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聞こえるか、草花の悲鳴が



きっと世界は広いのだと思う。此の澄み渡った空を見れば嫌でも分かる。空には端、というものが無い。始まりも終わりも無い、此の世界を包み込むただのベール。私はそのほんの一部分のベールの下に居て、極僅かな空だけを毎日眺めている。昨日はあそこの木の下で、一昨日はあそこの川縁で、先週はあそこの石の上で。詰まらない毎日、毎日流れる雲と傍観者の空、変わる事の無い日常。サワサワと肌に感じる草花の感触も、何一つ変わらない。四季はある。でも、その変化は微弱な物の積み重ねで私の感じる毎日はとてもじゃないが変わらない。何時もの様に草花の上に寝転んで深呼吸をすれば、何時もの様に大地の息吹が伝わる。私も、大地も、生きている。私が呼吸を出来るのなら、大地も呼吸を出来る。私の知る大地はとてもちっぽけで、きっと一つの細胞分ぐらいしか私は知らないのだろうけれど。

「また寝てはる。腹、減ったん?」

何時もと変わらない日常。頭上から日光と共に降り注ぐ声。同時にザワザワっと草花が揺らいだ。私の肌を擽る緑に起こされて私は月光のような銀色を視界に入れた。嗚呼、何度も貴方にこうして会っているのに、私にはまだ貴方の、闇夜に空を占める月光のような感覚が伝わってくる。だって、どうして草花がこう騒ぐのか私には理解出来ないから。スッと細められた瞳に映る緑色に、違和感を感じつつ何時もの様に真っ黒い着物を着る彼に言葉を投げ掛けた。

「いいえ。きちんと三食食べれてるもの。」

「せやったら、良い着物汚してしもたとか?」

私の返事に少し悩む様にして返って来た言葉は、問いだった。少し唖然とした表情を浮かべて、真剣な彼に微笑を零す。ほら、私の行動には微動だにしない草花が、彼のほんの些細な言動でザワザワと震え揺らぐ。肌に直に感じながら、表面では微笑みを湛え、内面では彼の神秘さに懐疑心を抱いた。今日も何時もと変わらない。全てが日常通り、今日も詰まらない。

「いいえ。何もないのよ。ただ何時も通り惚けていただけなの。」

そっと横に腰を落としたギンに私はまた、何時も通りに冷たい風を感じた。世界は広い。私の知らない沢山の遠い大地から吹いてくる此の風は、まるで悲鳴の様に音をたてて彼の銀髪を靡かせる。添える様に髪の毛を押さえる色白の肌で覆われた細い指は、しなやかに全ての風を一蹴した。ニヤリともクスリとも判別のつかない憫笑を口許に浮かべるギンは、何とも不気味で且つこの大地と空のある空間には不釣り合いだった。

聞こえるか、草花の悲鳴が

私は世界のちっぽけな一部分しか知らない。空の青さも、雲の白さも、大地の暖かさも、木々の緑も、草花の鮮やかさも。ただ、知っているだけ。それでも、彼が齎す空の震えも、雲の速さも、大地の響きも、木々の揺らぎも、草花の悲鳴さえ。嗚呼、私は知ってしまった。


fin
お題配布元「水葬」様


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