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恋文






僕は毎日、手紙をしたためた。
拝啓、名前も知らない貴女へ。必ず一行目の初めにこう記す。そうして一行空け、三行目の初めに、前略。とだけ書いて、手紙を書き始めた。お元気ですか。此處は最近、四季の冬の様に冷えた日が続いています。空も雲が隙間なく覆って青空一つ見えません。そのうち雨か雪でも降るのではないかと僕は冷や冷やしています。雨が降れば忽ち湿気が酷くなり髪の毛が上手く決まらないので、どうせなら雪が降ってくれれば良いとすら思います。でも、雪が降れば一角や隊長、副隊長辺りが調子に乗って雪中喧嘩祭なんていうものを開催しそうなので、僕は大人しく自室に篭るつもりです。雪玉に当たるのも雪に塗れるのもちっとも美しくありません。
其處まで綴って僕は筆を置かざるを得なくなった。美しくの美の字に墨が滲んでしまい、其の意に反し醜くなってしまった。嗚呼、彼女へ送る手紙だと言うのに。僕は恨めしく思いつつ、汚れた物は仕方ないとくしゃくしゃに丸めて投げ捨てた。
外では、皆が決闘でもしてるのだろうか。一角の「隊長とだけはやりたくありません!!」という必死な声や、「いいじゃねぇか、減るもんじゃねぇし。」「ほらーツルリン、剣ちゃんが拗ねちゃうでしょー!」「お前…俺に喧嘩売ってんのか?」という隊長と副隊長の阿呆らしい言葉の応酬が僕の部屋だけでなく隊舎中に響いている。自然と平隊員達はその騒動に巻き込まれない様、隊舎を慌ただしく移動し始めた。そりゃあ、仕方なく五席に収まっているとはいえ上位席官である僕だとしても、隊長達相手にどうこうなんておこがましい話しだ。即ち、平隊員達はあの霊圧に当てられただけで逝きかねない。ドタバタと焦燥感よりも恐怖感に煽られた足音が醜く廊下に余韻を残す。びきっと音をたてて眉間に寄る皺に、僕は一先ず深呼吸をした。醜いものの所為で醜くなるのは真っ平御免だ。

「どぅおっ!?」

「チッ…躱しやがって。」

「隊長が本気で切り掛かってくるからですよ!」

「あははっツルリン必死に逃げ回って馬鹿みたい!」

「死ねッ!!このクソチビ!」

どだーんと襖もろとも突っ込んで僕の部屋に入って来たのは隊長と副隊長に追われた一角だった。直ぐさま二人も僕の部屋に到着して隊長は真剣を振り回すし、副隊長はそれを囃し立てるし、人の部屋だということを全くもって気にかけていないようだ。隊長が振り回す剣のお陰で壁に掛けていた掛け軸がばっさりと真っ二つに分断されて下半分が床に落ちた。「破壊は創造に劣る物なり」と達筆且つ特徴的な字で書かれた掛け軸は彼女が最初で最期に僕へくれた贈り物だった。

「あ……、」

下半分の掛け軸が落ちていく様をスローモーションの様にしっかりと見た僕は、喉から微かな声が漏れたのが分かった。伸ばした手は遅く、指先すら掠る事なく掛け軸は床に無造作に広がっている。
一一いい?弓親。壊すことは簡単だけどね、作ることの方がもっと難しいのよ。だからね、私の病気はあっという間に進むけれど、治ることは殆ど不可能なの。
彼女の言葉のように、掛け軸は訳もなくこんなにも簡単に壊れてしまった。まるで彼女の教えを自ら再現しているような。

「隊長何やってんスか!?あれは弓親の大切な、」

「悪ぃな弓親。」

「ちょ、本当に悪いと思ってんなら止めてくださいよ。ねえ副隊長!」

「煩いなあ、ツルリン。黙って剣ちゃんと遊んであげなよ。」

一角は僕に気付いたようだったけれど、彼女を知らない隊長達が気付く訳もなく。逃げる一角を追うように何處かへ行ってしまった。嗚呼、今日は散々だよ。僕はまだ掛け軸の事が受け入れられない儘、また筆を執った。
拝啓、名前も知らない貴女へ。
前略。どうやら今日の僕はついていないようです。貴女はどうですか。そっちはお変わりないでしょうか。今日たった今、一角に戦いを挑む隊長にバッサリとあの掛け軸を切断されてしまいました。気の所為か、僕の心のように空模様も雲行きが怪しいです。此處最近は、空気も冷えていて毎日寒い夜を迎える程になりました。でも、今日はきっと飛び切り寒いと思います。何時も寝ている時に目の前にある貴女の掛け軸が、今日からはもうないのですから。正確には「破壊は想」辺りから斜めに切れていて、上半分しかありません。世の中の万物に永遠はない事を知っていたから、今は何とか状況を飲み込めてはいます。あの時、貴女が言った言葉のお陰です。そういえば、貴女の名前は見つかりましたか。昔、名前を聞いた僕に貴女が哀しそうに微笑って、名前はない、と言ったのを手紙を書く度に思い出します。今まで何度も手紙を出しましたが、今まで一度も名前を書いたことはありません。貴女は、そっちの方に行けば名前が見つかるかも知れないと言っていましたが、実際どうでしたか。貴女からの知らせを待っていますが、まだそんな余裕もないかと思います。でも、僕は拝啓の後に貴女の名前を書いてみたいので、そのうちお知らせ下さい。きっと貴女に似合う美しい名前だと思います。そっちに四季や夜があるのかは分かりませんが、体調に気をつけて。敬具。
そこまで書いて手紙に火をつけた。僕には彼女が何處へ行ってしまったのか分からない。こうして僕と彼女が繋がる術すら、分からない。毎日こうして手紙をしたためては燃やして貴女の處に届くのを祈るばかり。ねえ、貴女は最期まで微笑っていたけれど、僕といた一時は幸せでしたか。もう会うことは出来ないけれど。
此の恋文が貴女へのせめてもの餞になれば、どんなに僕の心は楽か。火に炙られ血反吐の出る様な苦しさに襲われながら書く手紙は、きっと同様に貴女の心も苦しめる。死にながら僕を苦しめる貴女に、生きながら貴女を苦しめる僕。互いに苦しめ合う哀れな因果関係は微塵も美しくないのに、僕は今日も届く筈のない恋文を書く。







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