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10万小説
opening(ユーリ×エステル)
 思えばここが、新しい世界への入り口だったのだろう。
 初めてここを通った時は、自分が十八年暮らしていた城の地下にこんな通路があったことに驚き、そこに魔物が住み着いていることに嫌悪し、それが襲ってくることに恐怖を感じた。それなのに、今の自分はそれら全てを何でもないかのように受け止め、場に不釣り合いなドレス姿で通路を先へと進んでいく。気持ちの慣れというものは本当にすごいというか何というか。
 そんなことを考えながら、エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインは何の迷いもない動きで梯子を登る。足を一段一段かける度にブルーのドレスの裾が柔らかくひらひらと揺れる。およそ一国の副帝である立場から考えられない今の状況。城の地下通路を進み、こっそりと城から抜け出す姫君が一人。
 最後の一段に手をかけた時、何だか良い予感というか嫌な予感というか、何かを感じた。それが何なのか分からないまま、通路の出口から顔を出す。
「……ったく。とんだじゃじゃ馬姫だな、ほんとに」
 太陽の光を頭のてっぺんから浴びたその顔は逆光になっていて、暗い地下通路を出たばかりのエステリーゼには見えないが、低く心地良い声とシルエットでそこにいた人物を認め、エステリーゼの顔がぱっと華やいだ。
「ユーリ!どうして――」
 “ここが分かったんです?”そう訊こうとしたところで答えが耳に飛び込んできた。
「エステリーゼ様ぁ〜〜!」
「どこにいらっしゃるであ〜るかぁ?!」
 自分を呼ぶ、どこか間の抜けた声。なるほど。エステリーゼが消えたことがもうバレて、捜索が開始されているらしい。
 声のする方をちらりと見やり、“な?”と彼は一言。依然出口から顔だけをひょっこりと覗かせていたエステリーゼの眼前に、手の平が差し出された。
「そんじゃ、行くとしますか。“お姫様”?」
 きょとんとなったエステリーゼの顔にゆっくりと笑みが広がり、
「はいっ!」
 満面にそれを湛えると、手を取った。


【opening】


「大人しく待ってりゃいいものを。相変わらず無茶ばっかしやがって」
 隣りを走る溜め息混じりの声に、エステルは同じように走りながら応える。
「だって、それだとユーリばかりが悪者扱いになってしまうじゃないですか!そんなの駄目です!」
「“悪者”、ね。今さら悪者以外のもんになれるとは思えねーけどな、オレは」
「そんなことないです!それに――」
「それに?」
「あ……、えっと……」
 “あなたに早く逢いたくて気付いたらお部屋から飛び出してました”などと言えるはずもなく、しかし顔が熱くなっていくのを隠しきることも出来ずにエステルは誤魔化しどころを探した。
「あっ!もうすぐ城門ですよ!」
 そのあからさまな弾んだ声に、隣りでユーリが“ま、いーけど”と呟いたのに気付かないまま、城門へと向かう足を急がせる。
 茂みに身を隠し、衛兵へとユーリが小石を一閃させると間抜けな声をあげて卒倒してしまう。その隙を狙って二人は駆け出した。
「仮にも栄えある帝都ザーフィアスの城門を守る衛兵が、こんなんでいいのかね……」
 確かにと思いながらも、これほど警備が手薄なのはもしかするとフレンの手回しもあるのかもしれないが。ともかくのびている騎士に心の中で“ごめんなさい”と謝りつつ、エステルはドレスの裾を翻して城門を抜けようと地面を蹴った。
「あっ!?」
 動きやすい白の法衣でなく、ドレスで出てきてしまったことがあだとなる。
「なんだ?どうした!」
 ドレスの裾は、見事に門の装飾部の金属に引っ掛かり、絡まってしまっていた。
「ユーリ、取れません……!」
 気持ちの焦りも相まって、どの布をどう動かそうとも取れる気配がせず逆にどんどん複雑に絡みついてゆく。
「無理やり引っ張ったら――破れちまうか……」
 混乱していく脳裏に去来するのは激しい後悔。本当に、何故彼の言う通り彼の来るまで待てなかったのか。何故ドレス姿で来てしまったのか。そんな思いでドレスを引っ張ろうにも、金属はエステルを責めているかのように離してはくれないし、事が何か一つでも解決するわけでもない。
 ただ、今出来ることは、そして今の自分の気持ちは――。
「見つけたであ〜るっ!」
「ユーリ・ローウェル!大人しくエステリーゼ様を返すのだ〜!」
「おいおい……あんな奴らに捕まるなんて、シャレになんねえぞ」
 依然エステルのドレスを食い込ませたままの装飾部を真っ直ぐに見据えたユーリが剣を抜いたのと、エステルがそのドレスの裾を渾身の力で引っ張ったのが、同時だった。
 まさにその場の空気を切り裂いたような、嫌な音がした。

 街を少し離れたところで、周囲に魔物の気配がないことを確認すると木々の木陰でユーリがふと走っていた足を緩めた。それに合わせたかのように、エステルの膝ががくりと折れ、その場に座りこんでしまう。
 ユーリの目が、エステルのドレスをじっと見つめた。
 ザーフィアス城門の装飾部分に引っ掛け、絡まったのをエステルが思い切り引っ張り、無残にも裂かれてしまった高級な布。
「……おまえ、そんなびりびりに破いちまっていいのかよ。そんだけで下町の奴らの税金がしばらく分はもつぐらいの布じゃねえのか?」
 “びりびり”という擬音がまさにぴったりなくらい、エステルのドレスは“びりびり”だった。裂けた部分は裾だけにとどまらず、エステルの腿辺りにまで及び、その白い脚を露わにしてしまっている。
 加えてユーリのその言葉。今日だけで一体何度溜め息を吐かせてしまっただろうか。
「う……っ」
「……!?」
 驚いたような、怯んだようなユーリの顔がゆらゆらと水面のように揺れた。
「エステル、泣くなって」
 困ったようなユーリの表情。エステルは顔を両手で覆った。地下通路から出た時はあんなにわくわくとした気持ちだったのに。一体何をどう間違って、こうなってしまったのか。
「そんな布なんて城にゃ腐るほどあんだろ?」
「違いますっ、違うんです……っ!」
「エステル……」
「わ、わたしはただ、ユーリと一緒にいたいだけなのにっ、誰も困らせたくなんてないのにっ、ユーリには呆れられてしまうし、こんなにはしたない格好……っ!どうして……」
 かすかな風を感じた。隣りに彼が腰を下ろしたのだと分かる。分かっている。ここで足を止めたのも、腰を下ろしたのも、全ては“こんな状態”のエステルの為。“とりあえず落ち着け”。そんな彼の、エステルを思っての行動。
「いいんじゃねえか?」
「……え?」
「お姫様がさらわれるってのに、穏便に済む方が難しいだろ。それに――」
「……それに?」
 涙で濡れた目で見たユーリが、悪戯っぽくにやりと笑った。
「エステルが脚出してるのも、それはそれで良いとオレは思うけどな」
「っ!!」
 急いで隠したところでもう遅い。熱く火照った頬を膨らませると、どこ吹く風といった様子の青年。
 本当にこの人は。
 本当にこの人だけは。
 何故こんなにも楽しく、嬉しく、そして何より優しいのだろう。どれだけ感謝しても、どれだけ想っても、底が知れない。いつだって新鮮で、エステルの大切な“世界”。
 今の自分。ザーフィアスの副帝なのに、こんな場所でびりびりに破れたドレスで座り込んでいる自分。そんな状況なのに、彼といるだけで涙に濡れた表情も笑顔になる。
「ユーリ」
「ん?」
「さらってくれて、ありがとうございます」
「半分はそうだが……半分は“家出”なんじゃねえか?エステルの」
「ふふっ。そうですね」
 だから無性に一緒にいたい。それだけで、エステルの世界は無限に広がるのだから。
「さ、まずはその格好なんとかしようぜ。ま、オレは別に今のままでもいーけど」
「い、嫌ですっ!」
 彼の手は、新しい世界への扉。触れた自分の手が感じたのは愛しい温もり。ぎゅっと握ってくれたその大きな手を離さないよう、エステルも大切に握り返した。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

時々でもまた再びユーリとエステルが会うことがあるのなら、デコボコと逃走劇を繰り広げてたらいい。きっとエステルがユーリに会いに行くと言ったり、ユーリを招くと一言言うだけで許しが得られるとは思うけど、ユーリがそういう会い方を好んでいないだろうな、というのが勝手な想像です。ひょっこりとやってきて、一騒ぎ起こして、ふらっと去っていく。下町でエステルと一緒にルブラン達から逃げてく時の楽しそうな感じが、ユーリの楽しみなんだろうな、って思います。

久羽さま、ほのぼのになってるかどうか不安ですが、こんな感じのユリエスになりました……!何でもないかのように普通に手を繋ぐ二人を妄想しながら書かせていただきました^^駄文ですが、捧げさせていただきます。リクエストありがとうございました!



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