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10万小説
mountain of be in bloom(シン×ルナマリア)

 妹のことは、甘え上手だと思う。それも、自他共に認める。実際ルナマリア自身もつい甘やかしてしまう節はある。例えば、二人して買い出しに出掛けた時の“お姉ちゃん、これも買って?”や、危かった戦闘の後の子どものように抱きついてくる様などは、ルナマリアも半眼になることは多いが、結局のところ“あんたって子は……”と溜め息のような笑みを漏らして受け入れてしまう。“仕方ないわね”いつもそこへ行き着くのだ。思えば昔からそんな風だったように思う。
 それでは、自分はというと――。


【mountain of be in bloom】


「く……っ!」
 届きそうで届かない。だけど、台を持ってくるまでもない。そんな高さ。軍靴で精一杯の爪先立ちをし、震える指先を一冊のファイルへと伸ばす。喉の奥から絞り出すような息が漏れた。
 取れる。
 そう思った瞬間、対象物がいともあっさりと動いた。
「ほら。これ、取りたかったんだろ?」
 何か違和感のある光景だった。しかしそれが何なのかは分からない。ファイルを手にした少年の姿がそこにあった。この少年の事だ。何の他意も思惑もなくただルナマリアが届かないから取ってやった、そんな感じだとは思うが、それでもルナマリアはムッとした表情を浮かべてしまう。
「なんだよ。せっかく取ってやったのに」
「別に――」
 “取ってなんて誰も頼んでない。”そんな言葉が口をついて出そうになって、不本意だったにしても自分の為に取ってくれたという事実にすんでのところで口をつぐんだ。
「……あり、がとう」
「あ、うん……」
 それで納得したのかしていないのか、彼の顔に少し拍子抜けをしたような表情が浮かんだ。
「シンがここに来るなんて珍しいね」
 感じていた違和感はきっとそれだろう。似つかわしくない場所に彼がいる事実。そうだと納得してルナマリアは心外だとでもいいたげな彼の目から視線を外した。
「ちょっと確認しときたいデータがあって……って、何、まだいるのかよ?」
「そうよ」
 目線と指先は目的の二冊目へ。さっきの一冊目の隣り。取れない高さではない。決して。
「退けよ。取ってやるから」
「いらないわよ。取れる」
 至近距離から聞こえる声に違和感を感じた。ちらりと横を盗み見る。ルナマリアのすぐ近くにシンの顔があった。怒ったような顔で見下ろしている。
 ――シンってば、伸びた……?
 確証はないが、何だかそんな気がして、それがひどく悔しくて、ルナマリアは躍起になって腕を伸ばした。
「おまえ、無茶だって。退けってば――」
 ただでさえ爪先立ちで安定が悪いところへ肩を掴まされてぐいと引っ張られればどうなるか。
「うわっ!?」
「あ……!」
 それに気付いたシンが、違う意味で腕を伸ばす。ファイルの端を引っ掛けたルナマリアの指が、何冊か一気に道連れにしてしまった。
「………っ!!」
 バランスを失った腰が床に触れた後、ファイルの雨を一身に受けた。顔に降ってこなかったのが不幸中の幸いで、ただ、予想外だったのは、ルナマリアの体の下にシンの体がある、ということだった。
「ごめん、ルナ……大丈夫――」
 その声もルナマリアには届かない。
 シンの体の上にあるルナマリアの体。近すぎる二人の距離。“なんか嫌だ。”“なんか変。”感じる違和感は最大に。その瞬間、ようやくルナマリアは、その正体に気付いた。
 自分たちがまだ幼い子どもだった頃。父や母に甘えることの多かった妹。それを、妹だからと幼心に割り切っていながらも、それでもどこか眩しいものを見る思いだったように、今は感じる。そして、いつか母親が妹にするように抱きしめてくれた時、こそばゆいような照れくさいような気持ちになった。“やめてよ”そんなことも言ったような気がする。それだったのだと、ようやく気付く。
「シン……、大丈夫?」
「……だ、大丈夫……ってか、ルナこそ――」
 その瞬間違和感など忘れて、ルナマリアはシンの首もとに抱きついていた。
 どうしてこの子は。
 本当にこの子は。
 無意識だった。言葉にならないそんな思いがこみ上げて、言葉に出来なくて、思いきり抱きしめてしまった。
「ルナ……?」
「あんたって子は……」
 全く意味合いの違う言葉だが、そう言うことしか出来ない、現在。
「ごめん……ううん、ありがとう」
 そう言うと、抱きつかれたままの体勢で身動きの取れないだろう少年の、“え、あ、うん”という何とも頼りない返事が耳元で聞こえた。
 それが何とも嬉しくて、それが何とも愛しくて、固く、固くしがみついてしまう。
「え、……っと、あの……」
「………」
「……ルナ……?」
「………」
「そろそろ退いて――」
「………嫌だ」
「は?」
「ここがいい。ここにいたい。ずっと、こうしていたい」
「は?え、ちょ……何言って――うわっ!?」
 二人分の体重を支えていたシンの両腕ががくりと折れ、ついに二人して床へと倒れてしまう。ルナマリアはうつ伏せの体勢に、シンはルナマリアの下で仰向けの体勢に。
「ル、ルナマリア……、な、な、な、何して……」
「シンがどうしても退けって言うなら退くけど」
「な、あ……ええっ?!」
 結局自分は、幼い頃からずっと、それを望んでいたのだ。父や母に甘える妹を端から見つめながら。抱きついてくる妹に溜め息を吐きながら。
 あたしだって、あたしにだって。
 ずっと欲しかった。
 ただ、その時は分からなかった。そうすることの心地よさを。そうされることの素晴らしさを。今になって思う。それ以上に、そうしても良い人間が周りに居なかったこともまた、その要因。
 だけど今は――。
「もうちょっとだけ……もうちょっとだけでいいから――あっ?」
 それまでさ迷っていたシンの手がルナマリアの背中に回され、ぎゅっと赤い軍服を掴んだ。それから、長い長い溜め息。
「……ちょっとだけ、だから」
「うん……」
 違和感なんて、もう何も感じなかった。感じているのは彼の、シンの体温、匂い。ただひたすら、心地良いということ。ずっとこうしてみたかった。ずっと、こうされたかった。それが叶ったということ、今こうしていられることに少しの照れくささと幸福感を感じる。
 ――たまには、良いよね……?
 そう納得すると、少年の顔をじっと見つめた。
「な、何……?」
 この少年も、かつては妹に甘えられたり、甘やかしたりしていたのだろうか。いや、もしかしたら逆に甘えていたのかもしれない。その姿を想像したら、何だか可笑しくてルナマリアは肩を震わせてしまう。
「何だよ。何笑ってんだよ」
「別に。しあわせだなって思って」
「はあ?訳分かんね……」
 首もとに抱きついて頬を合わせる。その温もりが、背中を撫でる優しい手が、全てが嬉しくて、“甘えんぼ”も悪くない。そう思った自分に少し驚きを感じながら、ずっと欲しかった温もりにようやく全身を預けた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

ルナマリアはすごくしっかりしたイメージが強くて、それはアカデミー時代のシンやレイとの絡みや、メイリンの甘えんぼのイメージが強いからだとは思いますが、そんなルナマリアが甘えられる場所を探していたらいいなと思います。それがシンだと、シンをずっと探してたらいい。

影月さま、ルナマリアを甘えさせようと思ったら、こんな感じになってしまいました…!シンはあの赤くなった顔を想像しながら書かせていただきました。駄文ですが、捧げさせていただきます。リクエストありがとうございました!



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