[携帯モード] [URL送信]

第二回作品
HAL様

【対象物の比較検証事例】




対になるもの──。


「好きですよ」
言葉の主は、変わらずに手元の本に書かれた文字を、眸で追っていた。
何気無い様に出された言葉は、少女の心を揺り動かす。
対面に座る相手は、いつも何食わぬ顔で、彼女を掻き回してきた。笑顔を浮かべながら言われる台詞に、アニスは溜め息を飲み込む。
テーブルに置かれた目の前のクリームパフェは、意外にもジェイドの手作り。彼曰く「頭脳労働には糖分は欠かせない」との事。
窓に打ち付ける水滴は、少しだけ強さを増したかもしれない。バラバラと音を立てながら、雨は激しくなった。
スプーンでクリームを掬うと、口に運ぶ。ソファの背凭れにだらしなく体を預け、アニスは睨み付ける視線を相手に送った。
当の本人はソファで足を組み、貼り付けた笑みをするだけ。
「何でもなく、サラリと言いますよねぇ…」
「そうですか?」
「…そうですよぉ」
トロリと、クリームが溶ける。フルーツを侵食するそれを、アニスはスプーンに乗せた。何食わぬを装いつつ、フルーツを口に運ぶ。
演技は慣れている。だが、目の前に座る軍人は、パーティ一の知恵者。思考回路は、凡人の遥か雲の上だろう。
どんな魔物でも──それこそ、世界を混乱に陥れようとする主席総長と比べても、死霊使いと呼ばれる彼と戦うよりは、楽かもしれない。
勿論、物の例えであるが。
本のページが一枚、捲られた。


ローテーブルに置かれた白磁のカップに、香りの良い珈琲。
対面の様に置かれたガラスの器には、半分まで減ったパフェ。
文字を追い続ける赤い眸は、一向に離れる事は無い。知識を吸収する事に莫大な労力を強いるが、彼はそれを難無くやり遂げる。
天才は、化け物と変わらない。
「おや。私は人間ですよ?」
「何がですかぁ?」
「アニス、私を化け物呼ばわりしないで下さいね」
「…私、口に出してました?」
「いいえ」
貼り付けた笑みだけを見せる彼に、何度罵ろうと思ったか。きっと、両手の指では足りない筈だ。
「何となくです」
「…そっちの方が怖いですよぉ」
細いフレームの眼鏡を少し持ち上げ、位置を戻す。
会話をしている時、本を読んでいる時。随所で見られる、相手の仕草。
本人の話では、眼鏡に度は入っていないらしく。視力自体は、問題は無い。
ガラスの器に入ったパフェを、一つ掬う。
アニスとて、私軍ではあるが軍隊に属している。それでも、軍人である前に少女だ。何より、恋に夢を見たい年頃でもある。
問題があるとすれば、何か。
窓に打ち付ける水滴は、弱くなり始めた。
「ねぇ、大佐?」
「何です?」
「親子ほど、年が離れてますよねぇ?」
「そうですね」
「私、神託の盾騎士団所属ですよ?奏長ですし…」
「えぇ。私は、マルクト帝国所属です。大佐ですね」
問題提示とは言わないが、アニス自身が気になる事を上げて行く。
「両親が借金してますよ?」
「知ってます」
ページが一枚捲られる。赤い眸は、追い続けた。
「背が小さいんですよ〜」
「小柄ですね」
パフェは、順調に減っていく。シリアルとクリームが、口の中で混ぜられた。
「癖っ毛で…雨の日なんて、なかなか纏まらないんですよぉ?」
「綿菓子みたいで可愛いと思いますが?」
外の様子を知る為の窓は、水滴だけを残す。空はまだ、雲に覆われたままだ。
「胸だって小さいし…」
「形は良いでしょ?」
赤い眸は揺るぎ無く文字を追い、視線はけして合う事は無い。
諦めに近い感情を知らなかった振りをし、蓋で押し込める。言った所で、相手は何一つとしてダメージを負うことは無いだろう。
例えば、アニスがジェイドを「好きでは無い」と言っても、いつもの貼り付けた笑顔で「そうですか」と、返されるのがオチだ。
残念な事に、彼と彼女の思考は近い分。そういった事も、容易に想像出来てしまう。
厄介だと言えば、それまでだ。
底の見え始めたガラスの器は、パフェが残り少ない証拠。
相手の手元の本は、ようやく半分だろうか。珈琲は、手を着けられてはいない。
「大佐」
「はい」
「私、大佐の事。好きじゃないです…」
最後のパフェを器から掬い、口に入れた。反応が気になり、視線のみをジェイドに向ける。
彼は、何も変わらず。組んでいた足をそのままに、視線は本の文字を読み込んで行く。
カラン──と、アニスはスプーンを器に入れる。
溜め息を吐きたくなる衝動を抑え、首を外へ向けた。
「嘘はいけませんね」
軽い音を立て、本は閉じられる。一切、手を着けていなかったカップを取ると、冷めた珈琲を一口含んだ。
「嘘なんて──」
「言ってない──ですか。では、アニス。なら貴女はなぜ、その様に泣きそうな顔をしているのです?」
「え?」
穏やかと言った表現が、一番当て嵌まるかもしれない。普段では考えられない優しい笑顔をした彼が、窓へ指を差した。
うっすらと浮かぶ少女の表情は、泣き出す寸前。
別にジェイドとて、相手の思考を全て読み取れる訳では無い。それなりに間違う事もある。
彼とて、人間なのだ。
化け物では無い。
そうだとしても、今のアニスの表情を理解出来ないほど、彼は愚かでは無かった。
「私を本当に好きでは無いなら、その言葉は真実として受け取ります」
カップに残った珈琲を煽ると、膝に置いていた本を脇に寄せ立ち上がる。
対面に置かれたガラスの器を取ると、扉へ向かう。
「ですが、本当の感情を押し殺して嘘を吐いても、意味はありません」
代わりのココアでも持って来ますか──と、ドアノブに手を掛けた。
表情と感情は正直で、言葉のみが嘘を吐く。
知られていたなら。
知っているのなら。
「…大佐。訂正します。私、大佐が好きですよ」
「花丸を上げましょう。あと、知っていましたけどね」
部屋の扉は閉められた。
「花丸よりも、くれるならガルドが良いのに…」
呟いた少女の表情は、明るく楽しそうなもの。
窓に着いた水滴は、ゆっくりと下へ落ちていく。千切れた薄暗い雲から、太陽の光が差し込んだ。
「ずっと好きだよ。ジェイド」
窓に映る少女は、綺麗に笑う。


対になったもの──。














〜fin〜

お互いを想うには充分。





本当に申し訳ありません。
参加表明が遅かった上に、提出がギリギリだなんて…。
でも、参加して良かったです!
どうしようか、悩んでいたのでw

有難うございました。







[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!