか、そういう問題じゃないのよね。
 気付いたら一緒にいた、といった方が今はしっくり来る。一緒に居ることが普通。当たり前。
 だから、その範囲内から出ることに酷く戸惑いを覚えた。
 同僚。
 仲間。
 身内。
 任務の果てに積み重なる時間、経験、死線。掻き乱される精神。それでも一緒にいられる仲間。“居る”。ただそれだけで感じる有り難さ。
 衝撃。“身内”から“仇”へと、変貌。
 その頃からだ。自分とシンとの、明らかな関係の変化。
 少年と居たがる自分が増えた。
 少年に触れる機会が増えた。
 少年に触れられることで得る安心を知った。
 仇。直ぐに同僚へと回帰。
 後に、恋人――。
「ルナ、どうしたの?ぼーっとして」
 声にふと我に返る。少年が目の前にいる。少年が不思議そうな目でこちらを見ている。いつの間にか車は停止していた。置かれた状況を思い出す。
 シンの家族の墓参り。それも、亡くしてから、初めての。そんな瞬間に立ち会えたことを、嬉しく思う。先ほど彼が見せた涙。彼の心が分かるわけではないが、元敵だった少年との握手に応じた彼の纏う空気が、優しくなったような気がした。
 ルナマリアの瞳に映るシンの瞳。綺麗なルビーレッド。それをきょとんと見つめる。
「………?」
 シンの瞳に訝しげなものが混じる。ルナマリアの口元に笑みが浮かんだ。
 ――違うわね。
 優しくなったのではない。シンはいつだって優しかったのだ。これほど優しい少年を、ルナマリアは知らない。
「何笑ってんだよ……?」
「ううん、なんでも」
「何だよ、さっきからずっと黙っててさ。言いたいことがあるなら言えよ」
「言いたいこと……」
 君のことをずっと考えてた、なんて言ったら一体どんな顔をするのだろうか。
 “出会えて嬉しい”。――違う。
 “居てくれてありがとう”。――違う。
 “これからもよろしく”。――違う。
 ――今、一番伝えたいことは。
「あたしがあんたに言いたいのは……」
「?うん」
「あたし、やっぱり、あんたが好きだなーって……思って。……うん、それだけ!」
「………は?何だよ、それ」
 心底理解出来ない、と言った表情。それでもその白い肌がにわかに赤くなっているのは、やはり照れているのだろうか。この少年のこんな顔を見られるのも今までどんな時も一緒に居たからなのだろう。
 困ったように笑って、ルナマリアはシンの首もとに抱きついた。シンは少し戸惑った顔をしたが、しかしそれだけで嫌がることはなかった。いつもそうだった。不意にルナマリアが彼に触れても決して拒絶することはない。いつも受け入れてくれた。抱きつき、胸板に顔を押しつける。温もりを感じた。愛しかった。彼の全てが。背中に少年の手が回されたのを感覚した。一方通行じゃないことが嬉しかった。反応が返ってきたことが幸せだった。
 こうして触れあえるようになってどのくらいの時が過ぎたのだろう。思えば彼に出会ったその日から、こうなることを望んでいたのかも。――というのはさすがに虫が良すぎる話だろうか。少年の頬を撫でる。黒髪がさらりと甲を撫でる。少年の手がルナマリアのうなじをくしゃりと掴む。くすぐったい。ルナマリアの額に少年の鼻が触れた。息がかかる。顔を上げる。見つめあう。ルビーレッドに映るルナマリアのサファイアブルー。徐々に近付く。もう見えない。唇に触れる。そのまま塞がれた。息が混ざる。彼の味が流れ込んで来た。
 ――どうしよう。
 どうすればいいのかわからないくらい――。
「……すき」
「ルナ」
「あんたが、すき」
「ルナマリア……っ」
 確認。
 そして、確信。
「……なあ、ルナ」
「?何……?」
「どうすれば出来るんだ?」
 訝るルナマリアにこの後シンが告げた言葉を、ルナマリアは一生忘れられないことになる。
「出来る、って何が?一体何をしたいわけ?」
「うん、おれがルナと結婚」
「……………は?……誰が、誰と――」
「だから、おれがルナと結婚するにはどうしたらいいんだ?」
「あんたまさか、それってプロポーズのつもり……?」
「プロ……?なんだかわかんないけど、おれ、ルナにはこれからもずっとそばにいてほしいんだ」
 とてつもないくらいに大きな空気の塊を肺から吐き出す。もはや喜ぶべきなのか、悲しめば良いのか分からない。
「あんたね、そんな大事なことをあっさりと……」
 込み上げるのは嬉しさ。浮かべた表情は泣き笑い。少年は何故か憤慨。
「あっさりじゃない!……ずっと、考えてた」
「何を?」
「おれも父さんや母さんみたいに誰かと結婚するんだったら、ルナとが良い、って。ルナは、ずっとそばにいてくれたから……だから……」
 慰霊碑の前で思うは家族のこと。
 考えてくれていたのは自分のこと。
 それもはっきり、そうだと彼が言った訳ではないが、この本当に自分のことは何も話さない不器用な少年が、自分のことをそんな風に考えてくれていたなんて、それだけでもう充分ではないか。
 ただ、少し欲を言えば――。
「……あたしだって憧れてたんだからね」
「え……?」
「“結婚してください”って言って」
「は、え?」
「いいから!言って!」
「う、うん。……ルナ、結婚してください」
 抱きつく、というより飛び込む。
「ありがとう、シン!」
「な、何が」
「そんなの当たり前じゃない。どれだけあんたと一緒に居たと思ってるのよ?」
 プロポーズをした張本人は何故かきょとんとしているし、指輪もないし、ムードなんてものは皆無。だけどそんなことは分かりきっている。
 しかし笑顔。満面に笑み。それはきっと最上の結果。あの時パイロット科で誰も寄せ付けず誰とも衝突して目立っていたおかしな少年に、気になって気になっていつの間にか一緒に居るのが当たり前になった自分は、今こうして最上の言葉を受け取ることが出来たのだ。なんて幸せなことだろう。
 誓うように抱きしめる。強く。応えるように感覚。温もり。
「ずっと一緒に居てあげるわよ」
「うん……」
「だから、これからも守ってよね」
「ああ」
 耳にキスして囁いた。
 最上の、愛の言葉を。



ここまで読んでくださってありがとうございます。

シンのプロポーズって、きっと不器用だと思う。家族を亡くして以来エースパイロットになるまで、がむしゃらに生きてきた少年はこと恋愛ごとになるとぼーっとしてそうなのが勝手な見解なんですが、そんなことも把握しきってるルナマリアが気苦労しながら寄り添ってたらいいです。

エインさま、駄文ですが捧げさせていただきます……!リクエスト、ありがとうございました!


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