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*15*
duplicate key(フレエス)
【duplicate key】


「フレンの子供の頃って、どんな子どもだったんです?」
 抱えた薪を抱き直しながら、後ろを歩くエステルが、背中に向かってそんなことを訊くと、前を行く甲冑の背中が振り返り、エステルの倍はあろうかと言える薪を何の違和感もなく片腕に抱きつつ、“え?”と言った。
「僕の子供の頃……ですか?」
「はい。どんな子どもだったんですか?」
「そうですね……」
 今日のよく晴れた空の様な綺麗な碧眼が、思案げに空を見上げる。一旦足を止めてしまったから、三歩程後ろをあるいていたエステルはすぐに追い付いてしまう。エステルが隣に並ぶと、フレンもゆっくりと歩き出した。
「普通の、子どもだったと思います」
 そんな真面目な返事が返ってきた。
「普通の、ですか?」
「はい、普通です」
 あまりにも真面目で真っ直ぐな碧眼。きょとんと見つめると、すぐにその精悍な顔に困惑が浮かんだ。
「申し訳ありません。エステリーゼ様に楽しんで頂ける昔話でもあれば良かったんですが……」
 そのあまりにも恐縮しきった様子がなんとも微笑ましくて、思わずくすくすと笑ってしまった。それを見てフレンは依然として困った表情で金髪を掻いた。
「困らせちゃいましたね、ごめんなさい」
「いえ、ただよく覚えているのは、あいつと一緒によく無茶なことをした、ということぐらいでしょうか」
 “あいつ”と聞いて黒髪のフレンの幼馴染みを頭に思い浮かべた。
 まだエステリーゼがこうして外の世界を旅する前。ザーフィアス城の中で外の世界を夢見て想像を膨らませていた頃。フレンによく下町の話を聞かせてもらったのを思い出す。その楽しく微笑ましい話の主人公のほとんどが、確かにフレンの幼馴染みの黒髪の彼だった。
 それはもしかすると、フレンが単に自分の事を話すことをあまり得意としないだろうからかもしれないが。だからこそ、エステルは余計にフレンのことが知りたくなってしまうのだ。
 訊く相手を間違えたかも、なんて今更になっての実感。こういった話を訊きたいのなら、直接本人に訊くより間接的に本人の親い者に訊いた方が効果的。少し残念に思いながら歩を進めていると、そんなエステルの心境を察したフレンが、唐突に口を開いた。
「今思えば、がむしゃらだったような気がします」
「……?」
 一瞬彼の言った意味が分からず、小首を傾げてフレンを見る。
 金髪の真面目な青年は、なんとか上手く喋ろうと、言葉を探しているように見えた。
「騎士だった父みたいに、昔は……なろうとしていたのを覚えています」
「お父さまも騎士だったんですね。今もご健在なんです?」
「いえ、僕が子供の頃に亡くなってしまったので……」
 困ったように微笑んだその表情を見て愕然となった。あまりにも出し抜けな失言に、小さく“ごめんなさい”と呟くと、フレンは“お気になさらないでください”と微笑んだ。とうに吹っ切れているのが分かる表情だった。
「その時にザーフィアスを出ることになったので、あいつの無茶に付き合わされることもなくなったのですが……それからは、騎士になる為の勉強や訓練に明け暮れていました」
 今のフレンを構成する幼い頃のフレン。今でも真面目で誠実な彼の事。きっと今と変わらず真面目な少年だったに違いない。なんだかそれが容易に想像出来るような気がして、エステルはこっそりと笑みを浮かべた。
「お父さまのような騎士になる為にたくさんお勉強したんですね」
「いえ、その当時は父のような騎士にだけはなりたくなくて……、でも“騎士”というものがどういったものかも分からず、ただ模範的であろうとしていたように思います」
 言葉を選びながら、自分の過去を探りながら、それでもフレンは懸命に語ろうとしてくれていた。そんな彼の好意を嬉しく思うし、こうして彼のあまり語られない過去を知ることに、どうしようもない切なさが、何故だか込み上げた。
 それと同時に、そんな子供の頃のフレンを、愛しく思う気持ちも。
 ――フレン。
 唐突に、彼に触れたくなって、隣を歩く精悍な顔を見上げる。その視線に気付いたフレンがエステルを見た。エステルのエメラルドブルーの瞳とフレンの澄みきった碧い瞳がぱちりと合い、思わずどきりとして目を逸らしてしまった。あまりにあからさまだったかと思ったが、そんなことに全く気付く様子もなくフレンは、
「申し訳ありません。あまり面白い話ではありませんでしたね」
 そう言ってばつが悪そうに照れ笑いを浮かべた。
「そんなこと、ありません!話してくれて、ありがとうございます。フレン」
 にっこり笑ってみせると、青年はほっとしたように微笑んだ。エステルの胸の内に温かく切ないものが込み上げる。
 ――フレン。
 子供の頃の彼を想像すると、愛しく微笑ましいような気持ちになるが、その過去を経た今の彼もエステルは変わらず大好きだ。少年時代の彼があるから今のフレンがあり、今のフレンという未来があるから少年のフレンはその時代を生きることが出来たのだから。
 そんな彼と出会えたこと、こうして隣を並んで歩けること。それら全てが幸せに思えてならない。なんて素敵なのだろう。彼という存在に感謝する。
 ――フレン……!
 触れたい。
 彼に触れたい。
 手を繋ぐだけでいい。繋ぎたい。
 だけど、二人の抱えている薪が、それを邪魔している。大事な煮炊きや暖のエネルギー源をまさか捨てる訳にいかないし、こうしてパーティーを離れ二人出てきている本来の目的を成さない。
 成さないのだけれど、それでもやっぱり――彼と手を、繋ぎたい。
「そういえば、いつか下町の宿屋さんにお邪魔した時、男の子がフレンとユーリが似てるって言ってたことがありましたよね」
「ああ、テッドですね。そういえばそんなこともありましたね」
「彼の言ってたこと、なんとなく分かる気がします」
「?」
 無茶ばかりしていたという彼の幼馴染み。行動そのものは確かに無茶なものだったのかも知れないが、それでもやると決めたことを真っ直ぐに見据え、それでいて決してブレないその行動、信念。
 ――そっくりです。
 前を、先を見据えた碧い瞳。意思の強い輝き。
「そろそろ戻りましょうか、エステリーゼ様。重くありませんか?」
「ありがとう、わたしなら大丈夫です」
「そうですか。それにしても随分遠くまで来てしまいましたね」
 あまりにそれは真っ直ぐ過ぎて、
 ――全然、横を向いてくれないんです。
 思えばエステルは、フレンの横顔ばかり眺めているような気がする。精悍な横顔は、エステルの視線に気付かず、真っ直ぐに前を見ている。
 その時、不意に足元のうねり出た樹の根に足を引っかけてしまった。
「!」
 どきりとした時にはもう遅く、転倒の衝撃に備えて身を固くした瞬間、力強い腕がエステルをぐいと引っ張って支えた。フレンの腕だった。
「大丈夫ですか、エステリーゼ様?」
「は、はい……」
 どきどきと速くなった鼓動が自然に収まるのに任せて、落としてしまった薪を拾おうと身を屈めようとするが、
「フレン……?」
 エステルの手はフレンの手にしっかりと握られ、いつまで経っても解放されなかった。
「……僕もです」
「………?」
「先ほどのエステリーゼ様のお顔が、何だかこうしていたがっていらっしゃったように、見えたものですから……」
「!」
 顔から火が出そうになった。
 気付かれていたのだ。顔色を。その胸の内を。切実な願いを。
「間違っていたら、すみません。僕がこうしていたいだけなのかも知れません。でも、こうしていても……構いませんか……?」
 泣き出しそうな表情で、エステルはふるふると頭を振る。少し震えた声で、“喜んで”と言うと、温かく大きな手が、ぎゅっと握りしめてくれた。
 片手で持ちきれなくなった薪は、そのまま減ってしまったが、今のエステルには不謹慎だけど、フレンとの時間の方が大切だった。ここにはいない仲間たちに“ごめんなさい”と胸中で詫びる。
 見てくれていた。感じてくれていた。その事だけでエステルの心は羽が生えたみたいに軽くなる。
「今度はわたしの子供の頃の話をしてもいいです?」
「ええ。是非聞かせてください」
「そうですね……。わたしが小さい頃は……」
 嬉しそうに細められるエメラルドブルー。それを優しく見つめる碧。温かく包み込むおおきな手。足取りは迷いなく、心は満たされていて。
 彼の手を意識しながら、自分はげんきんだなぁと自負しながらも幸せそうな笑みが消える様子は、その後もなかった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

エステルに話して聞かせる話はそう言えばユーリの話ばかりだったかなぁ、と。フレンはあまり自分の話はしないイメージです。誰も知らない一面を知れるというのはそれだけで幸せなことだと思います。

椿さま、駄文ですが捧げさせてください。リクエストありがとうございました……!



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