'">
[携帯モード] [URL送信]
涙色の失踪未遂



ホームにはもう列車が着いていた。列車は扉が閉まり始めていた。私は扉の隙間に身体を捩じ込ませ息をしていた。朦朧とする頭で、頭脳を働かせ単純な言語を並べた。周りの人達が、私を凝視する。駆け込み乗車なんて危ない、最近の若い人はこれだから、そう言った意味の籠った視線が私の身体に突き刺さる。人々の視線に耐えられず扉の前で背中を向けて立つ。それでも、ぐさりぐさりと止めどなく浴びせられる視線に逃げたくなった。私は好きで駆け込み乗車なんてした訳じゃないんだ。大声で叫べたらどんなに楽だろうか。勿論そんな事をするだけの勇気は持ち合わせていないので、荒い息と気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。吸い込んだ息は、汚かった。沢山の人の息に汚染された空気を吸い込むと思うと、周囲を見渡すのが怖くなってしまう。思い込みの激しい私は直ぐさま想像してしまいぞっとし、今度は息を潜めなるべく呼吸をしない様にと、気管も肺も出来るだけ休ませた。上下する肩も段々と重力に従順になり、元ある場所に収まる。落ち着いた私に窓の外を覗く余裕が生まれるのは時間の問題だった。冷めた思考は、私に頭脳を動かせる。私の脳味噌は頭蓋骨内で従順に信号に従った。先ずは、現在と過去の状況を整理しましょう。それから、それが事実か確認しましょう。私に与えられた課題はその二点だった。鵜呑みにするまではなくとも、それに逆らう術を知らない私は、息を殺して列車内で気配を消しながら窓硝子越しに景色を眺めた。いつもと変わらない街。灯る街灯。絶えない足並み。賑やかさに溢れる街頭。そして、街から離れる列車。今、私が無事に列車に乗っている事を再認識すると、目尻から生暖かいものが伝った。嗚呼、私は。
安堵に浸っていると、携帯電話の震えが皮膚を伝わって脳に痙攣を起こさせた。麻痺する脳味噌の所為か、たちまち目尻からは冷たいものが零れ、溢れる声を噛み砕いた私はそのままその場に崩れ落ちた。窓から見えた景色は遠ざかる事なく、脳裏に鮮やかに焼き付いていた。

02/13(Fri)02:13
From:幸村精市
Sub :無題
───────────
俺から逃げられるなんて
思わないでよ。

-end-

恐怖のメールに足が竦む中、列車は車掌のアナウンスが流れ次の駅に停車しようとしていた。降りよう。そう決意するのは容易く、私はゆっくりと立ち上がる。景色は変わっていた。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながら目の前で開き始めた扉の僅かな隙間に身体を捩じ込ませる。とにかく早くあの街から遠ざかろうと、必死だった。

「ふふっ、だから言っただろ? おかえり、姫。」

あの男の声が聞こえるまでは。







あきゅろす。
無料HPエムペ!