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10万小説
one-way traffic(ユーリ×エステル)
【one-way traffic】


 貴族は、嫌なやつだが、皇族は――……分からない。考えたこともない。と言うより、興味がない。それが、彼女との旅が始まって他者に献身的に接するのを見て、“ああ、貴族にもこんなやつがいるんだ”なんて認識を改めて(それでも腐ったやつもいるけれど)、彼女が貴族ではないと分かって、だけど彼女の何かが変わるわけでもなくて、ただ肩書きが皇族だったというだけで。もう一人の皇帝候補と並んだその様子はどこまでものほほんとしていて。
 つまり何が言いたいのかというと、
 “皇族は、暢気なやつら”だということだ。
 しかし、そんな見解など些細なことに過ぎない。そしてそれが問題なのだ。他者に対して献身的で、自分に対しては暢気――いや、鈍感とでも言うべきか。そんな彼女だからこそ、目が離せない訳であって――。
「……おまえが倒れちまったら世話ねえっての……」
 話しかけた相手からの返事はない。眠っている。心なしか生気の抜けた顔で、静かに眠り続ける。
 自分が止めなくてはならなかったのに。献身的で鈍感とは、言わば羽を休めることなく飛び続ける鳥のようなもの。もちろんそんな鳥などいるわけがないし、そんなことを続けていれば疲労で限界になった身体は否応なしに壊れてしまう。“無茶するな”なんて言っても聞かない強情なその性格。だから、倒れる前に止めてやらなければならないことぐらい、分かっていたはずだったのに。
 結局、倒れさせてしまった。
 暢気で一途で、とにかく無茶な少女。
 自分もそれなりに無茶だと言われてはきたが、この少女は恐らく同等――いや、それ以上。放っておけない病の重傷患者。
 どうして放っておけないのか。その理由は容易い。人を助けたいからだ。どうして助けたいのか。それは、この少女が優しいからだ。
 身を乗り出すと、安宿の木の椅子はぎしりと軋んだ音を立てた。ベッドに横たえられた少女を見つめる。昏々と、眠っている。
「馬鹿やろ……」
 困っている人を放っておけない少女。そんな少女を放っておけない自分。他人の為に身を粉にして走り回る少女の身を案じていたのが、徐々に目が離せなくなり、そしてそんな彼女の存在が自分の中で大きくなっていたのは――。
 一体いつからだろうか。
 “心配”ではない感情で彼女のことを見るようになったのは。
「エステル……」
 微動だにせず、眠る少女。疲れからか白さの際立つ顔色。それでも規則正しく上下する胸。
 知らず知らずの内に、手が伸びていた。“触れたい”そう、意識する前に脳は命令を送ってしまった。その指が、少女の白い頬に触れる寸前で、ぴたりと止まる。ユーリの目が驚きに見開かれる。
「何を……考えてんだ、オレは……」
 何の罪もない表情で少女は眠る。自分のそばに、自分の身を案じている一人の男がため息を吐いていることなど全くもって知る由もない少女が、ただ眠っている。
 ――おまえはほんと、暢気だよ。……人の気も知らねえで……。
 ぴたりと止まって、だらりと下げられたユーリの腕が再び持ち上がり、その指が狙い違わずエステルの頬に触れた。滑らかな感触を感じる前に弾力のある肌を押す。ぷにっとした、柔らかな頬。
「……ユーリ……?」
「よぅ。気分はどうだ?」
 頬をつついて眠りから呼び覚ましてしまったことには詫びの言葉を告げず、ユーリはエステルにそう声をかけた。するとエステルの目が信じられないものを見たかのように見開かれる。それを不思議に思う暇もなく、勢いよく跳ね起きたエステルが、あろうことか胸に飛び込んできた。
「ちょ……!?エステルおまえ何して……」
「ユーリが」
「は?」
「ユーリが、大怪我して死んでしまう夢を見ました……!」
 そう言ってぎゅうっと抱きしめてくる。その上治癒術まで発動させようというのか、術式が光とともにユーリの足下に展開した。
「おい、エステル!」
「!!」
「そりゃ夢の中の話だろ!オレなら、ほら。何ともなってねえよ。むしろ大丈夫じゃないのはおまえのほうだって」
「あ……」
 ようやく自分の状況を思い出したらしい。術式を解除させると、自分に言い聞かせるように小さな声で呟いた。
「わたし、倒れたんでした……」
 自分のことよりまず他人。起きてまず取った訳のわからない行動もユーリの為。思わず苦笑を浮かべてしまう。それが彼女らしいと言えばらしいのだが、心配する方の身にもなってほしいと思う。もっとも、無茶をしてしまうのも相手を“心配”しての行動なのだろうが。
「エステル?」
「あ、はい」
「何してんだ」
 心配の種はなくなったはずなのに、未だ束縛されたままの身体。胸元にしがみつく病み上がりの少女。そのあられもない格好が、容赦なくユーリの視覚に飛び込んでくる。
 倒れて運ばれた際に白い法衣の方は脱がされ、ピンクの内服だけを纏っている。ブーツやスラックスなどももちろん脱いでおり、跳ね起きた時にシーツがはがれ白い足を露わにさせている。ユーリの黒い服の背中部分をぎゅっと掴む手は、手袋を外していていつも以上の温かさを感じるように思える。
 普段の彼女とは様子が異なる為か、心臓はいつものように落ち着いたリズムで鼓動を繰り返してはくれない。
「えっと……本当に怖かったんです」
「夢が、か?」
「はい……だから」
 知らず、心臓の鼓動が早くなる。
「もう少しだけ、こうしてていいです……?」
 もはや断る理由もない。それで彼女の気が休まるのならそうさせてやればいい。だけど、それでは自分の何もかもが保たない、とも思う。
 先ほど“触れたい”と思った少女が、理由はなんであれこうして自分に抱きついている。それも、そうしていなければ不安なのだと言う。ならば、抱きしめてやればいいのではないか。思いっきり。何より彼女の為に。
 なのに、エステルの背中にある自分の手は、脳からの電気信号を遮断されたかのように空中で固定されたまま、その小さな背中に触れることはない。いや、信号は送られているのだ。“触れるな”と。触れればもう、自分を抑えられる自信がない。
 果たして自分はこれほど意気地のない人間だっただろうか。
 はあ、と大きなため息を一つ。それを勘違いして受け取ったエステルが、不安げにユーリの瞳を覗き込んだ。
「駄目、ですか?」
 その瞳のなんと真っ直ぐなこと。
「……本当に、人の気も知らねえで……」
「え?」
「いや……勝手にしな」
 そう言うと、ぱっと輝く端正な顔。“ありがとうございます!”と頭を押し付けてくる。甘い香りと柔らかな感触に、“抱きしめたい”などと再び浮上した欲望を、意識の底に叩き落とす。
「おまえって、本当暢気だよな」
「え?そうです?」
「そうだよ」
 皇族は暢気なやつらだ。そしてこの少女は暢気で無茶で、鈍感だ。いつか全てに気付いた時、一体どんな顔をするのだろう。見てみたい気もするが、今は、まだ――。
 そうしないのは、今は彼女の為。その暢気な表情をいつか崩してやることを胸に誓って、今は心地良過ぎる我慢比べに耐えることに決めた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

エステルの性格って難しいです。ヨーデルといるときはほわほわしてるし、物語が好きでロマンチストだし、困っている人を見つけると真っ直ぐだし、城から出て旅をするごとに発見して考えて考えて考えて……エステル個人を見つめるととても難しい人物像だなって思います。だからこそ、如何様にもなる人物なんじゃないかと。もっとエステリーゼ・シデス・ヒュラッセインを見つめていきたいです。

ゆずさま、ユーリを内心であたふたさせたら、とんでもなくヘタレになってしまった感が否めないんですが、ガスファロスト後やザウデ後のあたふた具合を想像しながら書かせて頂きました。リクエストに叶ってるか不安な駄文ですが、捧げさせてください…!リクエスト、ありがとうございました!



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