*15*
sexy typhoon warning(フレエス)
【sexy typhoon warning】
世界は広い。
城を出て旅をしてから何度も思ったこと。城の中では分からなかったこと、図書館の文献では学べなかったこと、旅に出てエステルが初めて知ったこと、それはあまりにも多い。
世界というものはすごい。
知らなければいけなかったこと。
分からなければいけなかったこと。
学ばなければいけなかったこと。
それらは一つ問題が解決すると次から次へと湧いて出て、エステルを非常にわくわくさせた。
「はあ……」
そして、彼女の前に突き付けられた問題が一つ。また、その小さな胸を悩ませていた。
奇襲してきた魔物との戦闘直後。
何の問題もなく楽に撃退出来た戦闘だったのにも関わらず、他の仲間達との雰囲気とは大きく異なった様子で重い溜め息を吐いたエステルを、ふと目に留めた仲間の一人が、彼女に声をかける。
「どうされましたか、エステリーゼ様?」
「えっ?あ、えと……はい、なんですか?」
金髪碧眼の帝国騎士団長代理。フレン・シーフォに声をかけられ、エステルは大きく狼狽えた。
「いえ、その、溜め息を吐いていらっしゃったので……何かお困りですか?まさかどこかお怪我でも……」
「……っ、いいえ、怪我なんてしていませんよ!大丈夫です。心配をかけてすみません」
「それなら良いのですが……」
どこか釈然としない様子で仲間のもとへと向かう青年を、笑顔で見送った。
誰にも見られないように、こっこりと溜め息を吐く。
言える訳がない。
エステルの小さな胸に抱えた問題。
それに基づいて動く少女のエメラルドブルーの相貌。
前を歩く仲間達の一人を見た。
彼女の種族独特の後頭部から伸びた触手と、形の良い腰を揺らして歩く露出の多い白の衣装を纏ったブルーの髪の女性。そのすらりとした体が振り返り(視線に気付いたのだろう)、エステルを見た。瞳が“何かしら”と言っている。慌てて頭を振った。“何でもないんです。”
言える訳がない。
すらりと伸びた足。形の良い腰。そして、先ほどの戦闘で重力や遠心力といった様々な力にとても素直に従って揺れていた、豊満な胸。
彼女のような“色気”を身に付けるには、どうすればいいのか。
どうして自分には“色気”がないのか。
そんな内容で悩んでいるなど、言える訳がない。
各分野の教養に加えて、興味のある文献は片端から読んではその知識を吸収していった。その為、パーティーの仲間達からは博識だと言われることもある。
そんなエステルに大きく欠けている分野が、“世間”だということを思い知らされる。故に仲間達からこうも言われる。
“世間知らずのお姫様。”
世間など知らずでも生きていけた城の中という世界にとって、城の世界そのものが世間。そんなものに興味すらなかったし、知らなくても困りなどしなかった。
なのに今、それがエステルを酷く困らせている。
どうやら自分は“色気”というものが無いらしい。それでは“色気”はなければならないものなのだろうか。
分からない。
分からないけれど、以前ユーリに、
“エステルには色気がない。”
そうきっぱりと告げられた時、ショックを受けたのは確かだ。自分にも色気があれば。色気が欲しい。そう願ったのは真実だ。
では、どうすれば色気が身に付くのか。一つしか歳の違わないジュディスにはあって、自分には何故ないのか。彼女と自分、一体何が違うのか。
――露出、でしょうか……。
荷物の着替えの底から、衣服を一着引っ張り出す。
薄い布。ピンクの生地。短過ぎるスカート。もう随分も前にヘリオードの街である一件の際に仕立ててもらった、正真正銘自分の服だ。
ブーツを脱いで裸足になる。ベッドに座る。安宿特有の木材がぎしりと軋む。白い法衣を脱いだ。ピンクの内服もぬいだ。コルセットと下着のみ、というあられもない格好。部屋に誰もいないからこそ出来ること。誰も帰ってこないうちに急いで着なければ。
薄布を着用しようとして手が止まる。確かこの服はコルセットまで脱がないと着られない。脱ぐ。薄布を纏う。胸元のベルト。ぎちりと締めた。相変わらず変な着心地。ニーハイブーツまでは履かずに裸足で床へ降りる。くるりと一回転。大きく開いた背中。限界まで露になった足。そして、強調された胸元。
露出、アップ。
――今のわたし、どのくらいの色気があるんでしょう……。
考えても詮無いことに思いを巡らせていると、不意にドアががちゃりと開けられた。
「!!?」
「只今戻っ――」
買い物袋を抱えた金髪碧眼の騎士がエステルを見るなり石化したかのようにぴしりと固まった。
エステルの方も身近な人にまるで自分の裸を見られたような恥ずかしさに、どうすればいいのか分からずに口をぱくぱくとさせるのみ。
そのまま時が止まったみたいに見つめ合う。
「も、」
「あ、」
「も……」
「あぅ」
「も――」
「フレ――」
青年の石化が解除された。
「申し訳ありません、エステリーゼ様っ!!す、すぐに出て行きますっ!!」
「待ってください、フレン!」
両手に抱えた荷物をぼとぼとと落とし(薬類散らばる)、見本のような回れ右で部屋から飛び出さんとする青年の腕(甲冑の肩具、籠手のみ外している)を、寸での所で捕まえた。
「ッッ!!」
フレンの腕に、エステルの強調された胸が優しく存在主張している。沸騰しそうな騎士の顔。
「フレンにお訊きしたいことが……っ!」
「うあ、な……、何でしょうか……?」
顔、限界まで逸らしエステルの方を見ないようにしている。
「あの、その、わ……わたし――」
「は、はい」
普段毅然とした青年のあまりの狼狽。下着姿のような自分。恥ずかし過ぎて、はしたな過ぎて、上手い言葉が見つからない。
「わ……わたし、うう――、わたし……っ、い……色っぽい、ですか?」
「………はい……?」
「ですから、その、い……」
きょとんとなった碧眼。エステルを見て慌てて目を逸らす。しかし必要なのは他人からの貴重な意見。恥ずかしいが、見てくれないと困る。
「フレン」
見ないように見ないようにと懸命にそっぽを向いている顔の頬に両手を添え、こちらを向かせた。
至近距離。精悍な、しかし限界まで赤くなった顔を下からすくうように見上げた。声は祈るように。切実に。
「わたし……色っぽいですか……?」
「〜〜〜!!」
「きゃっ!?」
剥き出しの両肩をがしりと掴まれる。エステルの体がぴくんと強張る。ゆっくりと近付いてくる精悍な顔。真剣な碧い瞳。
「エステリーゼ様……」
「は、い……」
フレンの手が毛布を掴む。
頭からかぶせられた。
「は、え……?」
「お願いですから、そうしていてください。……でないと、僕は自分を抑えられる自信がありません」
指と指の隙間から血が一筋垂れた。
「驚かせてしまって、ごめんなさい……」
ベッドに二人して腰かけた、少女の方は下着のような衣装に肩からかけた毛布にくるまっている。青年は少し赤くなった鼻を擦り、“いえ”とだけ言った。
自分は一体何をしているのだろう。こんなにはしたない格好をして、勝手に悩んでフレンまでをも巻き込んで。つくづく迷惑な話。所詮、“世間知らずのお姫様”に“色気”の習得など初めから無理だったのだ。はあ、と一つ溜め息。
「先ほどの返答ですが」
「……え?」
「僕は、……その、色っぽい、と思いました」
「……本当、ですか?」
「ええ。何も感じてない人間が鼻血など出しませんから」
「ご、ごめんなさい……」
「ただ――」
「……?」
「色気などにこだわらなくとも、僕は普段のままのエステリーゼ様が、魅力的で素敵だと……思います」
フレンを見上げる。ほのかに頬を赤く染めながら、恥ずかしそうにしていた。エステルの口元にじわじわと笑みが浮かぶ。色気などなくても自分は自分。似合わないことはしなくても良い。今回学んだ大切なこと。ちゃんとその人の魅力を見つけて、見てくれている人はいるのだ。ただ、その答えを見付ける為にまるで台風のような騒動を要したのは少し問題ではあるが。
なんにせよ、この優しい青年のおかげだ。
「ありがとう、フレン。わたし、貴方が大好きです……!」
にっこりと微笑んでそう告げると、口をあんぐりと開けた青年の顔がみるみるうちに真っ赤に染まる。
台風一過の晴れ渡った空のようなエステルの心とは裏腹に、フレンの胸中では軌道変更して戻ってきた台風に再度荒れ狂わされていることなど微塵も気付く様子もなく、少女は無邪気な笑顔を見せた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
犠牲者フレン、という感じでしたが、天然真面目騎士の前ではさらに上を行く天然世間知らず姫であればいいと思います。メンバーはもちろん二人の為に空けてくれています^^
駄文ですが、捧げさせて頂きます。リクエストありがとうございました!
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