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狡猾な君




人間は、不平等の塊だ。皆約60兆個の細胞で出来て、母胎で育ち、この俗世に生まれ落ちるというのに。始まりは、皆一つの精子と卵子から出来ているというのに。胎内での成長の過程で、それかもっと更に前から、人間の中にも大きく二種類が存在する。XXの性染色体を持つ女と、XYの性染色体を持つ男だ。両者は同じ人間という生物でありながら、或いは同じ地球上に住う者でありながら、平行線の均衡を保ち決して相容れる事はない。性染色体だけで、脳の作りも異なれば身体の形も違い、成長過程も、何もかも違う。だが、何もかもが異なる筈の二種でも同じ生物なのだというのだから驚きだ。

「お帰りなさい、隼人。」

曖昧な笑みを浮かべて俺を出迎える君は、XXの性染色体を持つ完璧な存在で、ただいまと一言ぶっきらぼうに返す俺はXYの性染色体を持つ何処か欠如した存在だ。女は賢い。狡い。俺達男が行き着くのは、どうせそんなものだ。どうして同じ人間なのに、俺達男にはあの狡猾さを備えさせてくれなかったのだろうか。男は馬鹿で、物事の損得よりも自分の気持ちで行動してしまう阿呆だ。それに比べて女は、否、彼女はどうしてあんなにも狡猾で聡明なのか。俺には未だ俄かに信じ難い。狡いのだ。彼女は相当のやり手である。男を手練手管でおとす訳ではないし、色香を振りまくような安売りの女ではない。淑やかで、女らしく、聡明であり、且つ狡猾なのだ。彼女は、今と普段を完全に遮断している。壁を隔て、全く別の物として何の所以もないようにしているのだ。それが最良の判断だと解せているからこそ、狡猾で酷く厄介である。あいつは、今はこうして如何にも俺の女、清らしい淑やかな女に道化ている。あの煮え切らない曖昧な笑みも、全て道化。それが彼女の最良の判断に基づき演じられる彼女なのだ。本性は、きっとどんな女狐よりも憎らしく狡く醜い事だろう。そうでなければ、今はこうして微笑を、本部に戻った途端のあの嘲笑を、浮かべられる訳がない。彼女は知っているのだ。今此所では愛しあう男と女の二人の人間で、本部では婚約者の部下とボスの婚約者である事を。だからこそ、ああして使い分け、どちらにも不審を抱かせずにいれるのだ。狡い狡過ぎる。納得がいかない。そういう能力を秘めているのにも関わらず、俺の心を束縛する彼女が。最初から、こんな風になるのならあくまで絶対的な上下関係を崩さなければ良かったものを。

「待ってね、ご飯もう直ぐで出来るから。」

鼻腔を擽る夕飯の匂いに酔いながら、俺は煙草に火をつけた。口から煙を吐き出せば、有毒なそれはたちまち部屋中に充満する。俺は彼女程狡猾ではないから、こうして煙草の匂いを残すしか出来ない。彼女の衣服に、白い肌にこの煙草の匂いを残す事でしか、所有表示が出来なかった。俺は馬鹿だ。俺には本当に60兆個の細胞があるのだろうか、彼女は本当に60兆個なんて少ない細胞しかないのだろうか。きっと彼女は人間よりも遥かに多い細胞を有するんだ。だからあんなにも賢く聡明で狡猾なのだ。それを知りつつ俺は煙を吐き出した。この煙草の副流煙が、彼女の細胞を破壊してくれる事を祈りつつ。


fin


最近短編が書けなくなりました。
オチとか構成とかが駄目です。しかもこれ細胞と煙草合わせちゃったし。最悪です。





あきゅろす。
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