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10万小説
play truant purpose(セネル×クロエ)
【play truant purpose】


 時の流れはその人それぞれによって遅くも感じたり、早くも感じたりする。それは、楽しいと思えることをしている時にまさしく文字通り“時を忘れて”その事を楽しんでいたり、逆に嫌だと思っていることをしている時に早く終わって欲しいという渇望が時間の流れを遅く感じさせたり、といったことがそれにあたる。
 だから、彼女といた時間は彼にとっては“楽しい時間”と呼べるかは分からないが、出逢ってからここまで来るのにあっという間だったように思える。というのはもしかしたら、それまでに自分が身を置いていた境遇が、気の休まることのない怒涛の直中にいたせいで、それこそ息つく暇もない為にそう感じたからなのかもしれない。もっとも、こんなこと考えたのも初めてで、抽象的過ぎてよく分からない。もともと彼は考えを巡らせることを得意としていないし、脳みそを動かすよりは四肢を動かして行動を起こすタイプの少年だから、すぐに物思いから覚めるに至った。
 ――とは言ってもなぁ……。
 結局自分は、彼女と出逢ってそんなに時間も経っていないので旧知の仲ではないが、随分と彼女と時を共に過ごしてきたような“気がするだけ”であって、実際彼女のことなんて知り尽くした訳でもない。
 だから自分は彼女のことを意外とよく知らなかったのだ。
 それを今、ひしひしと痛感してしまう。
「まいったな……」
 思わずそう、セネルは口に出してしまっていた。
 そろそろ戻らないことには陽も暮れてきてしまう。だけど今すぐそう出来るかといえば躊躇してしまう自分がいるのもまた確かで。まさか手合わせをしにウェルテスから少し離れただけなのに、そんな不測の事態で野宿なんて馬鹿馬鹿しいし、彼女もそれを望まないだろう。
 それにしても、だ。
 少しここを離れただけなのに。少し目を離しただけなのに。
 ――寝ちまうやつがあるかよ……。
 セネルの視線の先には手合わせを申し出た少女剣士の姿があった。しかも、寝ていた。魔物も闊歩する街の郊外なのにも関わらず。休憩だと腰を下ろした階段滝の段部分でそれこそ座った姿勢のまま、頭を垂れさせて完全に寝入っていた。
 呆れかえったセネルの口からため息が漏れる。
 ――魔物に襲われでもしたらどうするんだ?
 とは言ってもクロエも一端の騎士。セネルが自らの背中を安心して預けることの出来る剣士だから、魔物が来ようとも気配で目覚めるだろうが……。
 ――じゃあ俺がここまで近付いても起きないって、どうなんだ?
 やっぱり、危ないかもしれない。
 起こそう。起こして帰ろう。そう思って声をかけても、何の反応も示さない。ぴくりとも動かない。
「おいクロエ」
 やはり何の反応もない。
 ――生きてる、よな……?
 しゃがみこんでその顔を見る。頭を垂れた顔は、まさしく寝顔で、セネルの胸の内に安堵が浮かび上がり、即座にそれは呆れに変わる。もう先に帰ってやろうか。そんな考えも、後々の彼女の報復を想像して却下した。
 肩を揺らせば起きるだろうか。セネルの手がクロエの肩へと伸び、そして触れる寸前で止まった。
 音が聴こえた。途端に今いる場所が、魔物がはびこる郊外だということも忘れ、セネルは様々な音を聴く。
 鳥の高いさえずり。風が枝葉を揺らす乾いた音。階段滝の涼やかな水音。そしてひどく穏やかな、寝息。
「………」
 それ以上に穏やかで無防備な、寝顔。
 寝ている時に意識のある人間などいるはずがないし、その時間はそれこそ“無意識”。楽しいだとか、苦しいだとか、何の表情も表れていない顔。
 なのに、こんなにも吸い寄せられてしまうのは何故なのだろう。
 肩で切りそろえられた艶やかな黒髪は、少女の顔を隠す。しゃがんでクロエの顔より下に目線があるセネルはそれを見つめる。鼓動が知らず早くなる。視線が、釘付けになる。
 前々から思っていたけど、やっぱり肌が白い。睫毛はこんなにも長かったか。頬は優しい薄紅色で。ああ、唇はこんなにも――。
「……っ!!?」
 ――俺は……一体何を考えているんだ?!
 視線を引き剥がす。慌てて考えていたことを忘れようとした。だけど、心臓はセネルを責めるかのように五月蝿く、未だにばくばくと鼓動を叩いている。“不埒者!”少女にそう言われているような気がした。
 ――っ、違う!!
 心の中で、何かに全力で言い訳をして、ぶんぶんとかぶりを振ると黒の手袋をはめた手がついに少女の無防備な肩を掴んだ。
「おい、クロエっ!」
 その瞬間――。
「うわぁあっ!!?」
 クロエの肩が大きくびくついて、文字通り“跳ね起き”た。
「え?あ、私は寝ていたのか……って、クーリッジ、何をしている?」
 立ち上がったクロエに見下ろされてセネルは、
「……別に」
 やはり同じように立ち上がって、少し顔を赤らめながら尻をはたいて砂を落とした。
「すまない、クーリッジ。寝入ってしまったようだ」
「クロエ、まだやるつもりか?」
 手首と足首を馴らして臨戦態勢に入る少女に、セネルは怪訝そうに訊ねる。誇り高きヴァレンスの騎士は、腰に提げた剣の柄に手をかけ、“無論だ”と答えた。が、その表情は無理をしているものだと、セネルにも容易に分かる。
 目が疲れている。その瞳にはいつものような強い光が宿ってはいるものの、疲労感のサインは瞼に表れている。というより、体力的に疲れているのだろう。だから、休憩で腰を下ろしただけなのに、寝入ってしまった訳で。
「さあ、やるぞ。クーリッジ」
 元々自分に厳しく、甘えるということを知らない、無茶が服を着て歩いているような少女だとは理解していたが、それをここまで無理をさせてしまった、ここまで彼女が疲れていたことに気付かなかった自分も情けないというか。
「……クロエ、今日はもうやめよう」
「何を言う。私ならまだ全然大丈夫――」
「こんな所で寝こけちまう奴が何言ってる」
「う……」
「帰るぞ。帰って寝ろよ、思う存分」
 言うと、少し不服そうなクロエの表情。
「……わかった」
 それでも結果的に承知してくれたのは、彼女自身にも分かっているのだろう。自分の今の体調、そして無理を押してその後どうなるかも。一つ、降参だとでも言うようなため息を、クロエは吐いた。
「そうだな……たまには思いっきり寝るのも悪くない」
 そう言って、クロエの精悍な顔があまりにも可愛いらしく清々しいほどの笑みを浮かべたので、セネルの脳裡に一瞬だけ、眠っていたクロエの顔がフラッシュバックして、それからその時に自分が考えていたことも胸の淵に去来してしまい、セネルの顔は火のブレスでも浴びたかのように熱くなった。
「?どうした、クーリッジ。顔が真っ赤だぞ?」
「な、何でもない」
「何でもないことがあるか!熱でもあるんじゃないのか?」
 至近距離まで近付いてくるクロエの顔。
「……っ!?何でもないって言ってるだろ!」
「な……っ?!」
 ああ、いつものやり取りだ。なんて思いながらも流れに任せるしかない。もとより自分は説明の上手い方ではないし、今までのこういったやり取りの中で顛末を説明したことなど一度としてない。いつもは面倒だからと流れに任せて逃げてしまうのも、今回ばかりは“面倒”以前の問題。口が裂けても言えない。
 ――クロエの寝顔があまりにも可愛いくてキスしたくなった、だなんて。
 死んでも言えない。
「何だ、その言い方!私はクーリッジの為を思って――」
「別にそんなこと頼んでないだろっ?この無鉄砲女!」
「なんだと?!無鉄砲は関係ないだろう!!」
 どれほど時間が経とうと、どれほどお互いを信頼していようと、結局の所お互いの分からないことは分かるまで分からないままな訳で。セネルがクロエの寝顔を可愛いと思ってしまったことを今回初めて知っても、クロエはセネルが自分の寝顔にそんな感想を抱いていることなど全く分からない。そのことが良いのか悪いのか。
 ――どっちでもいい、そんなこと。
 とりあえず、自分が思っている心の内容がクロエにバレないようにしよう。そう決意して、彼女の驟雨魔神剣ばりの言葉の攻撃を聞き流しながら、二人して街へと歩いていった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

セネルは全然起きないけど、クロエはどうなんだろうって考えた時に、やっぱり規則正しいんだろうなとは思いました。家が没落してがむしゃらに一人ぼっちで騎士になろうと頑張って、過敏までとはいかなくても、何だか夜明け前に起床して訓練してそうなイメージでした。

だからこそ、クロエの寝顔を見られるというのは貴重な時間というか。セネルの寝顔は見ようと思えば見られるんでしょうけど^^

かぼちゃさま、クロエの可愛い寝顔を想像しながら楽しんで書かせていただきました。相変わらず何やってんだ、あんた達、な駄文ですが、捧げさせていただきます。リクエストありがとうございました!



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