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*15*
narcotic(ユリエス)
【narcotic】


 何故こうなったのか。
 何故自分はこんな思いをしているのか――。
 ユーリは目を瞑ってこの状況から一旦自分を遮断した。
 思考を巡らせることはあまり得意ではないが、それでもなんとかこの状況くらいは整理してみようと努めてみる。
 今自分がいる所。ダングレスト。その宿屋の一室。今日泊まることになっている部屋。持ち金の少なさから男女一緒の大部屋。ベッドが六つ。その中でもリタに宛がわれたベッド。しかしリタ不在。とは言え、自分も含め、もともとここぞと言うとき以外は大概それぞれ好き勝手にふらふらとしているパーティーの面々。リタに限らず皆不在。使い主不在のベッドに腰を下ろした人間が二人。すなわちこの大部屋に今いる二人。一人が自分。そしてもう一人が、ベッドに正座をしてばつが悪そうに俯いている桃色の髪、白い法衣。
「エステル」
 見ると、呼ばれてびくりと肩を跳ねさせてエステルはおずおずと上目遣いでこちらを見上げた。
「……っ!!」
 思わず目を逸らす。
 戦闘で気分が高揚した時や、今までの旅で命が危うい時にヒヤリとなるような、それとは違うドキドキが、自分の胸の内で暴れ狂っている。
「あの、ユーリ……」
 そんな声でオレの名を呼ばないでくれ。
 そんな目でオレのことを見ないでくれ。
 自分がおかしくなってしまいそうだ。いや、もうすでにおかしいのか。
「これはですね、その……」
 “これ”と言っては頭の上に乗せた装飾品をエステルは取り外した。
 そうだ。
 そもそもの原因はきっと、これに違いない。
 エステルの手に握られた装飾品。猫の耳の付いたカチューシャ。もとはリタの持ち物であるそれを、どういう訳か、エステルが先ほどは装着し、今は握りしめている。そして、あからさまに動揺している。口をぱくぱくとさせて、違うんです、だの、違わないんですけど、だの、よく分からないことをぶつぶつと呟いている。
 しかし状況は物語っている。
 リタのベッド。その上のたくさんの書物やら、紙やら、衣類やら。それが綺麗に整理され、畳まれている。そしてその一番上にあるのがリタの制服。この街の酒場で配膳の仕事をする時に着る制服。そのれっきとした制服の一部である猫耳のカチューシャ。“先ほどまで仕事をしていたはずの”、リタ不在。
「あの、えっと、その……」
 ――ああ、分かっている。つまりは――。
「リタの仕事の時間が終わったから部屋に戻ってみたらリタは居ねえし、荷物は散らかってるしで、待ってる間に服くらいは畳んでやろうと思って畳み終わっても戻ってこねえもんだからあんまり暇になって、つい……だろ?」
 平静さを装い、一息に状況証拠を述べてみせると、すごい手品でも見せられたかのような、ポカンとなったエステルの顔。極めつけは、“ユーリはわたしの考えていることが分かるんです?”なんて間の抜けた問い。
「そんなの、見りゃ分かるって。けど、エステルもそういうの、付けたがるなんて思わなかったけどな」
「だ、だって、可愛いじゃないですか」
 視線を猫耳に落とした。それから何かに気付いたように素早く顔を上げて、
慌てて弁解。
「その……、“可愛い”っていうのは、あの……、“これが”、ですよ?」
 言いたいことは分かっている。だけど、そんな風におろおろとする様子が可笑しかったことと、胸の内で先ほどからじわじわと少しずつ、しかし確実に広がっている妙な感覚が、自分の意思とは関係なく言葉を吐き出させた。
「あ、リタ」
「え――!?」
「嘘だよ」
「も、もう……!意地悪言わないでください……!」
「意地悪、ね。人の持ち物勝手に使おうとしてたやつが言えるセリフとは思えねーけど」
「うう……」
 少しからかい過ぎたか。それとも事実故の負い目か。桃色の頭が本当に恐縮して俯いてしまったので、さすがに少し反省して、“冗談だよ”と付け加えた。
「――で、もういいのか?」
「え?」
「もう満足したのか?」
「………?」
 状況が今度は飲み込めないらしいエステルに焦れったさを感じて、ようやくユーリは完全に理解した。認識した。ああ、なんてこった。自分は――、
「その……耳だよ!もう満足したってのか?もう付けなくていいのか?」
 どうやら自分は、エステルが猫耳を付けている姿を、もう一度見たくて仕方ないらしい。
「え、えっと、その……やっぱりこれはリタの物ですし……。勝手に使うのは……」
「さっきは付けてたじゃねえか。それに今はリタはいない」
 見たい。耳を付けたエステルが見たい。認めたら、余計に見たい。
「可愛いんだろ?」
「可愛い、です。このカチューシャが」
 可愛いのは、このカチューシャを付けたおまえが、だ。
「黙っといてやるよ」
「ううぅ……」
 付けてくれ。後一度でいいから付けてくれ。
「決めるのはエステルだ」
 頼むから、付けると言ってくれ――。
「……じゃ、じゃあ、ちょっとだけ、付けてもいいです……?」
「……いいんじゃないのか?」
 ガッツポーズをしてしまいそうになった。
 猫耳が遠慮がちに持ち上がる。
 黒い猫の耳が、エステルの桃色の頭の上に、ちょこんと乗った。
「……………」
 おずおずとこちらを見上げるエメラルドブルーの瞳。
 なんだ。一体なんなんだ。この可愛い生き物は。
 込み上げるものを必死に抑え込む。
 理性が今にも吹き飛びそうだ。
「どう、です……?」
 ――どうですも何もおまえ、
「い、いいんじゃないか?その……猫の耳が――」
 ――オレを殺す気か……!?
「あの……、ユーリ、何だか様子が……」
「な、え、オレがどうしたって――」
 ベッドの上の猫耳少女。こちらへにじり寄ってくる。まさかベッドの上を立って歩く訳にもいかず、四つ這いで。その仕草、まさしく猫そのもの。
「やっぱり、今日のユーリ、なんだか変です」
 来るな。
 動けない。
「どこか具合でも悪いんです?」
 至近距離から見上げられた。
「……!!」
 もう、駄目だ。
「エステル」
「はい?」
「…………行くか」
「え、え?行くって、どこへです?」
「リタには無くしたって言っとこうぜ」 もう何も聞こえない。何も考えられない。頭の中は猫耳、エステル、ただそれだけ。だがもう構うものか。
「え、え、あの……きゃ!ちょ、ユーリ?!」
 その戸惑った声さえユーリの脳をおかしくさせる。黒い猫の耳。まるで危ない薬のように感じながら、その後に確実に訪れる後悔には挑むところだと挑戦状すら叩き付けて、猫の少女をまんまと捕獲、その場を早々に後にしたのだった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

最終的にエローウェル兄貴に……!無意識でお誘いしてくる天然姫にはそれ相応の待遇でお迎えしないとですよね。

ゆずゆさま、むっつりどぎまぎ兄貴になったか不安な駄文ですが、どうか捧げさせてください。リクエスト、ありがとうございました!



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あきゅろす。
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