10万小説
invisible present(シン×ルナマリア)
【invisible present】
シンに花をもらった。簡潔に、シンプルに、ただ少しぶっきらぼうに、“やるよ”と。その時それがあまりに唐突できょとんとしてしまったが、シンが怪訝そうに“ルナ、花嫌いだっけ”と聞くものだから、“ありがとう”と言って受け取ったのだ。実を言うと、基本的に花は好きでも嫌いでもなかったのだが。
一人になってまじまじとその花を見る。あのシンが珍しいこともあるものだと思い、ふと何気なしにウィンドウに目をやった時に、ルナマリアはあることに気付いた。
――そうか、今日って……!
二月十四日。
それを認識した瞬間にルナマリアの脳裏に先ほどのぶっきらぼうなシンの姿が思い起こされ、その口元はゆるゆると緩んでいく。
もらった花をまじまじと見る。ただ一輪の、造花の花。名前も何て花なのか分からない。贈り物としてはいささか素っ気なさすぎる気もするが、そこが彼らしいというか何というか。それにこの花の色がルナマリアの好きな色だったので、それきりルナマリアはこの造花をとても気に入ってしまった。
――お返しは……何がいいのかな。
少々気が早い気もするが、何だか今すぐにでも彼に何かしてあげたくて仕方ない。彼の喜ぶ顔を見たくて仕方がない。
たかだか造花を一輪もらっただけでこんな気持ちになるなんて、自分のなんと単純なこと。そう思うと顔が熱くなるのも否めないが、やはり気持ちが高揚してしまうのも止められない。
――そうだ、確かオーブじゃあ……。
何もひと月も待たなくてもいますぐ彼にしてあげられることがある。
いつか読んだ妹のファッション雑誌。それに書いてあった地球の文化についての記事。その時は何の興味もなくて妹の強引な勧めにも鬱陶しさすら感じながら、さらっと目を通しただけだったが。今になってそれが役にたつなんて皮肉な話だ。
オーブでは二月十四日には、女性が男性に贈り物をするのだという。それも、確かチョコレートの菓子を。
チョコレートなんてサバイバル時の栄養補給食品なのに、それを菓子になんて出来るのだろうか。
「食堂の人に聞けば分かるかしら。分かるよね、栄養士だもんね」
考えていても仕方がない。知らないことは知っている者に訊く。すなわち考えるよりもまず行動。
何より、この想いの為に。
――ここじゃ手に入らないならあたしが作る!
そう固く決意して、ルナマリアは自室を後にした。
それが三時間前。
「ルナ、何してんの。こんなとこで」
何からどう片付けていいのか分からない。問題はたったの二つ。チョコレートの菓子が全く上手くいかなかった点と、シン・アスカに見つかってしまった点。
知らないふりをすれば気付かずに行ってくれるかも、という淡い期待も虚しく、結局シンは厨房の中へ侵入しルナマリアの目の前にいる。
「何、なんか作ってんのかよ。ってか、何でまた……」
彼の視線の先には三時間の奮闘も虚しく溶けきらずにボウルに固まった、もっちりとしたチョコレートの塊。簡単そうだからと栄養士を追い返してしまったが為の自分の浅薄さのまさに表れ。
恥ずかしくすぎて泣きたくなってくる。お願いだから放っておいて。気にしないでどこかに行って。どんなに困った目で訴えてみても、目の前の不思議そうな赤い瞳からは逃れられそうにない。
「……ほら、あんた花くれたじゃない。だから、その……お返しっていうわけじゃないけど……オーブじゃ貰う方なんでしょ?今日って――」
自分で何を言っているのか分からない。何だかもう散々で、全部が台無しだ。そんな自分が恥ずかしくて、それを見る彼が今ここにいることも辛くて、ルナマリアは俯いた顔を僅かに上げてこっそりとシンの顔を盗み見た。
「………?」
信じられない顔がそこにあった。
「は?……え?花、って今日……あ!」
「……シン?」
「や、あれそういうんじゃなくてさ、あー……、そういのもあるかもしれないんだけど……外に買い出しに行った店でたまたま貰ったやつで……」
何だそれ。
何だ、それ。
「花なんかおれが持ってても仕方ないし、あげる奴って言ってもルナぐらいしか思いつかなくて」
何ということだ。
つまり、今日が二月十四日だからとか関係なく、ただの自分の勘違い。
今までの自分の浮かれようは。この有り様は。自分の三時間は。
「何よ……それぇ……」
どうしようもなく自分が恥ずかしくて、恥ずかしさに押しつぶされてしまいそうで、どうすればそれから逃れられるのか分からない。そうだ自分が馬鹿だったのだ。この少年に“そんな事”が出来る器用さなどないことを、誰より自分が知っているはずなのに。誰よりも何よりも自分が馬鹿だ。
「……っていうか、ルナこれ……」
「っ!違う!そんなんじゃないわよ!」
「でも“オーブじゃ”って……それに今日……」
「違うってば――!!?」
半ばやけくそになった脳が感覚として認めたのは、あまりにも突然すぎる窮屈感。さっきまで目の前に立っていた少年にルナマリアは抱きすくめられていた。
「なに……するのよ」
「いいから」
あっさりと何でもないことのように言われてしまうと、もう何も言えない。そのままずるずると二人してその場に座り込んでしまう。その際に肘をボウルにひっかけてしまい、どうすることも出来ずに床に落としてしまった。派手な金属音。そっと目を開けると、中身はぶちまけられずにボウルにへばりついたままだった。その皮肉な結果も何だか癪で、ルナマリアは口を尖らせる。
「あんた……これ、三時間かかって作ったんだけど……」
「ごめん。でも、今はルナを抱きしめたい」
「あんたね……」
きっぱりと告げた少年は、その言葉のままルナマリアを抱きしめる腕にぎゅっと力を込める。その温もりも、嬉しいような、虚しいような。
「……ルナ」
ルナマリアの青い瞳は床に転がったボウルを見つめる。
「こっち向けって、ルナ」
自分は一体何をしているのだろう。プレゼントするはずだったものは寂しく床に転がり、プレゼントするはずだった人に何故か抱きしめられ。三時間前はこうなることを望んだかもしれないが、今は――。
のろのろと顔を上げる。幼い面影を残した端正な顔が、赤い瞳がすぐ近くにあった。
「おれにプレゼントしてくれようとしたんだろ?くれよ」
「くれって……これよ?」
「いいから。くれよ」
言うなり手首を掴まれ、ボウルの中のチョコレートを指先がすくう。そのまま抵抗する間もなく、シンの口の中へ。綺麗に舐められてから指を引き抜かれると、ぞくりと肌が泡だったような気がした。
「……甘」
「な、な、何――」
「美味いよ。これ」
「美味いって、味付けはあたしじゃないし」
「ほんとだって。疲れがとれる。ルナも食べてみたら?」
あたしはいい、そう言おうとした言葉ごと、ルナマリアの唇に押し当てられた柔らかな感触に遮られた。同時に、思考も。何もかも。
「ん……っ」
深い、深い口付けがルナマリアにもたらしたのは脳を、全身を満たす熱とチョコレートの甘さ。とろけてしまいそうになる。
――あれだけ頑張って溶けなかったのに。
とろとろに溶けたのはチョコレート?あたし?何だっけ――。
「疲れとれた?」
「そんなの……っ、とれるに決まってるじゃない……っ!」
熱い顔で睨めば、何故怒るのだと言わんばかりのきょとんとした彼の顔。
可愛すぎる。
思えば今日は、彼のマイペースに振り回されてばかりだ。花をやりたいから、やる。抱きしめたいから、抱きしめる。それにいちいち振り回される自分。
だけど。
それを悪くないと思う自分がいる。良くも悪くもそれがシンで、自分はそんな彼に振り回されつつも色んなことに一喜一憂して、そしていつでも最後は、“愛しい”と思うのだ。
「……お返し、するから」
今回はどうやら失敗。それでもリベンジを固く誓い赤い瞳を見つめると、彼は分かっているのかいないのか、うん、と一つ頷いた。
そういうわけで、今日は二月十四日。プラントの習わしに従って彼の無意識のプレゼントを有り難く戴いておこうと、彼の腕の中で彼の胸にぎゅっと頭を押し付けた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
バレンタインデーの風習がプラントじゃどうなってるのか分かりませんが、欧米だと男性が女性に花などの贈り物をすると小耳に挟んでプラントは欧米寄りなのかな、とそんな感じになりました。オーブは日本ぽいイメージなので。シンはバレンタインとか知ってそうな感じです。マユちゃんから貰ってそう^^例のクッキーの件で。
七瀬さま、厨房で一体何を……な軍人が二名ですが、甘い感じになっているでしょうか…このような駄文ですが、捧げさせて下さい…!リクエストありがとうございました!
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