第二回作品
来実様
※ED後 恋人設定。二人の年齢は読み手の方にお任せ。
【The saving grace of God】
「ん、……?」
深夜。ふと目を覚ましたジェイドは、隣の寝台で眠っていたはずの少女がいない事に気づいた。眠気を振り払うと、辺りを見渡してみる。
目に入ったのは、バルコニーに続くガラス戸。寝る前に確かに閉めたはずの戸が、微かに開いている。
ジェイドは薄い上掛けを羽織ると、ガラスの戸に手をかけた。
「アニス」
毛布にくるまってバルコニーの真ん中に座り込んでいたアニスは、ジェイドの声に、ゆっくり振り返った。
「大佐」
アニスは、ジェイドを見てふんわり微笑む。
毛布からのぞく彼女の顔が月の光に照らされて、なんだか妙に美しく、儚げだった。
「こんな夜中にどうしたんです?夜は冷え込みます。風邪をひきますよ」
「ごめんなさい。ちょっと、月が綺麗だったから」
随分アニスらしくない台詞だ、とジェイドは思ったが、口にだしたらいつもの皮肉と応酬に発展する事は目に見えたので口をつぐんだ。それはそれで楽しいだろうが、この静かな夜にわざわざ騒ぎ立てる事もあるまい。
「…月、ですか。確かに見事な満月ですね」
ジェイドは月を見上げたら、ふいに夜風の冷たさを感じて顔をしかめた。それに気づいたアニスが、声をかける。
「…大佐、そのまんまじゃ大佐が風邪ひいちゃいますよぅ。こっち来て座って下さい。」
言われるままにアニスの隣に腰を下ろすと、肩に温もりを感じた。アニスが、自分の毛布を半分かけたのだ。二人で一枚の毛布に包まる形になったのだが、如何せん。30センチ――もとい、20センチの身長差は、上手くその態勢を保たせてはくれない。恋人の華奢な肩から、毛布がずり落ちる。
「…アニス、やっぱり遠慮しますよ。これでは貴女が…」
「いいんです!私は平気。」
「私は平気じゃありません。貴女をこんな寒いままにしておくなんて」
「大丈夫だって…ひゃあっ!?」
ふいに、アニスの身体が持ち上がる。その一瞬後、アニスはジェイドの腕の中にいた。後ろから抱きしめられる形で、すっぽりと彼の腕の中に収まっている。
「これなら、貴女も寒くはない。名案でしょ?」
珍しく、まるで悪戯に成功した子供みたいな笑顔を見せた恋人に、アニスは柔らかく溜息をついた。
「もう、その顔は反則ですよぉ」
「その顔?一体どの顔の事でしょう」
「白々しいんだから。せっかくアニスちゃんがシリアスに物思いに耽ってたのに、台なしじゃないですかぁ」
くすくすと笑うジェイドに、アニスはぷぅと膨れてみせた。
「物思い…ねぇ」
「はい。月をみてたらちょっと…」
口をつぐんだアニスに、ジェイドが続ける。
「…“彼”を思いだした、ですか?」
「!!」
「図星ですね」
アニスは申し訳なさそうに視線を逸らすと、ごめんなさい、と呟いた。
「…何を謝っているんです。貴女が謝る理由なんてどこにも有りませんよ」
「だって私…!」
振り向いて言葉を発しようとしたアニスの唇を、ジェイドのそれがふさいだ。恐らく、続く言葉が“他の男の人の事を考えていたんだよ?”であろうことも知った上で。それは、彼の中に燻ぶる嫉妬心の具現。
「…んっ……」
ジェイドはゆっくりと唇を離すと、口を開いた。
「…私にそれを止める権利は有りませんからね。それに…貴女に彼を忘れろというのは、無理な話でしょう」
「でも…っ!」
「いいんです。第一、貴女がすぐに彼を忘れてしまうような女だったら、きっと私は貴女の虜になったりしませんでしたよ」
「…虜…大佐、恥ずかしいです///」
「事実ですから。…とにかく、たまにはこんな日もいいでしょう。…彼は、静かで優しい…月のような方でしたね。」
「…はい。大好きでした。大佐と同じくらい…」
「…同じくらい、ね…」
「…わかりません。今は、大佐の方が好きかも。…でもやっぱり、比べる事なんてできないから」
ぽつんと呟くように言葉を発して空を見上げたアニスが、なんだか月にとけてしまいそうな気がして、ジェイドは彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
「…私はこうしてアニスの傍にいる訳ですから、私は彼を超える男にならなければなりませんねぇ…」
「やだ。それ以上強くなってどうする気ですかぁ?」
アニスが、可笑しそうにくすくすと笑った。
「いろんな意味で、ですよ。あの方は、どんなときも穏やかな微笑みを絶やさない方でしたから」
「大佐が常に穏やかな微笑み浮かべてたら、怖い気もするけど」
「アニース」
「冗談でーす」
きゃは、と、あどけなさの残る声で楽しそうに笑うアニスの唇を、黙らせるように優しく奪った。
「…好きですよ。アニス?」
「はい。知ってます。…愛してますよ、大佐?」
「…おや、アニスに1本取られましたか」
「天下無敵のアニスちゃんですから」
――くすくすと穏やかに微笑みあう二人の背中を、満月の光が優しく包み込んでいた。
それが偶然だったのか。はたまた必然だったのか…。真相は、“彼”のみが知っている――
fin.
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